18.別れ

 この長い階段にもようやく慣れ始めたところだったのだが、今日で最後だと思うとやっぱり長く感じる。


 階段を登りながら、星乃さんとの練習の日々を思い出す。

 たった二週間ちょっとで随分色々な事があったし、これまでの日々では考えられないくらい多く喋った。と言っても、星乃さんが喋って俺がぎこちなく一言二言返すだけ。会話?として成り立っていたかと言われると微妙なものではあったが。それでも、楽しかった。ただそれだけで充実していた。

 このまま続けていれば、俺も普通に喋れるようになったんだろうか?普通に喋れる俺、というのを上手く想像出来ない。そんな想像しても、もう意味が無いけれど。


 階段を登りきり、いつも通り誰も居ない境内で息を整え静かに待つ。

 何で俺はこんなに落ち着いているんだろう。何かある度にみっともなく慌てふためき、バカみたいに取り乱していたのが嘘のように心が凪いでいる。

 あぁ…………諦めがついてしまったんだな、俺は。



 目を閉じて、ひたすらに待つ。何も無い時間というのは長く感じるもんだが、今日は特別長い。実際には大して経ってないはずだけど、もう2時間は立ちっぱなしのように感じる。こんな静寂、こんな何もない時間なんて、以前の俺は慣れっこでこれが普通だったのに。

 この場所で正体を暴かれてから今まで、他の人から見たら大した事なくても、俺にとってはイベント盛り沢山の日々だった。たった十数日の出来事だったが……たったそれだけで、今この何もない時間を寂しく感じる自分が居る。いや、寂しく感じているのは、別の理由か……。


「囃くん」


 星乃さんから名前を呼ばれるのは、これが最後になるのかな。

 ―――ゆっくりと、目を開ける。

 俺と真正面から向きあってくれた人の姿を、この目にちゃんと焼き付けておこう。



▼△▼△▼△▼



「あの、今週に入ってからクラスの男子から変なことを聞かれるんです。

 私が、その……囃くんを……えっと」


 星乃さんが珍しく言葉を濁す。

 その続きを、俺が継いでやる。


「―――パシ、リ」


 星乃さんはうつむきがちだった顔を上げる。


「…どうして、そんなおかしな話になったんですか?」

「そ…それ、は―――」


 俺は包み隠さず、自分の裏切りについて喋る。

 星乃さんとの関係を聞かれて、素直に友達だと言えなかったこと。

 どうして俺のために動いてくれるのか分からず、何か裏があるんじゃないかと疑ったこと。

 あのラジオのために飼われているのだと結論付けてしまったこと。

 不用意な発言を撤回することもなく、ただ黙っていたこと。

 星乃さんにどう言えばいいか分からず、ずっと避け続けていたことを。


 いつかと同じように、星乃さんは静かに聞いてくれた。

 そして最後に、言わなければならない。


「や、やっぱり……お、俺は…君、のと…友達、には…………な、なれ…ない。

 ふ、ふさわしく、ない……。き、君の、負担で、い、居続ける、事に……た、堪えられない。

 だ、だ、だから、ゴメン…………もう、無理だ」


 言ってしまった。取り返しのつかない一言を。

 でも、これでいいんだ。君のことを裏切って、ただ負担にしかならない俺が“友達”だなんて、全くおこがましい。最初から最後まで俺にはその資格が無かった。それだけだ。だからもう、君が俺の事で思い煩うこともない。

 この後クラスで正体がバレる事があったとしても、先に裏切ったのは俺なのだ。だから、星乃さんを恨むようなことは決してしない。

 今度こそ俺は、正しい答えを導き出せたはずな―――


「私のせいで、あなたを苦しめていたんですね……」


 ちょっと…なんで??なんで、君がそんな悲しそうな顔をする!?


「……ごめんなさい、囃くん」



 どうして君の方が謝ってんだよ!?そうじゃないだろ!ちゃんと俺の話聞いてた?

 今、君が言うべきセリフは“恩知らずのクソ野郎”のはずだ!それで力の限りに俺の頬を叩いたら、こんな最低な屑のことは綺麗サッパリ忘れて、来週からは晴れやかな、いつも通りの日常に戻るんだよ!



「最後にもう一度だけ、私の話を聞いてくれませんか?」



 自分から切り出したくせに星乃さんの口から“最後”と言われ、ひどく胸が痛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る