17.裏切り

「……犬って!?」


 素っ頓狂な声を上げ驚く、名も知らぬクラスメイト。


 !?

 やべッ、声に出でたのか!!

 俺の迂闊さはとどまる所を知らず、今回のは間違いなくクリティカルなヤツだ。必死に言い訳を考え始めるが―――。


「あ、あ~……パシリってこと?

 そういやミルクティーか何か買って渡してたよな、お前」


 マジかよ!何買ったのかも把握されてる!?―――只者じゃねぇなコイツ!

 それより、不用意に発した一言からパシリ認定されてしまった。


「ハハッ、マジかよ!わざわざお前をパシリにするとか、星乃も物好きだねぇ。

―――まぁいいや、頑張れよ」


 そう言うと、勝手に納得して笑いつつ教室から出ていってしまった。


「―――ぇ…あ、ちょ!……」


 不味い。非常に不味い。教室に一人取り残された俺は呆然とする。

 今から奴の口封じをすれば!と思ったが、次の瞬間エピタフの予知能力みたいにマッハで返り討ちにされるヴィジョンが見えた。想像の中ですら雑魚いのは何でなんだろう。


 どうしよう?どうすれば!と、焦るばかりで頭がまともに働かない。この不始末をどう処理すれば良いのか……とっかかりさえも出てこなかった。



▼△▼△▼△▼



 その日の夜。

 星乃さんからメッセージが届いていた。

“今日は家の用事で練習出来なくてゴメンなさい。また来週、学校で”


 メッセージを直視出来ず、スマホをベッドに放り投げる。


 何もする気になれない。床に体育座りして膝に顔を埋める。気付くとこの姿勢だった……漫画とかで登場人物が落ち込んだシーンによく出てくるポーズだが、本当に自然と出てしまうものなんだなぁ。きっと、この敗者のようなポーズもいつにも増して様になっていることだろう。


 教室で星乃さんとの関係を聞かれたあの時、自分で導き出した結論のせいで彼女に裏切られたような気がして、とんでもない事を口走ってしまった。


 けれど、本当にそうだっただろうか?理由がどうであれ、俺のために動いてくれていたのは事実なのに。

 彼女の真剣な顔を思い出す。俺は段々自信が無くなってきていた。


 来週、あのクラスメイトは俺の事を仲間内で喋るだろうか?

……きっと喋るだろう。こんな時だけ俺の勘は外れた試しがない。


 星乃さんになんて説明すればいい?誤解だとでも言うつもりか?一瞬でも本気でそう思って発言したのは俺自身だぞ。

 何が裏切られただ。俺こそがそうじゃないか。こんな奴の言葉を、誰が信じるというのか……。



▼△▼△▼△▼



 酷い罪悪感を抱えたまま学校へ向かう。今日の足取りはこれまでで一番重い。まるで重りを仕込まれたように、靴底を引き摺って歩き続ける。正体がバレるかもとビクついていた時よりも遥かに重い気がする。界王様の所で修行した時の悟空もこんな感じだったのかな。そんな事、今はどうでもいいか。


「おはようございます。囃くん」


 以前と同じく、学校の正門近くで後ろからかけられたその弾んだ声にビクッと震える。少しだけ首を回して声の主の足元だけを見るが、振り向けない。まともに顔を見られない。

 こういう時に会ってしまうんだな。

“登校中に会えたらその日はラッキー”とか勝手に思ってた時もあったが、今は嬉しいどころか一番会いたくなかった。


「あの。囃くん?どうかしました?」

「あ…あぁ……お…おっ、ぉ……」


 声は続かないし、体の中はポッカリとくり抜かれたように全く熱を感じない。


「なんだか辛そうですけど、大丈夫ですか?」

「…あ、ぁ…あぁ。ちょっ…と」

「駄目そうなら、保健室行って休みますか?」

「……だ…ぃ……ょぶ」

「そう…ですか」


 あまり納得していない感じの声がする。

 結局その後は、ほぼ無言で教室に辿り着いた。


 初めて星乃さんと喋った時よりも喋れなくなっている。

 俺は、退化してしまったようだ。


 教室に入ってからも、気遣わしげな星乃さんの視線が痛い。今日はずっとそんな感じだった。



 昼休みの間に、俺はメッセージを送る。

『今日は具合が悪いので、放課後の練習はせずに帰ります』

 仮病を使ってしまった。

 本当の本当に、俺は最低で恩知らずな糞野郎だった……。



▼△▼△▼△▼



 次の日以降も“家の用事”だの“急用”だのと理由を付けて、放課後の練習を―――星乃さんを避けるようになった。


 案の定、あの時の名も知らぬクラスメイトは俺の事を面白おかしく吹聴したようだ。今まで話しかけられた事もないクラスメイト数人から、“ポチ”とか“忠犬ハヤシ”とかいうセンスの欠片もない呼ばれ方をした。ついに付けられたアダ名がそれかよ……。

 当然の流れというか、ソイツらは笑いながら星乃さんにもパシリの事を聞いていた。星乃さんは身に覚えのない話に狼狽えつつも、ハッキリと否定の言葉を返してくれていた。



『クラスで囃くんの変な噂が出回っていますけど、ちゃんと否定しておくので気にしないで下さいね』


―――ッ。スマホに表示されたそのメッセージを見た瞬間、喉の奥がツンとした。

 迷惑をかけたのは俺なのに。この子は俺を疑うどころか、心配をしている。俺はこんな掛け値なしに良い人の事を裏切って、恥知らずにも尻拭いまでさせている…。どこまでも醜い俺に、もう俺自身が耐えられなかった。


 これ以上、星乃さんに迷惑を……俺という厄介事を押し付けるわけにはいかない。俺に出来る事なんかたかが知れているし、償えるものが何も無いのも分かっている。けれど、ケジメだけはちゃんとつけるんだ。

 卑怯者の俺に残ったなけなしの良心が、最後の力を振り絞った。



“その噂の出どころは俺です。本当にすみません”



―――少し離れた場所から、星乃さんの息を飲む気配がする。



 星乃さんからメッセージを受信する。


『放課後、鳩神社で』



 これが最後の呼び出しになるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る