16.やらかし①

 今日は星乃さんが用事あるとかで、放課後の会話練習は無しだ。他人と話すことに恐れと緊張しか持てなかった俺が、少し寂しく思うなんて人間変わるものだ。

 そんな自分の変化を思いつつ、掃除当番を黙々とこなす。ゴミ箱を出しに行って教室に戻ってくる頃には、俺以外の当番は一人を残して既に全員帰ったようだ。

 人の居なくなった教室で俺も帰りの支度を始めると、最後に残っていた男子から声をかけられた。


「おい、囃」

「ぇ…え……ぉ…お、オレ?」


 えっと……名前なんて言ったっけコイツ。確か、声のデカい陽キャグループの誰かさんだ。俺に何か用だろうか?掃除ならもう終わったよな?


「お前さ、星乃とどういう関係?」

「…え?…え?」

「だからさ、お前らこないだ屋上で一緒に居ただろ?まさか―――付き合ってんの?」


 放課後の屋上は、自分と星乃さん以外いつも誰も居なかったから、見られていないと思っていた。屋上に行く姿を見られていたのだろうか。こんな早々とバレるとは…。

 確かに迂闊だったが……星乃さんが付き合うって?俺と?普通に考えてありえないでしょ!

 ここは星乃さんの名誉のために、しっかり確実に念を入れて否定しておかないと駄目だろう。他人と上手く喋れない、なんて言い訳している場合ではない。俺のせいでこれ以上星乃さんに迷惑かけるワケにはいかないのだ。


「い、イヤ!あ、あの…ちち…ちッ、違うッ!…ます!」

「……じゃあ、何やってんの?」

「あ、あの、あのあの……た、た、ただ、しゃ、喋ってる…だ、だけ、です……」

「喋る?…わざわざ屋上で?そんなの教室でいいじゃん。―――やっぱ、なんか怪しいな」

「や…いぁ、あの、ち、ちち、違う…くて。きょ、教室、じゃ…だだ、駄目、で……」

「分かんねーよ、ハッキリ喋れって。結局のとこ、どういう関係なんよ?」

「ぉ、俺は―――」


 ほんの少し喋っただけなのに、汗が噴き出し、息が上がっている。既に結構イッパイいっぱいな状態なんだが、これは……なんと答えればいいのか。

 友達、と言ってしまっていいのだろうか?一応、星乃さんから友達になろうと言ってくれたわけだし。

 しかし、世間一般の“友達”とは何か違うような気もする……脅迫されたし。少なくとも対等な立場ではない。

 今のこの関係は本当に“友達”と呼べるのだろうか?俺の中でそんな小さな疑念が生まれ、改めて星乃さんとの関係について考えてみた。



 俺は星乃さんに弱みを握られている。“あのラジオの中の人”である、という事実を。


 妹が暴走した結果、俺の一人喋りがネットで全世界に公開されてしまった。俺はこの黒歴史を公開する気なんて更々無かったし、自分の動画の存在を知ったのもつい最近だ。

 未だに自分が“発信する側”であるという自覚が無いし、そんな覚悟をキメた覚えも全くない。自分の情報がどこまで漏れてるのか知らないし、周りのことも調子乗って結構喋ってた気がする。だから、一刻も早くあの動画を全て消し去ってしまいたい。無かったことにしたい。


 そんな状態でクラスメイトに正体がバレたら、冗談抜きに登校拒否して引き籠もるだろう。

 星乃さんの気分一つで俺の学校生活は即打ち切りになってしまう。だから俺は、基本的に断れないし逆らえない。


 星乃さんは俺のことを皆にバラしたりするような人だろうか?

 この2週間話してみた限りでは、そんな人ではないと思う。いや、そうではないと信じたいだけ、かもしれない。……そんなイイ人だったら、そもそも脅迫なんてしないのではないか?


 ずっと引っかかっていた点が一つある。毎日会話の練習に付き合ってくれるのは何故なのか?そもそも、この会話練習は星乃さんからの提案だった。


 ”ラジオの時みたいに喋れるようになってくれたらスゴく嬉しいですね”


 チャットではそう言っていたが、俺を普通に喋れるようにして星乃さんに何か得があるのか?自分で言うのも情けないが、なにがしかの目的が無ければこんな面倒くさい奴の相手なんてしてられないだろう。


 何の得も無く、見返りも求めない。そんな奴本当に居るのだろうか?

 もしそうだったとして、恩返ししようにも俺から返せるものなんて何も…………あれ?


 星乃さんは俺のラジオの熱心なファンだ。俺がラジオの存在を知って更新を停止した後、何度もラジオを続けてくれと言ってきた。

 会話の練習を勧めたのは、俺に自信をつけさせてラジオの活動を続けさせたいからなのではないか?


 俺の中で一つの解答が急浮上してきた。

“脅迫”という首輪を付けられたが、“友達”と“会話練習”という御馳走を与えられた俺は尻尾を振って星乃さんに感謝し、普通に喋れるようになった頃には、“ラジオ”という芸を見せる忠犬に躾けられているというワケだ。


 あぁ、そうか……そういうことだったのか。


 星乃さんにとって俺は、どこまでいっても“ラジオの人”だった。

 最初からそれ以上でもそれ以下でもなく。

 友達と呼ぶにはほど遠い関係だったのだ。


 そう、俺は―――


「犬だ」


 ―――考えられる中でおよそ最悪の答えを出してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る