15.違和感

 屋上で星乃さんと会話練習を始めてから、早くも2週間近く経過した。

 今日も凄い充実感だった。楽しい時間というのは早く過ぎるものだ。程よい緊張感に、普段家ではしない会話、というのが実に新鮮だ。

 こんな順調でいいのだろうか?なんか俺にしては上手く行き過ぎて、嘘っぽいというか……。今でも時々、壮大なドッキリなのではないか?とか、やっぱり狐にでも化かされているんじゃないか?と寝る前に考えて急に不安になったりもする。

 不意に狐の耳と尻尾を付けた星乃さんのコスプレ風の姿が脳裏に浮かんだ。

 どんな姿でも似合いますね……じゃなかった!だから、友達でそういう事を考えるのはヤメろ!この戯け!!


 気分良く帰宅すると、奏が居間のソファでテレビを見ながらだらりとしていた。俺の録音データを編集することが無くなったので、最近暇しているらしい。


「あぁ、只の人に戻った兄ちゃんか。おかえり」


 何が只の人だ。結構なことじゃあないか。人間普通が一番だぞ。


「お前は暇そうだな?」

「兄ちゃんのせいでな」

「人のせいにすんな、この金の亡者が」

「……そうだよ。だから、新しい音声を頂戴よ!」

「全然反省してねぇな、オィ!?

 お前も勝手に売られる恐怖を味わわせてやろうかっ!?」

「兄ちゃん―――女の涙を甘く見ない方がいい」


 クソッ!コイツのこういう計算高さが最高に腹立つわ!


「だいたい、お前のオモチャにされるのが分かってて渡すワケないだろ!」

「お願い兄ちゃん!可愛い妹のためと思って!」

「今さっき金の亡者だと認めた奴が、可愛いとかどの口でほざきやがる」

「えぇーー、じゃあ…………待っているファンのためにも、お願い!」


―――ッ!?それはズルいんじゃあないかね、妹よ。

“待っているファン”と言われた時、星乃さんの顔が思い浮かんで少しだけ心が揺れてしまった。

 だが、駄目だ!これ以上俺の妄言を全世界に公開されてたまるか!

 それに…俺にはもう友達が出来たのだ。だから、あのトーク練習はこれ以上必要ない。このままヒッソリと闇に葬るのだ。


「……うるせぇ、バーカ」


 会話を打ち切って自分の部屋へ向かう。

 後ろから“音声置いてけー、音声置いてけー”という声が聞こえた。新種の妖怪か?



 ……ラジオのファンか。

 そういえば、更新が停まってからもう一ヶ月が経過している。

 星乃さんと話しているとちょくちょくラジオに関する話題が出てくるし、もう何度もラジオを続けてくれと直接頼まれている。

 けれど、そればっかりは無理だ。誰かのために、なんて思って喋った事は一度として無かったのだから。期待をしてくれているのは分かるが……まだそこまでラジオのことを割り切れないよ。

 魚の小骨が喉に引っかかったような、ほんの少しの不快感と苛立ち……それと、微妙な違和感が残った。



▼△▼△▼△▼



 風呂から出てきたら、星乃さんからメッセージが来ていた。


『言い忘れてました!今週の金曜日は用事があるので練習はスキップです!ゴメンナサイ!』


 律儀だなぁ。こういう気遣いをかかさないから誰も彼もが好きになるんだろうな、きっと。


『了解。わざわざ、ありがとうございます』


 お礼の返信をしてスマホをベッドに放おったら、直ぐにまた振動し始めた。拾って画面を見ると、星乃さんからの新着メッセージが届いている。はっや!女子ってのはこんな返信早いもんなの!?どんな時でもスマホ身に付けてんのか!?スゲェな、現代人…。

 俺なんか、日常生活でスマホ無くなっても全然全く微塵も困らないけど。あ、ゲーム出来なくなるのだけはちょっと困る……あと、地図と目覚まし機能も。

 ん、俺がオカシイだけか?―――あんまり深く考えないようにしよう。ウッカリ号泣しそうだから。


『直接話すからチャットはあんまり使ってなかったけど、コッチだと囃くんの印象が全然違いますね。面白いです!』


 お、面白い?それはいい意味でなの?…それとも悪い意味で!?

―――さて、何と返信しようか。チャットでのやりとりに不慣れなせいで、一言返すのだけでも結構時間がかかる。直接喋るのとは違って何度でもやり直しがきくから、言葉選びにあれこれ悩んでしまうのだ。

 そして、送信時に毎度ドキドキする―――病気かな?


『そんな違いますか?』

『うん。ラジオの時とも直接喋る時とも違って、凄いかしこまってるからギャップがね』


 確かに、同級生に向けての文章としてはちょっとばかしお硬いのかもしれない。

 でも……いつから、どの程度まで砕けていいのだろうか?万年ボッチだった俺には加減が難し過ぎる問題だ。妹を除いて 、女子とチャットしたこと自体が無いんだもの……分からなくて当然なのだ。

 そんな事情を抜きにしても、星乃さんに対してタメ語とか出来ないよなぁ。不用意に距離詰めて、何だコイツ?とか思われたらどうしよう。恐すぎる。……機嫌を損ねたらどんな事態になるか、まるで想像出来ないし。

 しっかし、ラジオや会話練習の時の俺と比べられるとはなぁ。ラジオの時の喋りそのままで返信してたら、相当頭オカシイでしょ。

 あと、文章まで直接喋る時みたいなボロクソさだったら、誰ともコミュニケーションとれないよ、俺。


『スミマセン。どこまで砕けていいのか分からなくて』

『家の人に対してもこんな丁寧な感じなんですか?』

『家族間だとチャットはあんまり使わないで直接喋るし、それ以外の人とはやりとりした事ないから…』

『じゃあ、私が初めてってことですね!』

『そうです』

『私には気を遣わなくていいですよ?もっと楽な感じで!私も遠慮なく話しますし』

『そうは言っても、加減が難しいです』

『ラジオで喋ってる時みたいな感じで、どうぞ!』

『文章でもあんな感じだったら、かなりド失礼な奴じゃないですか!?』

『私は嬉しいけど』

『えぇ…』


 星乃さんからGOサインが出ちゃったけど、これは……。いや、やったら間違いなく色んな意味で終わる予感がする。絶対やめとこう。


『言葉が硬いと他人行儀というか、何だか壁を作られているみたいで寂しいので、頑張って崩しましょう!』

『鋭意努力いたします!』

『硬!』


 今のをちゃんとユーモアとして受け取ってくれたようだ。文字だけだと自分が意図した通りに伝わってないんじゃないかと不安になる。


『こうして囃くんと普通に会話出来てるのが、なんか新鮮です』


 俺が文字打つの早くないからそこまでスムースではないのだが、確かに直接喋るよりはテンポが良い。

 こんな感じでリアルでも星乃さんと普通に喋れたらなぁ。いっそ、スマホに文章入力して音声合成で読み上げてもらえば良いのでは?……うわぁ。スマホと話す星乃さんとか、とてもシュールだ。


『チャットだと何の問題もなく普通に話せますね。じゃあ、通話は?』

『多分、無理だと思う』

『顔が見えてなくてもダメそう?』

『声聞いただけで緊張すると思う』

『そっかー、残念。やっぱり、根気よく会話練習していくしかないですね』

『よろしくお願いします』

『よろしくお願いされます。

 そうだ!チャットでのやりとりも練習してみましょうか?』

『ギャル文字使いこなせるようになるかな?』

『まっかせといて下さい!立派なギャルに育ててみせます!』


 星乃さんの意気込みにちょっと笑ってしまった。

 会話練習の時はいつも緊張していて面白いことの一つも喋れないけれど、チャットでは少しだけ気持ちに余裕がある。

 今なら、普段こっちから振れない話題も出来るかもしれない。

 いやいや、かなり博打のような気がするけど、どうしよう……。軽いノリでいけば大丈夫か?でも、文字だけでそんなの伝えられないし、やっぱり星乃さんに対してそんなノリは失礼な気がする。

 散々迷った後、前々からどうしても気になっていたことを星乃さんに聞いてみることにした。


『前から星乃さんに聞いてみたいことがあったんです』

『囃くんからの質問なんて珍しいですね!スリーサイズ以外なら頑張って答えますよ』

『どうして、こんなに俺に良くしてくれるんですか?』


 はじめて、星乃さんの返信が少し滞った。


『私が、あなたと話をしたいからです。

 囃くんのあの面白い発想がどこから生まれてくるのかなって』

『素の俺と喋っても、あんまり面白くないでしょ……いつまでも、つっかえてばかりだし』

『そんな事ないですよ。

 でもいつか、ラジオの時みたいに喋れるようになってくれたらスゴく嬉しいですね!』


 星乃さんが本当に話したいのは、”ラジオの俺”なんだな……。分かっちゃいたけど、こうして明言されると辛いものがある。

 ”やっぱり、ラジオのためだったんだね”という文を打ち込んで、すぐに消す。

 ”素の俺になんて価値無いよね”と打って、また消す。

 何度も打っては消し、また打っては消し、を繰り返す。


『頑張ります』


 結局―――そんな当たり障りのない一言で、やりとりが終わった。



 自分から聞いたくせに、もやもやとした気持ちを抱えることになってしまった。

 …………聞かなきゃ良かった。

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