14.会話練習②
何度目かの放課後。今日もまた屋上で、会話練習に励んでいる。一日で最も楽しい時間だ。6月に入って日差しはそれほど強くはないが、徐々に汗ばむ日が多くなってきた。
移行期間も終わり、夏服に切り替わった星乃さんが素晴らしく目の保養になる季節だ。白いシャツの上で涼やかに揺れる髪が非常に映える。んッン~、ディ・モールトベネ!
使用頻度が極端に少ないスマホのカメラ機能をフル活用して保存しておきたいが、取り返しがつかないくらい引かれそうだからヤメておこう。
今日は微妙に暑かったので、練習のお礼も兼ねて小さいペットボトルのミルクティーを星乃さんに渡してある。
”あ、私このミルクティー好きなんですよ。ありがとう!囃くんも好きなんですか?”
と言っていた。……うん。今日から俺も大好きさ!
「そういえば、妹さん居るんですよね?」
「い、妹、っぽい…のは、居な…くも、ない」
「っぽい!?なんでそんな微妙な言い方を…」
「……ぁ、ぃ、いや…わ、我が家の…は、恥、なので……」
そう、アイツは我が家の恥だから紹介したくないのだ。
妹は妹で、俺の事を同じように言ってんだろうなぁ。……ちょっとムカついてきた。一発小突いてやりたい。
「恥って―――そういえば、囃くんに黙ってラジオ始めちゃうくらい行動力ある子でしたよね。妹さんはどんな性格なんですか?」
だから言いたくねぇんだんって!なんせ恥だから!…でも、答えちゃう。星乃さんからの質問だから。
「んん~……か、金が、大好きで……お、俺のこと、を…財布、としか…思って、ない」
「財布!?―――あ、もしかしてアレですか?妹さんが可愛いから、頼られるとお金貸しちゃうとか?」
「ぃ、いや…………ど、動画で、得た、お金……お、俺に、一切、よこさない、し……」
「―――!!そ、それは……動画の存在がバレないようにするためだったんじゃ?」
「…バレた、あ、後も……い、一円も…払って、くれてない、し…。ど、動画、を、消せって…い、言ったら……ぃ、い、一ヶ月、1万円で、こ、公開を、停止して、やる、って……」
「ほ、本当にお金大好きなんだね…」
「ぁ、あと……か、勝手、に、動画、作ってた事も…あ、謝りも、しないし……」
「あー。……囃くんには悪いけど、その点に関しては妹さんの気持ち分かるなぁ」
「!?」
「ラジオ始めたきっかけは…お金のためだったのかもしれないけど。
囃くんの―――お兄ちゃんの面白いトークを皆に聞かせたい、って思ってたんじゃないかなぁ。だから、間違ったことしたとは思ってないんじゃないかな?って」
「……………………それは…ない……絶対。命、かけても、いい」
「そんな全力で否定を!」
「……ない」
「そう……。
んっン~。でも、動画作るのがどれだけ大変なのかはよく分からないけど、毎週最低でも一本編集して二年間投稿を続けるのって、かなりスゴイ事だと思うんだけど……。お金が好きっていう理由はモチロンあるけど、やっぱり好きじゃないと続かないんじゃないかなぁ?って……」
「ん~。ひ、暇潰し、には……なってた、と…お、思う」
アイツは金のためだったら、目を$マークにして寝る間も削って頑張りそうだが……。
そういえば…動画で、複数人で喋ってる風にするためにバイノーラルみたいな効果入れてたな。俺のくっだらねぇトーク聴きながら、アイツは何を思って編集してたんだろうな。いや、考えなくても分かる……どうせろくでもない事だ。
「そういえば、囃くんは何人居るんですか?」
ミルクティーで一息ついた星乃さんが、なんか唐突に電波な問いを投げてきた。
「―――は?…え?な、なな、何人!?
ぉ、俺…忍法、影分身とか…使え、ないよ!?れ、れれ、練習は……した、けど」
「そんな練習してたんですか!?囃くんはやっぱり面白い人ですね!
―――そうじゃなくて。ほら、ラジオだといつも複数人で喋るスタイルでしょう?脳内に何人くらい居るのかなー、って」
「あ、あぁ……そ、そう、いう意味…」
あんまり考えたこと無かったが、そういえば何人くらい居るのだろう。その時々で本当にテキトーに喋っていたので、そういう設定とかはマジで何も無い。もし仮に脳内の俺に設定とか名前とか付けてたらイタいを通り越して、救急車で火葬場に直行するレベルのヤベー奴だ。大丈夫、まだ俺はその域に達してはいない……多分。
思い出す限りでは、”素の俺、ボケる俺、ツッこむ俺、キレる俺、マイペースな俺、冷静な俺、嫌味な俺、陽気な俺、暗い俺、中二病な俺、アホの子の俺、迎合する俺”とかが居たような気がする。色んなタイプの人に対応出来るように!とか思って最初はやっていたハズなのだが、段々そんなの関係なくなって思うに任せて喋ってたら勝手に出てきた、ってのもチラホラ居る。
まぁ、話し相手の居なかった俺がどうしてこんなヤツらを生み出してしまったか?なんて、俺から最も遠い存在であるところの星乃さんに話したところで理解は出来ないだろう。結局のところ、ボッチの気持ちはボッチにしか分からないのだ……正直、俺自身にもよく分かんね。
「か、か、考え、た…こと、ない。…て、てき、とう、に…しゃ、喋って、た…から」
「何も考えないであんなスラスラと言葉が出てくるんですか……囃くんの頭の中は本当にどうかしてますね」
やめて!言葉に出さないで!帰りに丈夫なロープを探しちゃうくらいキッツいから!
「―――そ、そ、そんな……ひ、ひどい!」
「もちろん、冗談ですよ。
それに…囃くんほどじゃないけど、私にも脳内で囁いてくるもう一人のワタシは居ますよ?」
ほぉ、君にも居るのかい?よくある天使とか悪魔みたいな奴だろうか?一瞬、白いボンテージに身を包み背中に大きな翼を付けた天使風と、黒いボンテージにコウモリっぽい翼を付けた悪魔風のコスプレをした星乃さんの姿が思い浮かび―――俺のムスコが“ゲゲゲのなんとかさん”のように反応しかかったので必死に止める。
オィ、友達でそういう事を考えるのはヤメロッ!!失礼だぞッ!!死ねッ!!―――っていうか、何でどっちもボンテージなのだ。
「なんか、いつも迷ったり考え込んだりしてる時に不意にやって来て、こう言うんですよ。“とりあえず、やってみよう!”って。囃くんの正体を探ろうかと迷ってた時にも出て来ました…」
「お前の仕業だったんかいッ!」
何かスッゴイ体育会系っぽい!そして、なんて厄介な後押ししやがるんだ、その脳内星乃さんは。きっと俺を脅迫した時にも全力で背中を押したんだろうな……。
しかし、星乃さんが妙に思い切りが良い理由はソレだったのか。なんか納得。―――っていうか、思わず素のツッコミが炸裂してしまった!星乃さんが凄い驚いた顔してる。
「んふふー♪初めて、素の囃くんを引き出せました!ヤッター!」
「あ!い、いや…そ、その……ご、ご、ごめん!」
「その調子でどんどん素を出していきましょう!」
凄い恥ずかしぃ!
「それで、私にはその一人しか出てこないから、悩む間もなく行動しちゃうんですよ。―――でも、囃くんの頭の中には色んな意見を持った人達が何人も居て、自由に会話して。あんなに淀みなく言葉が出てくるなんて、本当に凄いですよ。羨ましいくらい」
スゴい…のか?まとまりがない、優柔不断、って面の方が強いんだけども……。しかも全員、駄目な方に意見が一致したりするからタチが悪いのだ。
「だから、その中の何人かを外に連れ出してみたらどうですか?さっきみたいに」
星乃さんの言わんとしてることは、“トーク練習してた時の俺を日常で解放してみたら?”ってことだろう。
そう出来たらどんなに良いか。…でも無理だ。いざ他人と喋ろうとすると、アイツらはどこかへ行ってしまうから。
結局、いつも一人。ビビってばかりでつまらない俺だけが残るのだ。
「私は色々な囃くんを知っていますから、遠慮なくさらけ出してくれていいですよ。置いてけぼりにならないように頑張って付いていきますから」
「あ……あ、あり、がっ…とぅ」
こうして話すことに慣らしていけば、引き籠もりのアイツらも望んだ時に外に出てきてくれるんだろうか?今の所、全く音沙汰ないけど。一人で喋ってる時には無駄にしゃしゃってくるくせに、肝心な時には出てきやしない。完全に居留守だろう……内弁慶も大概にしろ、ふざけやがって。
だが今は孤立無援ではない。星乃さんが協力してくれているおかげで、少しだけ前向きになれる。
「あ、でも。私以外の人に急にさらけ出しちゃうと、ヤバい人認定されるかもですね……」
―――知ってた。
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