12.会話練習①
「こ、ここ、これっ!い、以上、はッ!そそ、そのッ!……か、勘弁、して、つかぁさいッ!!」
先々週来たばかりの鳩神社で、前回は見せる機会の無かった美しい土下座を披露しながら、今週から始まったスパルタ特訓を中止して欲しいと精一杯懇願した。
「は、囃くん…囃くんッ!?ちょ、ちょっと―――お願いだから、やめて下さいッ!」
星乃さんが慌てている。かなり珍しい姿だ。土下座した甲斐がある。
ちなみに、土下座する俺の頭のすぐ近くには誠意(財布)を差し出してある。今回は中に樋口先生がスタンバっていたのだが、どうやら今回も受け取ってはもらえないようだ。
クソ!やはり福澤大先生の威光が無ければ駄目か!妹から口座と暗証番号を聞き出すまで暫し待ってはもらえまいか。
「いつまでやってるんですか!―――ほら、立って!」
財布を突っ返され、強制的に起立させられる。
「正座した状態で待ってるなんて予想外ですよ。しかも私の姿見るなり土下座って!心臓に悪いので二度とやめて下さい!
―――とにかく、言いたいことは分かりました……確かにちょっと最初からハードすぎましたね」
星乃さんは“はぁ”と大きく息を吐くと、慈母のような眼差しで―――いや違うな、可愛そうなものを見る目で―――これも違うな、単に呆れた目で了承してくれる。
「私としてはひたすらに“実践あるのみ”と思ってたんですけど、でも仕方ないですね。じゃあ、“放課後の人が少ない場所”に限定しましょうか。どうですか?」
俺はヘヴィメタのライブに来た観客のように、ブンブンと勢いよく頭を縦に振り即座に肯定する。
あぁ、良かった。周囲の視線に晒されないだけで大分マシになりそうな気がする。凄いな土下座!流石、日本人が粛々と受け継いできた最終奥義にして、究極の交渉術だ……次も使おう。
▼△▼△▼△▼
次の日から、放課後に屋上で練習を行うようになった。
屋上は開放されてないはずだが、扉の前に積まれている予備机の中に何故か鍵が入っている。卒業生からの粋な贈り物、だそうだ。本当のところは知らんが。
一部の生徒達の間でひっそりと受け継がれていて、教師にバレないようにだけ注意して自由に使っていいらしい。おかげで誰にも邪魔されず、会話の練習が出来るというわけだ。
「囃くんはテスト勉強はちゃんとやるタイプの人ですか?」
「い、いや。テ、テ、テスト、前日に、詰め、込む、タ、タイプ…」
話題のメインは、先週の中間試験に関してだ。
俺は完全に一夜漬けタイプだ。短期間に集中して詰め込んで、終わればすぐ忘れる。というか、テスト期間って集中してゲームに向かう時間なんじゃないの?手の届く位置にゲーム機あったら、勉強とかしないでしょ普通。まぁ、今回はその一夜漬けも全く効果が無かったが。
「私も似たようなもんですね。パーッとやって、パーッと忘れる感じ。そんなでも、中学時代から赤点一度も取ったことないのが自慢です」
そう言ってにこやかにピースしてる姿が大変可愛い。でも何だか意外な感じがする。星乃さんはもっと真面目ちゃんだと思っていた。
「それより、意外でした」
「…な、なな、なにが?」
「囃くんは努力を続けられる人じゃないですか。でも勉強は別なんですね」
―――何のことを言っている?俺が努力家だって?馬鹿言っちゃいけねぇ。
「だってラジオの…トーク練習はあんなに頑張って続けていたでしょう?」
「―――ッ!…あ、あ、アレはッ!そ、そそ、そんなん、じゃ……」
そう、あれは努力なんて大層なもんじゃない。ただの惰性、暇つぶし。その程度のものだ。
「じゃあ、どうしてあんなに続けられたんですか?」
「…た、た…ただの……に、日記、というか…日課、みたいな……もので…」
星乃さんはキョトンとした顔を見せ、そして―――
「素敵な習慣ですね!」
と、微笑みながら言った。
「話は戻りますけど、中間試験はどうでした?」
「……ノ、ノー、コメント…で」
「んっふふー♪総合点で勝負しません?」
「……しょ、しょ、勝負!?」
「そう!負けたらもちろん罰ゲームですよ!
何をしてもらうか決めておかないと……私は負けるつもりはさらさら有りませんからね!」
「ぇ…えぇ!?」
そうやってまた無理難題押し付けるんでしょう?分かってるのよ、あなたのスパルタっぷりは!
やはり周囲に人が居なければ緊張は和らぐようだ。正直なところ、この会話練習はとてもとても楽しかった。相変わらずつっかえてばかりでテンポは悪いけど、それでも心なしか前より話せるようになった気がする。ぎこちなかったロボットが、学習して人間に近付いていく感じ?……はやく人間になりたい!
テスト話が一段落した後、星乃さんは少しだけ真面目な表情でこんな事を聞いてきた。
「囃くんは、将来やりたい事とか、なりたいものってありますか?」
もちろん、そんなものは無い。ただ日々を無為に消費するだけのウンコ製造機だもの。
「……ぜ、全然…ない」
「じゃあ直近の目標とかは?やっぱり友達100人ですか?」
「む、む、む、む、む、無理ッ!!」
「そうですか?囃くんなら、やろうと思えば無理じゃないと思いますけど?」
どんだけ俺の事を過大評価してんの!?ちょっと節穴がすぎんかね、星乃さん?
「私も、夢や目標が何も無くて。そんなだから、勉強だけじゃなくスポーツや趣味にも一生懸命になりきれなくて。全部そこそこな感じで。
だから、自分自身でやらなきゃいけない事を見つけて動き出せている人達が凄く眩しく見えるんですよ。私もいつか見つけたいな、見つかるといいな~、って」
わりと完璧超人みたいに思ってた星乃さんが、こんな事を考えているなんて少し驚きだった。
「囃くんにも一生懸命になれるモノが見つかるといいですね!その時は全力で応援します!」
う~ん、星乃さんにも見つけられないものが俺に見つけられるとは、到底思えないんだけど。
目標というほどでもないが、このまま何事もなく高校を卒業したい、とだけは思っているが。
「いっそ、本当のラジオパーソナリティとか目指してみたらどうですか?」
―――――――――それだけは、絶対に無いな!
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