11.友達の居る生活

 空前絶後の呼び出しが終わり、無事に家に帰ってきた。

 今日の精神的な疲労はかなりのものだ。天国と地獄が同時にやってきて、互いにノーガードで殴り合ったみたいな強烈な衝撃だった。

 制服を着替えもしないで、前のめりにベッドへ倒れ込む。


 来週からの学校生活は一体全体どうなっちゃうのだろうか?俺の貧困な発想力じゃ、何が起こるのかまるでシミュレート出来ない。

 だが、一つだけ分かることがある。来週から中間試験開始だ。あぁぁー!今週色々あったせいですっかり忘れていた!土日で何とかしなければ……。


 しかし、星乃さんには本当に参った。テンションが全く異なる普段の俺の声だけで、ほぼアタリをつけられるほどの筋金入りのファンだったとは。そしてあの行動力と、見た目に似合わぬ強引さ。

 一番謎なのは、どうして俺のような卑小な存在と―――そう、大きな石の下によく居る有象無象の虫のような存在である俺と、石どけたら速攻で土の中に隠れようとするあの十把ひとからげな虫のような存在のこの俺と、友達になろう思ったのか?全くもって分からない。


 一応、帰り際に“学校では正体を絶対内緒で!”とお願いしたので、そこまで学校生活が荒れることは無いだろう…多分。信じるしかない。うぅむ、脅迫してきた人を信じる、というのは結構精神的ハードルが高いな。



 ▼△▼△▼△▼



 翌週。高校入って初めての試験が始まったが……結果は散々だった。

 ラジオの存在を知った怒りと、正体がバレた動揺と、初めての友達が出来た嬉しさと、なんか色々あって気持ちの整理が全然追いつかず、おかげで全く勉強にも試験にも集中出来なかった。中学までは一夜漬けだけで何とかなってたが、高校ではそんな甘い考えは通用しそうにない。次の期末は本気でかからないとマジでヤバそうだ。


 星乃さんと友達となったのはいいが、試験期間中は結局一度も直接話すことはなかった。『ちゃんと勉強してますか?』っていうメッセージなら何度か来たが、それだけだ。まぁ、友達つってもこんなもんだろう……こんなもんなのか?

 男の友達すら一人も居ないのに、女の友達なんて更に距離感や温度感が分からない。


 友達が出来た当初の嬉しさは何処へやら、週の終わり頃には特別な事が何一つ起こらない平坦さと試験の出来の悪さとが相まって、ちょっとガッカリし始めていた。

 試験が全教科終わった後、星乃さんから『来週が楽しみですね!』なんてメッセージが来たが、どういう意味だ?



 ▼△▼△▼△▼



 試験期間が明けて月曜日。

 いい加減、負け犬ウォークともオサラバしたいなぁ……。既に一人、正体がバレているのが分かっているので、先々週よりは精神的にいくらかマシな気がする。いつもの時間に教室に入ると、星乃さんが既に着席しているのが見えた。

 向こうも俺に気付いたようだ。俺はいつも通り、一言も発することなく自分の席に向かうが、そっから先はいつも通りとはいかなかった。


「おはようございます、囃くん」


 星乃さんがにこやかに朝の挨拶をした瞬間、教室中が一瞬静まった後“ざわ…”と、どよめいた。教室中の人間の鼻がトガッたように見えたが、いつもの気のせいだろう。そんな事より、なんで今声かけてきた!?……あ、“友達”だからか!?ただの一言でモテない男子連中からの敵視を一身に受けてしまった。朝から嫌な冷や汗が止まらない。俺は棒立ちのまま次のアクションを決められず、水から揚げられた魚のように口をパクパクしていた。


…どうすんだ!おぃ、どうすんだ俺!こういう時は何て返すのが正解なの?もう数年、朝の挨拶をまともに返した覚えがないから咄嗟に言葉が出てこない!

“今日もキレイだね”か?―――バカ野郎、何で自分から地雷原に突っ込んで行くんだ!?えぇっと、“グーテン モルゲン”だっけ?―――違う、何でドイツ語が出てきた!?

 落ち着け、星乃さんはこう言ったのだ“おはようございます”と。俺も同じように返せば良いだけなのだ。そう、オウムのように!俺は鳥になる、オウム目オウム科に!


「ぉ、おお…おふぁ!…んふぅ………ごす」


 ―――何語!?ねぇ、何語なのそれッ!?

 俺にもサッパリ分からない、未知の言語が飛び出してしまった。そして、全てをやりきったというような感じでスッと着席する。顔がサウナに入った時のように熱い。俺は挨拶もまともに出来ないほどポンのコツなのよ!星乃さん、分かった!?だから、くれぐれも皆の前で話かけたりしないでね!友達と思われちゃうから!……あれ、いいんだっけ?

 星乃さんは今、どんな顔で俺の醜態を観察しているのだろう。怖すぎて考えられない。自分の心音のせいで周囲のざわめきも聞こえないし、朝からとんでもねぇ一発をお見舞いされてしまった。



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 その後、休み時間のたびに星乃さんから話かけられた。


「囃くん、後頭部に寝癖が残ってますよ」

「囃くん、汗が凄いですよ?代謝が良いんですね」

「囃くん、朝のアレは何て言ったんですか?」

「囃くん、お弁当もう食べ終わったんですか?…あれ、どこ行くんですか、囃く~ん?」


 周囲の視線に晒され、全く心が休まらない。なんて返したのかも覚えていない。ヘイト管理がまるで出来ない……もともとそんな能力無いけど。先週までは空気だったのに、今日一日で俺は“この世全ての悪”という役が与えられたようだ。


 それから毎日、星乃さんに数回話しかけられるようになった。これが星乃さん言うところの“会話の練習”なのだろうか?先々週これでもかというほど俺の喋れなさを披露したハズなのに、何の段階も踏まずに実戦とか……スパルタ過ぎて俺には無理だよ。プロテイン飲んでもあんなムキムキにはなれないよ。


 相変わらず、強引というか、Sっ気が強いというか。ただの天然という線もあるが、将来はイイ女王様になれるのではなかろうか?星乃さんなら凄い数の常連客が付きそうだな。そんな常連客という豚どもの前で言ってやるのだ。“この女王様は俺が育てた!”と。そして、“お前らとは踏まれてきた回数が違うのだ!”と。 ギャグボールをハメながら。俺は一体ナニを考えているんだろう―――多分疲れてるんだな。



 ▼△▼△▼△▼



 日毎、男子連中からの敵視が強くなっていくような気がする。舌打ちの大合唱の幻聴がオマケで付いてくる。更に追い打ちをかけるように、星乃さんから『本当にラジオやめちゃうんですか!?お願いですから続けて下さい!』というメッセージが届いた。

 まだ3日目だが、もう限界だ。ストレスがスーパーにグレイトでストロングだ。俺は精神的に完全に追い詰められていた。


 震える指で星乃さんにメッセージを送る。


『放課後、鳩神社で待ってます。絶対来て下さい』

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