07.胃痛の日々
結局この日は、精神的に堪えられなくて第一回の動画しか見れなかった。
あれ以上は間違いなく致死量だ。危険がアブナイところだった。
おかげで、事の始まりを思い出した……あまり思い出したくもなかったけど。
人とまともに喋れなくなった俺は、自分を変えるべくトークの練習をし始めた。まぁ、それが今微塵も役に立ってないのが悲しい限りだが。
その後、小中学校の奴らと同じ高校になるのが嫌だったので、中学三年に上がった頃から必死こいて勉強して、家からそこそこ離れた場所にあるちょっと偏差値高めの学校になんとか入ることが出来た。
過去の俺を誰も知らない環境を手に入れた、のだが……。
他人と話そうとすると極度の緊張から単語が全く出てこなくなったり、吃音が酷かったりと、最低限のコミュニケーションがとれなきゃ、友達なんか当然出来んわな。
環境変わってすぐに気持ちをリセット出来るような適応力あれば、そもそもこんな事態には陥っていない。
中学時代も似たような状態だったから、そんなに堪えてないけど。
……いや、嘘だ。めっちゃ寂しいし、めっちゃ友達欲しい。畜生、泣いてねぇよ…心の中は大雨だけども。
受験の時だけ無理して頑張ったが、特別頭が良いわけではなく成績は下から数えた方が早いだろうし、運動も苦手な上、性格も暗めという三重苦で、おまけに顔も平凡と……残念極まりない存在。どっからどう見ても馬の骨、凡骨。
もし教室にテロリストが入ってこようもんなら、見せしめに真っ先に殺されちゃうこと間違いなしのモブ。
教室では誰とも話さず、スマホだけが友達の、無口な男。
俺の名前なんて、おそらくクラスの半数にも覚えられていないのではないだろうか。
そんな、限りなく空気に近しい存在であるところの俺にわざわざ話しかけようだなんて殊勝なヤツ、居るわけがない。
―――あぁ、一人だけ居た。こんな俺に話しかけてくれる人が。
星乃さんだ。
と言っても、この前みたいに登校中一言挨拶をする程度だが。
たかが挨拶だが、クラスで浮いている俺に声をかけてくれるのは星乃さんだけだ。
容姿だけでなく心も綺麗な人だなぁと思う。なにもかもが俺とは違う、別次元の存在。
それなのに、俺のラジオを知ってるのが凄いミスマッチというか、なにをどう間違えたらアレに辿り着いたんだろうか?
理想の高校生活とはほど遠いが、それでも、平穏な毎日を送っていたハズだった。
それがどうだ?あの動画の存在が発覚し、あっという間に地獄絵図の完成だ。
ベッドの上で布団に包まり、ただひたすらに嵐が過ぎ去るのを怯えて待つ未来なぞ一体誰が予想出来ただろうか。
元凶であるところの奏は予想出来てただろうけど、あのアマは二年前から何食わぬ顔で過ごしてやがった。
アイツにはいつか最大級のお礼参りをしてやる。それまでは絶対に死ねん。
そして、今に至るというワケだ。
ろくな対応策も思い浮かばす、不安とストレスに塗れた日々。
せめて、俺もあの悪魔のように学校ではポーカーフェイスで居なければ。
―――もっと気楽に構えていよう。でないと、胃に穴が空きそうだし……。
大丈夫、あんな動画すぐに話題に登らなくなるさ、多分。そう思うことにする。
▼△▼△▼△▼
待ちに待った金曜日。
俺の予想より悪い方に事態が進行している。
星乃さんが拡めたせいだろう。クラス内で加速度的に俺のラジオが流行ってしまった。
クラスメイト達がゲラゲラ笑いながらラジオの話をしている。
しかも、パーソナリティが同い年の高校生で、ご当地のイベントや学校のスケジュールの話から、このご近所なんじゃないの?という推理まで進んでいる……オイィ!やっぱりピー音が全く仕事してないようなんだが!?
だが、完全に特定されるような致命的な情報は出ていないらしい。首の皮一枚、辛うじて繋がっている。
月曜からずっと四面楚歌の気分だ。生きた心地がまるでしない。
ラジオという単語が出るだけで体がビクッと震えて、汗が噴き出る。
ポーカーフェイス?そんな器用なこと出来るわきゃねーだろ、俺に!
あと一日、今日をやり過ごせばまた週末がやってくる。
来週から中間試験が始まるから、すぐに話題に登らなくなるさ……今は耐えろ、耐えるんだ!
でも再来週も似たような状況が続いてたら、精神的なストレスで胃に穴が開くだけでなく、頭に十円ハゲも出来てそうだ。
この一週間で俺が得たものといえば、負け犬ウォークでも危なげなく歩けるようになったことだろうか……。
▼△▼△▼△▼
待ちに待った放課後。
いやったぁー!解放されたぁーーー!!喜び勇んで下駄箱へ直行する。
自分の靴を取り出そうとした瞬間、手にカサりと小さな紙きれの感触があった。
なんだ、嫌がらせか?人の靴の中に紙屑なんか入れやがって。
しかし取り出してみると、その紙は薄い黄色でキレイに四つ折りにされていた。
ゴミではなさそうだが、不審物だ。手紙か?このデジタル化の時代に?相手間違えてんじゃないの?
一応、中を確認しとくか……一瞬躊躇したが、思いきって開いてみた。
そこで俺は、本日最大のイベントがまだ残っていることを知る。
”放課後、鳩神社”
ひょっとしなくても、これは間違いなく呼び出しの手紙だ。
嫌な予感が炸裂する。
鳩神社ってのは、学校近くの鳩がやたらいっぱい居る神社の事だろう。
高校に入るちょっと前、付近を散策した時に一度だけ行ったことがある。
そこそこ長い登り階段と、鳥居をくぐる時に鳩に糞をかけられないかヒヤヒヤした覚えがある。
ちょっとしたジョ○・ウー映画が撮れそうな感じのロケーションだ。
……あの、そこそこある階段登らされるの!?
しかし……ついに、ついにこの時が来てしまった。
畜生!早くも特定されてしまったようだ…。
真面目に学校になんか来るんじゃなかった!さっさとホスピタルの世話になっておけば!!
いや…病院に行って正式に病名を告げられた日には、もう立ち直れない気がする。
このまま帰るか……いや!?シカトすると後が恐い。
そもそも身バレしてんだし、全く意味がない。もうヤダ…。
呼び出した相手と一緒にあの階段から転げ落ちたら、魂が入れ替わったりしないかなぁ。
いや、あの長さだと普通に死ぬな……やめとこう。
……いや、待て?俺は少しだけ冷静さを取り戻す。
まだバレたワケではないのでは?そう、ただ呼び出されただけなのだ。
ただのカツアゲという線も捨てきれないではないか。
―――どっちにしろ最悪じゃねぇか。
そもそも、カツアゲだったらわざわざあんなとこ呼び出すか?俺が来なかったらどうすんだ?
ただのイタズラの可能性もモチロンある。クソ、呼び出したヤツの意図がまるで分からない!
仕方ない。もう腹を括るしかない。
どのパターンだったとしても大丈夫なように、対策だけは講じておこう。
先ずはバレた時だが、これは土下座と泣き落しで何とかなるだろう……多分。
相手が罪悪感を感じずにはいられない程の、一世一代の美しい土下座を見せてやんよ!
次にカツアゲだった場合だが。
そうだな、財布に入っている金を体の各所に分散して隠しておこう。
札は靴下にねじ込んで、カード類はポケットティッシュの中にツッコんで偽装する。後に残るは小銭だけ。小銭なら盗られても痛くはない、俺の心以外は―――よぉし、完璧だ……完璧か?
これ以上待たせると、呼び出した者の心証を大きく損ねてしまう。
うまくやれば重傷で済むところを、うっかり致命傷にはしたくない。
準備は整った。いざ鎌倉。
重い脚を引き摺って呼び出された神社へ向かう。
この階段を登りきる頃には、土下座に必要なウォーミングアップも完了しているだろう。
▼△▼△▼△▼
「ハァ、ハァ、はあぁぁぁ………クソ、何でこんな場所指定しやがった!」
この無駄に長い階段のせいで滅多に人が居ないからなんだろうけど。
学校の授業以外ろくに運動しない、モヤシっ子の体力の無さをナメんなよ!バーロー!
思った通り、膝が限界だ。
このままスッと膝をつけば、後は全く無駄の無い無駄な動きで土下座形態へとトランスフォームが完了するだろう。
息も絶え絶え、やっとこさ階段を登りきる。
そこで待っていた人物は…………。
続きはWEBで!
……この結び、最近見なくなったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます