05.挙動不審
結局、仮眠のつもりがマジ寝して、ろくな対応策も思い浮かばないまま登校時間になってしまった。
全力で行きたくないが、ズル休みが出来るほど神経は図太くない。
昨日と同じく負け犬ウォークで登校する。見えるのは自分の汚れた靴だけだ。
極度の緊張からか、既にお腹が超痛い。自意識過剰なのは分かっている。俺みたいなミジンコを気にするヤツは居ない。
だがしかし、生来のスモールハートのせいで周囲の全てが俺を見て嘲笑っているかのように感じる。きっと今顔を見たら全員が妹と同じ顔に見えてしまうだろう。クソッ!なんかムカついてきた!俺のシャイニング・フィンガー(※ただのアイアン・クロー)がうっかり炸裂して、病院より先に警察にレディ・ゴーッ!しそうだ。自重せねば。
足取りが重すぎて、いつもより登校時間が遅い。
学校の正門が近付くと、いよいよ震えが強くなってきた。このままUターンしたい衝動が、湯船の中で屁をこいたときのような勢いで沸き上がってくるが、何とか抑えて歩き続ける。心音が煩くて周囲の音もあまり聞こえない。
歩いてるだけなのに 、何だか呼吸も荒くなってきた……あれ?俺、マジもんの変質者っぽくない!?
ていうか、教室着く前に過呼吸で死ぬんじゃないの、俺?
落ち着け、平常心だ。波紋の呼吸で心を落ち着けよう。
「ハヤシくん?」
えぇ~と、確か、息を5分間吸い続けて、5分間吐き続ける、だっけ?
「ハヤシくん!」
先ずはスゥゥゥゥ―――ーー!いや、五分とか無理でしょ、コレ!!
「囃くんッ!!」
「―――ハッ!?」
自分を呼ぶ思いのほか大きい声に、ビクッとして勢いよく振り返る。
そこには、眩いキューティクルの持ち主で我が校の至宝、星乃さんが居た。
キラッキラのエフェクトに、背景にはよく分からん花のトーンも見える気がする。
そして、今日も素敵な美人臭がしている。この匂いをトイレの芳香剤として売り出したらえらい儲かるのではなかろうか。
そんなことより、俺如き毒蟲の名字を知ってるなんて光栄です!
くっ、スゲェ真っ直ぐこっち見てる。ボッチは自身に話しかけてくれたってだけでその人の好感度がちょっと上がるぐらいチョロい生き物とはいえ……なんなのこの娘、可愛すぎない?控えめにいって好き。
―――待て、星乃さんが何で俺を呼び止めたんだ?
まさか!…まさか、バレたのか!?馬鹿な、こんな早く!?
「ぇ…アッ…え?」
「あの、囃くん?前見て歩かないと危ないですよ……ぶつかりそうで恐いし。あと、息荒いけど大丈夫?」
「あ、はは、ハイイッ!―――ダダ、ダ、ダイ、ダイジョーブ!で!すたッ!!」
口が全然まやりゃなぃ!誰か助けて!―――しかし、よく考えたら平常運転だ!
「ぜ、全然大丈夫そうに見えないけど……過去形になってるし」
星乃さんが親切で優しい人だってこと、俺は知ってた。
まぁ、そうだよな。バレるわけがないのだ。疑心暗鬼になるのはよくない。
「え、えぇーと…気を付けて下さいね」
「…アッハイ」
それだけ言うと、星乃さんは歩き出した。
朝から星乃さんに話しかけられるなんて、今日は大変良い日かもしれない。今年一年の幸運を全て使い果たしたかもしれんな。―――エェェ!それは地味に困る。
俺はまた下を向いて、今のちょっとした幸せをニマニマと反芻する。我ながら超キモい。
「―――あの、囃くん」
「はぅんッ!?」
またも星乃さんが目の前に。不意打ちで顔見つめるのはやめてほしい。うっかり惚れてまうやろ。
こんな短時間で二度も話しかけられるなんて、俺はやっぱり今日で死ぬのだろうか。
「囃くんってさ……もしかして―――」
ありえないって、分かってるのにドキドキする!……恋かな?いや、ただの吊り橋効果か!?
「―――今日、日直じゃないですか?こんなゆっくりしてて大丈夫なの?」
「!!?」
一瞬でドキドキが霧散する。やっぱ気のせいだったみたい。
っべ!昨日色々あったせいで完全に忘れていた!!
俺は全速力で教室に向かう―――前に、星乃さんにちゃんと礼を言っとかねば。
「ァ…ア、アリアリ、アリ…ガッ」
やっぱりまともに言えねーのかよ!ブチャラティみたいになってんぞ、俺!やっぱり近いうちに死ぬ運命なのね。
「いいから、早く行って!」
「ハッ!」
反射的にビシッと敬礼をとってから、今度こそ走り出す。
▼△▼△▼△▼
授業中は上の空で、一日中周囲の視線に怯えていたが、朝方に星乃さんとちょっとしたイベントがあった以外は特に何も無かった。だが、何度か星乃さんと目があったような気もする。ゴメンね、星乃さん。俺みたいな汚物を視界に入れてしまって。お目汚しってヤツだ。
本日最後の授業が終わりを告げる。大体いつも週末が待ち遠しいけど、こんなに週末までの時間が長く感じるなんて久しぶりだ。早く来てー!お願いだから、早く来てー!いや、マジで!!
俺は安堵の溜め息と共に帰路に着く。
これまで人と話すことを目標としていたのに、今日は誰にも話しかけられたくないと本気で願っていた。
あのラジオの存在は本当に害悪でしかない。
―――と同時に、俺が続けたトーク練習は本当に、全く、微塵も役に立たないのだと証明されてしまった。畜生、地味にショックがデカい。便座に長く座っていた直後のように、脚に力が入らない。
昨日より負け犬ウォークが堂に入っているような気がした。
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