03.妹の言い訳

 ド屑妹の言い訳。


「もう二年以上前だっけ。お小遣いアップのお願いを一週間ぐらい毎日お父さんにしてたんだよね。

 夜遅くまでお父さんの判断力が鈍るまで粘ってたんだけど。でも全然成果出なくてさー。

 流石にもう諦めるしかないかと思って自分の部屋に戻る途中、兄ちゃんの部屋のドアがちょっと開いてて中からブツブツ変なテンションで喋ってるのが聞こえてさぁ。通話してんのかと思ったけど、そもそも兄ちゃんに友達なんか居なかったから変だなと思って。

 …で、ちょっと部屋の中覗いてみたら、兄ちゃんがマイクに向かって自分と会話してて。友達居ない現実に堪えられなくて、脳内にドッピオ生み出しちゃうくらい手遅れな状態になっちゃったんだって絶望したよ、マジで。こんなのが家族に居るなんて恥しかないもん。ていうか、もし正式に病名でもついたらもう庇えないなー、って。お父さんとお母さんが悲しむだろうなー、って。

 そしたら、直後に録音した音声聞きながら自分でダメ出し始めてさー。このバカはまた何してんだろうって―――」


「ちょっと待て、一旦ストップ!」

「あい」

「段々俺の扱いが酷くなってんぞ。何だよバカって、シンプルすぎんだろ!俺の心を一々傷つけんのはヤメろ!もっとしっかり丁寧に包めよ、オブラートに!……あと、病気じゃねぇわ!!」

「普通、自分の喋り録音してダメ出しなんかしないよ。ほとんど病気じゃない!」


 自分としては極々真面目なトーク練習だったのだが、傍から見ると病気なのか……ちょっと涙が出てきた。

 にしても、あの反省会をバッチリ見られていたとは……迂闊にもほどがあるぞ。一度喋り始めると注意力散漫になるからなぁ、俺。


「どうする兄ちゃん、続き聞く?」

「……頼む」


 なんかもう切なくて続き聞きたくないんだけど、自分から問うた手前ここで止めるわけにはいかない。


「えぇ~っと、どこまで話したっけ。あぁ、兄ちゃんが病気かもって所からか。

 ―――で、そんな感じで兄ちゃんの夜の奇癖を偶然知っちゃったワケなんだけど、あまりの出来事にちょっと動揺してて、しばらくの間、あれは夢だったんだって……そう思い込もうとしてたんだけど、やっぱ無理でさ。

 一ヶ月ぐらい経って、兄ちゃんが留守の時に内緒でPC覗いてみたんだよね」

「人のPCを勝手に覗くなよ!?」

「この情報化社会にパスワードも設定してない兄ちゃんが悪いよ」

「開き直ってんじゃねぇぞ、この盗人がッ!」

「まぁまぁ。これから気を付ければいいじゃない。

 ―――そこでトーク音声を山程見つけてさー。もう腹抱えて笑い転げた後、私閃いちゃったんだよね。コレは使える!って」


 畜生、もう嫌な予感しかしない。

 いや、予感じゃないか。既に実行されてんだからな……。


「このフリー素材編集して動画サイトに投稿すれば、上手くすればお小遣い稼げそう!ってね」

「フリー素材じゃねぇよ!このド畜生めッ!!プライバシーって概念知ってるッ!?」

「知ってはいる。でも、兄ちゃんの音声は我が家の共有財産みたいなもんじゃん?」

「違うよ!?全然違うよ!!?」


 ……コイツの頭の中はどうなってんだ!?俺なんかメじゃないぐらいヤバい奴じゃねぇか。

 ていうか編集も投稿もコイツがやってやがったのか。


「そっから必死で動画の編集方法覚えてさ。私が頑張っただけお小遣い増えるんだ、って思ったら凄いやる気出てきてね。兄ちゃんのどうしようもない音声をもっとアレな感じにするセンスや編集力磨いたりね。

 同級生にも地道に布教したし、他所の人気動画にもそれとなく番組名コメントして宣伝したり、リスナーからメール募集して兄ちゃんの話が膨らみそうなのを“面白い迷惑メールが来た”って嘘ついて兄ちゃんに渡したり。兎に角、再生数稼ぐために使える手は何でも試したワケよ。

 ……まぁ人気出たのはいいけど、そのせいで兄ちゃんにバレるのも時間の問題かなって、覚悟はしてたんだけど」


 うぉい!“また面白い迷惑メール来たから、兄ちゃんにも見せたげる”とか言って転送してきた怪文書って、リスナーからだったの!?その言葉を真に受けて、散々弄り倒した挙げ句に“面白ぇなこの迷惑メール!”とか言っちゃってたよ!超絶ド失礼なヤツじゃねぇか俺!!どうしてくれんだ、取り返しがつかねぇよ!?今更ながらに震えがきたわ。


「もういい!お前がクズの極み乙女なのは良く分かった」

「妹に対して酷くない、その言い方?」

「酷いのはお前の頭だッ!―――とにかく、今日ウチのクラスでこの動画が話題になってたから偶然気付けた。で、気付いたからにはこれ以上この黒歴史を拡散させるワケにはいかねぇ!今日限りでアカウントは消してもらうからな!」

「それだけは絶対に嫌ッ!!」

「お前に拒否権なんか無ぇんだよ!消せったら消せ!」

「だが断る!!」


 もうどうしようもねぇなこのクソ妹は!!矯正不可能だ!誰か引き取ってくれ、金払うから!


「口答えしてんじゃねぇ、このバカ!俺も今日を限りに録音はやめる!どの道続けることなんて出来ねーんだよ!!」


 大きな溜め息と共に本日最大のダメージを受ける妹のカタチをした強欲の塊。ようやく諦めてくれそうだ。


「あぁ~あ。お父さんとお母さんになんて言おう……」

「んっン~!?両親も知ってんのッ!?」

「当然じゃん。口座用意してもらったし、確定申告もしてもらってるし」

「そんな稼ぎ出てんのッ!!?」

「まぁね。一年前から夕飯のおかずが一品増えてたでしょ?アレ、兄ちゃんの稼ぎよ。ついでに、私の将来の学費も安泰だぜ!アリガトな兄ちゃん♥」


 予想外だよ、なんだそりゃ!頭が可笑しくなりそうだ。

 確かにちょい前から晩飯のグレードが上がったような気がしてたが、アレは俺の稼ぎだったのかよ!

 というか一番オカシイのは、稼いだ金が当人の俺に一銭も入ってきてないことだが。


「ちょっ、待てよ!両親も知ってるなら、何で当人の俺に知らされないんだよ!オカシイだろ!!」

「だって、教えたら“絶対やめる!”って言うの目に見えてたからさ。だから、お父さん達に口止めしてたの」

「……口止め?」

「ほとんど病気の穀潰しの兄ちゃんが、少しでも家計の足しにするため自発的にお金稼ごうとしてるから、静かに見守ってあげて、って私が言っといたの」


 コイツ、両親にもサラリと嘘ついてやがった!


「家族のためっていうのがバレたら兄ちゃんも気恥ずかしいだろうし、難しい年頃な上に捻くれモンだから、この件に関しては絶対に触れちゃダメだよ!って、念の駄目押しもしといたんだよね」

「どんだけ徹底してんだよ……」

「お願い兄ちゃん、このまま続けさせて!稼ぎがいいからやめたくないの!!」


 この言い訳聞いてる間に長年の疑惑が確信へと変わった。コイツが俺をどう思っているのかを。ただ、ちゃんとこのクソ自身の口から確認をとらねばならない。


「最後に一つ聞く―――お前は俺のことをどういう存在だと思ってんの?」

「………………………………金づる?」


 もう限界だった。このド屑には痛みで理解らせてやらないと駄目だったのだ。


「テメェの血は何色だぁ――――――ッ!!?」


 キレた、俺の中で決定的な何かが。

 今日だけで何回叫んだだろうか。そろそろ喉が限界だ。

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