02.犯人はお前だ!

 うっかり教室で騒音テロをおこしてしまった。

 明日から“絶叫テロリスト”だの“鼓膜クラッシャー”だのと、不名誉なアダ名で呼ばれてしまうのだろうか。高校で初めてのアダ名がそんなだなんて、絶対に嫌だ。これからの学校生活に不安しかねぇ。


 いつの間にか立ち上がっていたらしい。我に返ると、耳を押さえるクラスメイト達が居た。

 目を見開いてポカンとしている星乃さんの姿もある。いやぁ、呆けてる顔も変わらずお美しいですね。

 って、現実逃避してる場合じゃない!すっげぇ悪目立ちしてる―――どうする!?このまま教室を出ていくか?それとも気を失ったフリでもして有耶無耶にするか?

 待て待て、そんな事したら更に汚名が増えるだけじゃねーか!冷静になれ、俺。ほら、周囲の冷たい目を見ればあっという間に頭が冴えてクールに……何だか明日から登校拒否するしか選択肢が残されてないような気がしてきた。



「……す、すすっ…す、スン、マセン……で、した」



 結局妙案は何も思い浮かばず、自分にしか聞こえないような小声で謝ったあと着席する。

 それから、その日の授業の終わりまで俯いたままガタガタ震えながら過ごした。

 なんだろう、凄く暑い。特に顔面が。呼吸も荒いし汗も止まらない。やっぱり病気に違いない。

 昼休みから星乃さんがずっとコッチを睨んでいるような気がしたが、これはただの被害妄想だろう。


 帰りのホームルームが終わると同時に涙目で教室を飛び出し、全速力で走り出す。一刻も早く家に帰ってマイ枕に顔を突っ込みたい!ちなみに、当然のように帰宅部だ。

 ……が、校門出たあたりで早くも息切れして立ち止まる。体力無さすぎないか、俺!?

 ただ、立ち止まって息を整えたおかげで少しだけ頭が冷静になった。

 溜め息ついて足元を見ながらとぼとぼ歩く、所謂“負け犬ウォーク”であのラジオについて考えてみた。


 あのラジオで使われていた音声だが、アレは俺が毎夜自室でPCに録音しているものだ。

 中学一年生の終わり頃、他人と上手く喋れなかった俺が、他人と話す練習のために始めた。

 自分で話した内容を別の自分がツッコんだり、ボケ返してみたり。一人何役もして会話の練習をしている。あの返しはイイ感じだったとか、この答えはキモすぎてアウトだとか、独り反省会をするための録音だった。

 当時の俺は人を惹き付けるトーク力さえあれば、友達なんか簡単に出来ると本気で信じていた。


 まぁ結局、中学ではその練習の成果を発揮する事は一度として無かったけども。

 このトーク練習、始めた当初は痛々しい情熱に溢れていて反省会も毎回ちゃんとやっていたのだが……。

 ふと気付いてしまったのだ―――これ、俺史上最大の黒歴史になってんじゃねーか?と。

 それから反省会をすることはほとんど無くなった。だが、トークを録音するのだけはやめなかった。既に日課になってたし、日中無言でいる間に溜まった鬱憤を、夜中好き勝手喋ることで発散するのが何だかんだ楽しかったからだろう。ストレスの解消。いや、ただの惰性かもしらん。


 日々貯まっていく録音データに、ただそれだけで少し前進したような気になっていた。

 実際には全く実生活で役に立ってない上に、極大の黒歴史だからな。

……で、そんな俺の恥の集大成である録音データが、何でネット上に公開されてるのか。


 どう考えても家族の誰かが俺のPCから録音データを盗んでいる。

 誰が編集してるのかまでは分からんが、データを抜き取るのは家族にしか出来ないだろう。

 我が家は両親と俺と妹の4人家族だが、母親は機械音痴だから除外。オヤジと俺と妹がそれぞれPCを持っているが、この中で俺の録音データの存在を知ってる可能性があって、且つそれをどうにかしようなんて思うのは、消去法で一人しか居ない。妹だ。


 怒りの形相で家に帰り着く。

 玄関に妹の靴がある。先ずは事情を聞こう。だが、事と次第によっては……野郎、ぶっ殺してやる!!


「奏ェーーーーーーーーーーッ!!!」


 ノックも無しに妹の部屋へ突撃する。プライバシー?そんなもん、この妹には必要ない!


「なにさ?音量の調節もまともに出来ないポンコツの兄ちゃん」


 妹も帰って来たばかりなのか、制服姿だった。


「誰のせいでこうなったと思ってんだ、テメェ!」

「えー、声の大きさ調節出来てないのは昔っからじゃん。どうせ今でも無駄にデカいリアクションで怒られてんでしょ?」

「そ、そそ、そんな事ねぇよ……」


 コイツ、昼間の俺の失態を見てたワケじゃあるまいな!この妹は、どっからか情報仕入れてそうで恐い。


「ほんとに、なんでもかんでも私のせいにしないでよね。あんまガタガタぬかしてると、その無駄に回る口縫い合わせるよ」

「普通に恐ぇーよ、お前……まさか学校でもそんな調子か?」

「はぁ?他の人とは普通に話すに決まってんじゃん。

 遠慮もなければ礼儀も知らない馬鹿にはこれぐらいで丁度いいんだよ。

 ―――そんな事より、勝手に部屋に入ってきた事に対しての謝罪と慰謝料を請求する!具体的には諭吉を一人!」

「相変わらずガメついなこのクソ妹!!」



【囃 奏】(ハヤシ カナデ)

 中学3年生の我が妹。吊り気味の目にポニーテールをした、顔からして小憎らしいヤツだ。

 小学生の頃、俺が留守の時に爺ちゃん婆ちゃんから預かったお小遣いを全額自分の懐に入れやがった最低の守銭奴で、人のカタチをしたクズである。



 盗人の分際で態度デカいな、コイツ!今からその罪を余さず暴いてくれよう。そして、今度は俺が慰謝料を請求するのだ!いや、マジで!


「奏、聞きたい事がある」

「何よ兄ちゃん?」

「―――これはどういう事だ!?」


 俺はスマホで例の動画を再生して奏の目の前に突き出す。


「―――ッ!…………似た声の人が居るもんだねぇ」

「テメェ!!とんでもなく雑な言い訳してんじゃねぇぞ!?」


 俺は両拳を固く握りしめる。


「待った待った!暴力はやめよう!」

「俺の拳が轟き叫ぶかどうかはお前の返答次第だぞ!分かったら真面目に答えやがれ!!」

「アイサー!」


 ビシッと敬礼付きで無駄にイイ返事しやがる。さては余裕あんな、オメェ?


「―――で、どうなんだ?」

「………………………………私がやりました」

「テメェ!やっぱりぶっ殺してやるッ!!!」

「兄ちゃん、やめてッ!ステイッ!ステイッ!」


 案の定だった。

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