真夜中の俺ラジオ
笥村 又月
01.黒歴史、襲来
【黒歴史】とは。
掘り返してはいけない記憶のことである。
これが厄介なのは、どれだけ気を付けていてもいつの間にか生み出されている点だろう。多くの場合、心に深い傷がもれなくセットで刻まれてたりするので更にタチが悪い。
何かのはずみに思い出しては布団にくるまって身悶え、枕に顔を突っ込んでは奇声を上げてしまう経験を、誰しも一度や二度は……いや、大なり小なり普通は二桁ぐらいやってるはずだ。絶対。
大まかには、その後どうなるかなんて良く考えもせずに実行して後悔するパターンと、場の勢いに流されてやらかしたパターンのどちらかだが、稀に自覚して生み出されるものが存在する。
途中で薄々気付いてたけど、後には引けなくなってズルズルと続けてしまうパターンだ。
なんで黒歴史について語っているかというと、俺は現在進行系で黒歴史を量産しているからだ。
どんな黒歴史かは……まぁ置いておこう。何故なら黒歴史とは掘り返してはイケないものだからだ。
自分から嬉々として語り始める奴が居たら、そんなのは自分語りしたいだけの厄介な承認欲求持ちか、単に持ちネタの一つかだろう。俺はそんなもの黒歴史とは断じて認めない。というか、そんな軽々しく人に話せるようなものはただの失敗談だ。
▼△▼△▼△▼
俺の名前は 【囃 静】(ハヤシ シズカ)
今年の4月から高校生をやっている。
入学してから既に一ヶ月が経過。中学時代から他人と上手く喋れない俺は、4月という最も大事な時期に友達作りに失敗。未だボッチ。クラスでの人間関係も大方固まり、あとは学年が上がってクラス替えまで今の状態が維持されるのだろう。
今の俺の立場を分かりやすく一言で表すのなら、“ド底辺”だ。
陽気で顔も良いスカールカースト上位の連中から相手にされないのはまぁ当然として。アル中の上に目隠ししたピカソが徹夜明けのテンションでキュビズム全開に殴り描きしたような俺と、そう大差ない顔面偏差値の冴えない男子共、つまりカースト最下層の連中からも爪弾きにされているという、ホンマもんのアウトサイダー。底辺のエリートだ。
両親は俺の初期パラメータの割り振りに見事に失敗したらしい。もしくはダ○ジョーブ博士にお任せして失敗したパターンか?リセマラをちゃんとしなかったからこうなる。いや、課金を渋ったパターンか……なに言ってんの、俺?
唯一、他人より突出した所があるとすれば―――卑屈なところだろうか?
……何だろう、自分で言ってて悲しくなってきた。
そんな有様だが、直近の目標としては一人でも友達を作ることだ。
既に手遅れな気がしないでもないが、まだ諦めてはいない。
何故なら、諦めたらそこで終了だから!俺、頑張るよ安西先生!
でも終わらない延長戦やってるみたいで、気が滅入るよ先生……。
友達が居ない孤独から唐突に自分語りをしてしまった……病気かな?
▼△▼△▼△▼
黄金とは程遠い灰色のゴールデンウィークが明けた、学校での昼休み。
弁当も食い終わり、今は自席で一人静かにスマホを弄っている。
友達の居ない身としては、スマホでネットしたりゲームしたり漫画読むくらいしかする事が無い。
流行りのゲームとかやってれば一人くらい話しかけてきてくれても良さそうなもんだが……。
溢れ出るボッチオーラのせいだろうか、そんなイベントが起こる気配はまるで無く、俺の居る一郭だけは見えない壁でもあるかのように人が近付かない。
いつの間にそんな技を身につけていたんだ……全然欲しくなかったわこんな特殊能力!
バフかデバフかで言えば、間違いなくデバフだろう。外せないのかな、このスキル。っていうか装備した覚えないのに……呪いの類だろうか。
そんな一部を除いて騒がしい教室の中、ひたすら陽気に喋くっているのはカースト上位の連中だ。
何故かこういうヤツらの大半は無駄に声が大きい。なんか法則でもあるんだろうか。
カースト上位になると、もれなく声が大きくなってしまうのか?
それとも、声が大きかったからカースト上位になれたのか?
いや、待て?……もしや、俺も大きい声で喋りさえすればカースト上位に上がれる可能性があるのでは!?
おほぅ!何気なくスゴイ法則を見つけてしまった。早速、ボッチ学会に提議せねば。
説明しよう、ボッチ学会とはボッチ達によるボッチ克服のための学会である。
日々様々な議題が取り上げられてはいるが、誰もディスカッションしないので何の進展も結論も出ることはなく、結局皆ボッチのままなのだ!………ダメじゃん。
まぁ、要するに―――こんなどうでもいい事を延々考えちゃうくらいに、ボッチとは暇なのだ。
こんな感じで誰とも話さないんだったら、通信制の学校でも良かったんじゃねぇか、俺?通信制の学校でも上手くやれる気が微塵もしないけど……。
などと思っていたら、喧しい男子連中とは別のエリアから華やいだ声が聞こえてくる。今度は女子のカースト上位勢だ。やっぱりこっちも声が大きい。…いや、女子の声がよく通るってだけか。
「昨日、海歩がオシてた動画見たよ~!」
「どうだった?」
「ヤバい♪」
「私も見たよ!声出して笑っちゃった。おかげで弟に変な目で見られたわ!」
「だから言ったでしょ!周りに人居ない時に聴いてねって!」
「なになに?何の話!?」
「海歩がハマってる動画だって~」
「なんて言うヤツ?」
「“真夜中の俺ラジオ”って動画」
「ラジオ?」
「ラジオって体でなんか好き勝手に喋ってるのよ。もー、喋ってるヤツが頭可笑しくてさー」
「もう一度言うけど、絶対一人の時に聴いてね!絶対よッ!」
「それはフリなの、海歩?」
「違うってば!私は電車の中でイヤホンして聴いた時に失敗したから、皆には同じ失敗してほしくなくって」
「実体験かよ!じゃあ、電車内で見事に吹き出したワケね」
「うん……もう車両移ろうかと思うくらい恥ずかしくて。その後下向いて口に手当てて必死に堪えてたら、知らないお婆さんから酔ったんじゃないか?って心配されて」
「あっはははッ!」
「本当に大丈夫です!って言ってる途中で、また吹き出して大変だった」
「そんな状態で聴き続けてるアンタも大分オカシイよ!」
【星乃 海歩】(ホシノ ミホ)
背にかかるちょっと長めの髪にスラッと伸びた脚が眩しい学年一の美人。笑顔の似合う明るい人で、自分の失敗も隠さず話す気取らなさと、好き嫌いをハッキリ言う裏表の無さが人気の秘訣だろうか。文句なくスクールカースト最上位の存在だ。
美人というのは不思議な生き物で、例外なくとても良い匂いがする。なんの匂いなのアレ。“美人臭”とかいう香水でもあるのかね。一体どこで買えるの?つけたら俺でも美人になれる?……なってどうすんの、俺!?
その星乃さんがオススメしてる動画か、ふぅ~む。
まぁ暇だし。何か友達作りの参考になるかもしれんから、一応見てみようか。
動画サイトを開いて単語を入力する。
なんて言ってたっけ、“マヨラーの”―――あ、違う。“真夜中の”だ。
予測変換まで俺を馬鹿にしてくる。機械にまでコケにされるとは…。
一度も入力したことない単語が真っ先に候補に出てくるこの現象は何ていうの?
まぁいいや。入力が済んだので早速検索をかけてみる。
―――あった、これだ。あっさりと見つかった。
最新のものは昨夜投稿されたらしいが、再生数が一、十、百~~~おぉ、早くも五十万を越えそうな勢いだ。
これまでに投稿されたものはいずれも百万再生を越えている。既に結構な人気があるらしい。
どれどれ。俺はイヤホンを付けて、とりあえず一番最新の動画を早速再生し始める。
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=真夜中の俺ラジオ=
「はいどうも、俺です」
「よぉ~し、じゃあ今日もやっつけていきますか!」
「やっつけるってなんだよ、ちゃんとやれッ!」
「なにキレてんの?」
「いいじゃん、どうせ誰も聞いてねーんだし。全力でやっつけてこうぜ!」
「やる気あんのか無いのか、どっちなんだよッ!?」
「そんなんだからこんな時期になっても学校で友達の一人も出来ねーんだよ」
「おいやめろ!完全にブーメランだぞ!」
「………」
「自分で言ってダメージ受けんのやめろよ!」
「すいませんでした」
「一旦録音止めない?夜食のカップラーメン出来たみたいだから」
「今始めたばっかなのに何言ってんの!?」
「早くしないと、麺が伸びちまうだろ!」
「伸びたら伸びたでタップリ食えてお得だろうが!!」
「……一理ある」
「じゃあ、続けます」
「えッ!?」
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タイトルだけが映し出された殺風景な動画から聞こえてきたのは自分の声だった。
何人かで喋っているように編集されてるが、正真正銘全部俺の声だ。
なんせ全てのセリフをつい最近喋った覚えがある。
現在進行系の俺の黒歴史が、なんと全世界に公開されていた。
「ホワァーーーーーッ!?!?!?」
ここが教室だという事も、周りにクラスメイトが居るという事も完全に頭から吹き飛んで、久々に腹の底から大きい声を出した。ちょっとスッキリした。
……学校で出欠確認以外で声を発したのは何日ぶりだったかと、頭の片隅で冷静に考えている自分が居た。
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