第8話 そして、文芸部室で

 奥山おくやま芽美めみの取り調べを終えた後、司馬しばは本郷女子高に向かった。

 午後5時23分、事件現場である文芸部室には、巡査長が見張りに立っていた。

「あなたは、弥生町交番の富部とべ巡査長でしたね?」

「ハイ。うちの佐藤がお世話になっております」


 司馬は部室の中に、巡査長を手招きした。そして、わざと大きな声でこう告げた。

「犯人が捕まりました。学校からは撤収です」

 富部巡査長は、素直に喜んだ。

「本当ですか? なら、ありがたい。事件があってから、ずっとここの見張り番でしたからね。やっと仕事から解放されます」

 司馬はまた少しわざと大きな声で言った。

「本当にお疲れ様でした。今夜は、警備の必要はないです」

「部室の鍵の方はどうしますか? 私の方で預かってますが」

「証拠の採取は終わっています。明日早朝からは清掃業者が入って、文芸部室は無期限閉鎖されることになります。今夜は鍵も開けたままで大丈夫ですよ」

 司馬は部屋の隅に目を転じた。2個口の電源タップがコンセントに嵌め込まれたままになっていた。


 その足で、生徒会室へ向かった。生徒会長・壱岐いき遥香はるかは取り巻きの女子生徒と得意げに、何かを話していた。だが、司馬の姿を見つめるとぎょっとした顔になり、取り巻きを他へ追いやった。

「何の用ですか?」

「秋吉和美さん、殺害事件の犯人が分かりました。文芸部の奥山芽美が犯人でした」

 司馬の言葉を聞き、壱岐は挑発的な目になった。

「この間は、とんだ人権侵害だったわ」

「深くお詫び申し上げます」司馬は深々と頭を下げる。

「警察にいられるとは思わないことね。私の父はあなたがたを違法捜査で告発するつもりだから。辞表の準備をしておくのが賢明だわ」

「そうかもしれません。ただ、一つ気にかかることがあります」

 壱岐は眉をぴくりとさせた。司馬は顔を上げて、壱岐の目をまっすぐ見据えた。

「奥山が、なぜあなたのロッカーの暗証番号を知っていたかです。確か、あれはあなたの誕生日から取っていたとか」

「ええ。0723よ」

「つまり、奥山はあなたと接触していた。だから、あなたのロッカーの暗証番号を盗み見ることも出来た。奥山がすべてを自供するのは時間の問題です。奥山は、あなたとの関係を匂わせています。どことなく、あなたと共犯関係であるから、あなたに救われることを期待しているようなそぶりです」

「私は殺してない。失礼するわ」

 壱岐は、その場を立ち去った。


 午後7時05分。富部巡査長は自転車に乗って、本富士署へ引き上げた。司馬は身じろぎもせず、階段にこしかけていた。そこからは武甲会館に繋がる渡り廊下が見渡せる。照明の消えた暗闇の中で、夏の蒸し暑さが息苦しい。クレンザーとリノリウムの混じった学校特有の匂いが、体に浸み込んでくるようだ。自然と耳がそばだって、自分の吐息がやけに大きく聞こえた。伝統校らしく、踊り場には大きな姿見が据えられている。「寄贈 昭和五十六年度卒業生一同」と金文字で記された長方形の鏡が、窓から差し込む街灯の光に青白く浮かんでいた。


 張り込み開始から2時間が経過した頃、ひたひたという音が微かに聞こえた。靴下で歩いている足音だと認識した時には、人影が渡り廊下をすっと横切って行った。

司馬は獲物を追うクモのように、そっと走った。向かった先で、文芸部の扉が開いていた。中を覗くと、対象は部屋の隅にかがんで、コンセントから電源タップを引き抜いたところだった。


 司馬は手探りで、蛍光灯のスイッチを入れた。

「その電源タップのことで、聞きたいことがあります」

 手にしていた電源タップを床に叩きつけると、壱岐遥香は忌々しげに舌打ちをした。

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