Ⅱ:秘密がもたらすもの

8.カズラとアンゼリカの心配事

 イスパハルへ戻ったユタカとサザはすぐにアスカに事件のあらましを報告した。だが、二人が話したのはウスヴァがサザの腕前を見ることを目的にユタカと戦わせられた所までだ。サザの両親のことは伏せた。


「そんな酷いことをさせられたのか!? ウスヴァが何を企んでいるのか、用心して見ておかないといけないな。しかし、本当に、二人とも無事で良かった……特にサザは自分から酷い怪我をしてまで捕虜を助けてくれたんだな、本当にありがとう」


 アスカはサザとユタカを順番に抱きしめて言った。


 サザの本当の父親は類を見ないほどの悪人であったが、義父のアスカはあらゆる人の理想とも言うべき優しく聡明な父親で、真っ直ぐに息子と娘に愛情を注いでくれる、サザの大好きな人だ。


「こんなに素晴らしい息子と娘がいるのに、サクラ……女王がここにいないのが本当に残念だよ。きっと、お前たちみたいな二人がいてくれたらサクラならおれ以上に泣いて喜んでただろうな」


「……」


 サクラとは、アスカの妻であった女王のサクラ・イスパリアのことだ。元々王都トイヴォでは名の知れた商家の娘で、見染めたアスカの推しに応える形で結婚したという。その幸せな結婚生活はサザの母親がサクラを暗殺したことで悲劇的な結末を迎えた。アスカのユタカとサザは口角を上げたまま、しばし絶句するしか無かった。サザはアスカの言葉に何とか微笑み返しながらも、やはり自分の両親の秘密は絶対に隠すべきだと改めて心に決めた。



「王子ー!」


 カーモスに行った翌日、ユタカが王宮の廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。

 振り返ると、アンゼリカがこちらへ駆け寄ってきた。カズラも一緒だ。二人共軍服を着ている。確か今日は午前にサザと三人で簡単な偵察の任務があったはずだ。終わって報告をしに戻ってきた所だろう。

 カズラはユタカに向かって姿勢良く敬礼すると、小さく「(おい!)」と言いながら、隣でにこにこしているアンゼリカを肘で強くつついた。

 あっ、と言いアンゼリカも慌てて真面目な顔を作りこちらに敬礼した。二人の様子にユタカは思わず笑いながら敬礼を返した。


「お疲れ様。どうした?」


「サザがびっくりするぐらい元気が無いから、カズラと問いただして訳を聞いたんですけど。絶対に誰にも言わないでっていう、そのことで」


「ああ……」


 サザも、流石に姉妹同然のこの二人になら、話してもいいと思ったのだろう。金髪のお下げに褐色の肌と空色の丸い瞳で平均的な身長のアンゼリカと、ビロードの様な美しい腰までの黒髪と切れ長の黒い瞳、スレンダーな体型の長身のカズラ。

 二人はサザと三人で軍として暗殺者の仕事をしてもらうようになり、ユタカが関わることも多くなった。カズラとアンゼリカとサザは容姿も三者三様、性格も好きなものも全く似ていないように感じられるが、姉妹の様に仲が良い。もちろん三人は単独でも十分な能力のある暗殺者だがそのチームワークは目を瞠るものがある。三人は幼い時から一緒に育ち、互いの命を預けあいながら死ぬ覚悟でカーモスから逃げてきたのだ。三人の絆はそんな状況で培われた特別なものだ。もちろんユタカにも孤児院で一緒に育った兄弟同然の友達や軍の同期は沢山いるが、そんな三人の絆の強さは羨ましくすら感じられた。

 三人は暗殺者としての経歴が有るとはいえ、一般人がいきなり軍人になるのはイスパハルの歴史上初の出来事だ。三人を軍人にしたユタカの決定に、当初はアイノを含む軍の上層部や大臣達は不安の色を隠さずにいたが、元々暗殺者として受けた依頼を正確にこなしていた三人はいつも想像以上の成果を返してきたため、すぐにその不安は払拭されたようだ。サザ達三人は任務に掛かる前に必ずユタカやアイノに作戦を十分に説明し、途中の失敗に備えて二重三重の予防線を張った。


 また、ユタカが最も感心したのは、三人は依頼された任務が自分達の手に負えないと判断した時は決して無理に引き受けようとしなかったことだ。

 三人はどうして依頼を引き受けることが出来ないかを詳細に説明した上で魔術士や剣士の援助を求めたり、場合によってはっきりと断る態度を見せた。

 最も、彼女らが断るのは全ての依頼の中のほんの僅かだったが、軍では上からの依頼を断ることは禁忌のように捉えられる場合が強い。

 軍の兵士は自分の能力以上の業務を受けて負傷したり、出世欲から無理をする者も少なくない。実際に戦場でのアイノやユタカも生き延びられはしたものの、無理をして負傷する場面は多かった。

 アイノは三人のやり方を他の部署での依頼方法にも生かすことで、無駄に負傷する者を減らすことができたという。よくよく考えれば、三人は幼少の頃から暗殺者として働かされていたので、ユタカよりも年下だが戦闘のキャリアは長いのだ。その際たるところが、この間のサザの戦いぶりだろう。ユタカは三人の戦い方に学ぶ点も多かった。

 カズラが敬礼をした手を下げ、口を開いた。


「サザは、軍の剣士に模擬戦の相手を頼まれ、訓練場に行っています。その間に少し王子とお話したいのですが、よろしいでしょうか」


「ああ、もちろん」


 —


 三人は城の執務棟の屋上へと来た。ここはユタカが王子になった最初の頃に城の構造を知るために歩き回っていて偶然見つけた場所だ。

 天気の良い日は見晴らしがよく、イーサの山と森林が遠くに見える。とても居心地が良いのでユタカは仕事の合間に時間が空いた時にたまに来るのだが、城で働く人たちにはあまり知られていないようで、いつも誰もいない。

 屋上からだと軍の訓練場も見下ろせる。サザは木製のナイフで木刀の剣士と戦っている。若い剣士達は暗殺者と戦い慣れていないようで、すぐサザに倒されてしまう。サザは戦っては倒し動きの弱点を身振りで説明するのを繰り返してやっているようだ。


「サザは母親に会いたいと思うのです」


 屋上の床に三人で車座になると、カズラが口を開いた。


「私達の中で、サザだけが完全に出自が不明だったんです。私とアンゼリカは組織に連れてこられたのは十歳頃だったので、故郷の両親の記憶はしっかりありますが、サザは最も古い記憶からすでに組織にいたと言っていました。イスパハルへ来てサーリさんの店で働き始めて、少しお金が出来た時、サザは私達に故郷に帰ってはどうかと勧めてくれたんです。それで私とアンゼリカは帰って家族に会ってきたんです」


 カズラの話に、アンゼリカが続ける。


「カズラもあたしもイスパハルからはとても離れた国の出なので、行って帰ってくるのに何ヶ月もかかったんですけどね。故郷では家族はすごく喜んでくれて。そのまま残れば幸せに暮らせはしたけど……あたしはサザが居なかったら、確実に死んでたから。命を助けれくれたサザをそのまま一人イスパハルに置いてくるなんて、とても出来なかった。それで、家族は名残惜しかったけど、イスパハルに戻ってきたんです。カズラも同じです」


「そうだったのか……」


「サザは私達に故郷に帰るのを勧めた時、本当は複雑な気持ちだったと思います。だって、サザにはそんな故郷も無く親も居ないのですから。サザはもう親に会うことは諦めていたはずです。それなのに、このタイミングでこんな事実を突きつけられて。しかもカーモスに戻れば母親に会わせるだなんて。サザの気持ちを考えたら、ウスヴァには本当に怒りしかありません」


「サザにはカーモスの女王になるなんて考えは無いはずです。でも、どこかで生きているお母さんのことは、毎日毎日考えていると思います。どんな人なんだろう、もし会ったらどんなことを話そう、って。話していてすごく伝わってきたんで」


「それは当然だ。おれもそうだったから」


 ユタカも二十四になるまで全く同じことを思っていた。サザの気持ちは痛いくらいよく分かる。イスパハルとカーモスの国境は基本的に閉ざされていて、自由に行き来できない。

 ユタカ達は任務としてでなければカーモスに行くことは出来ないことになっており、イスパハル国軍の全ての任務はユタカとアスカが二人で最終承認を出している。つまり、サザが母親を探しにカーモスに行くなら、その理由をアスカに説明しなければいけない。事実をアスカに隠したままでサザが母親に会うことは難しいのだ。


「母親には会わせてあげたいけど、どうしたらいいんだろうな」


「……」


 三人の間に案は無かった。やはり、サザの母親を探して会いに行くなら、その前にアスカに真実を伝えるより他に方法は無さそうだ。どうしようもないもいう事実に、しばしの沈黙が流れる。


「……どうしたらいいか今は分かりませんが、手伝えることがあれば何でも言って下さい」


 沈黙を破ってカズラが顔を上げてユタカに言った。


「王子も悩みすぎないで下さいね! サザのことならいつでも相談に乗りますよ!」


 アンゼリカもにかっと笑いながら続けた。


「二人がいてくれて本当に良かったよ」


 解決策は分からないが、この二人がサザの心の支えになってくれることは確かだ。


「あ! サザが手合わせ終わったみたい。終わったら三人でご飯食べに行く約束してるんで、サザの所に行きますね! 今日は食堂のサーリさんが非番なので、城の外で食べてきまーす」


「ああ、また」


 ユタカは二人に礼を言うと一緒に屋上を出て、自分の執務室へと戻った。

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