4.暗殺者のやり方
戦いはそのまま王の間で行われることになった。広い王の間は図らずも二人が戦う場所としてはごく適切だったからだ。ウスヴァの警護としての魔術士と剣士数名が玉座の周りにつき、それ以外の大臣達は安全の為に王の間を退出した。先程ウスヴァに魔術士として紹介された女は変わらずにウスヴァの傍らに立っている。
サザはドレスのままでは明らかに不利なため、ウスヴァが用意させたカーモスの軍服を借りて着替えた。ウスヴァや他の兵士達が着ているものと同じ、濃い灰色の地に肩と腕に銀糸の見事な刺繍のあるデザインだ。自然とヴァリスと戦った日を思い出してしまう。こんなものは着たくなかったが仕方ない。
戦い始める前にユタカと打ち合わせ出来れば良かったが、もちろんそんな機会は与えられなかった。
「いつでも、始めてもらっていいです」
ウスヴァが相変わらず背筋を伸ばしたきれいな姿勢で座ったまま、玉座から二人を見下ろして言った。ユタカとサザは、部屋の中央に五メートルほど離れて対峙している。ユタカは剣の握りに手をかけたまま、やりきれない表情でサザを見つめている。
(巧くやらないと私は、本当に死ぬな)
ウスヴァはどちらかが戦闘不能になれば回復させるとは言っているが、それが本当かどうかは分からない。もしユタカに斬られて回復魔術をかけられなかったら、サザはもう死ぬしかない。ここは斬られる以外の手段で負けるべきだろう。
サザが今まで戦った剣士の中で最も強かったのが、ヴァリスだ。サザはあの時の戦いを些細に思い起こした。あの戦いの時、ヴァリスは斬りかかったサザのナイフを剣で受け返したのち、身体を捻って脇腹を蹴り飛ばしてきた。斬り殺す前にサザの動きを止め、正体を確かめるためだろう。暗殺者が相手であればそれだけの余裕を持って戦えると判断したとも言える。
剣士なのに途中で蹴りを挟んでくる戦い方は珍しいが、確かにユタカも森で襲われた時にヴァリスと同じように、斬撃の間に蹴りを挟んで戦っていた。
敵の状況に合わせて剣だけを使うのでは無く柔軟に対応する戦い方を、ヴァリスに教わったのだろう。サザがユタカに蹴りで倒されれば、戦闘不能にはなるが死なずには済みそうだ。
(あれを、何とかして再現しよう)
方針は固まった。後はやってみるしかない。ユタカは小さな溜息をついて、やるせない表情でサザを見つめている。サザはまだ不安げなユタカの瞳を真っ直ぐに見つめ返して、『大丈夫』という気持ちを込めてはっきりと頷いた。それを見たユタカは、ようやく決心がついたように、サザを真っ直ぐに見つめて頷き返した。それを合図にユタカはゆっくりと抜刀し、サザに向かって真っ直ぐに剣を構えた。深く息を吸って、吐く。サザもナイフを構えた。
(……やるしかない!)
サザは跳躍して正面からユタカに切り掛かった。
ユタカが正面からサザの攻撃を受けて斬り返そうとした直前で、サザはユタカの剣の刃の側面にかかと蹴りを入れた。サザの予想外の動きにユタカが一瞬迷い、かかとが当たった剣がほんの少しだけ横にぶれた。サザはその一瞬を見逃さずに剣の側面に乗って体重をかけ剣先を下げさせ、ユタカの懐に飛び込もうとした。
しかし、ユタカはサザの動きよりも早く体を後ろに晒してかわし、サザが振ったナイフを剣で受けて切り返した。剣とナイフのぶつかり合う激しい斬撃音が王の間へ反響して大きく響いた。
攻撃をかわされたサザは後ろに跳躍し、一度ユタカから引いた。
(これをやって、駄目か……)
ユタカの体格からは想像できない遥かに重さのある攻撃に、サザは危うくナイフを取り落とすところだった。力を抜くところで抜き、籠めるべき所に的確に込める。細身の体格のせいで出せる攻撃の強さに限界のあるユタカは、そうやって一撃一撃を見極めながら確実に自分の戦力にする。これがユタカの技術なのだ。
とにかく懐まで入れれば咄嗟にユタカに蹴り飛ばされるかと思ったが、そこまで至ることすら出来なかった。しかも、ユタカはまだ余裕を持ちながらサザの攻撃を避けているようだ。分かってはいたが、やはりユタカは強すぎる。このやり方では無理だ。
ウスヴァは微動だにせず、二人の様子を見つめている。
(こうなったら、剣士が好きじゃなさそうな卑怯なやり方でやってみようかな)
サザは深呼吸をすると、もう一度ユタカに向かってナイフを構えた。それに合わせてユタカも剣を構え直す。その瞳にまた、不安の色が滲む。サザを心配するユタカの気持ちがひしひしと伝わってきた。サザはもう一度、ユタカの目を見て頷き、口角を上げた。ユタカはそれを受け止め、頷いた。
サザはそれを合図に、もう一度床を強く蹴って飛び出した。跳躍してユタカに正面から切り掛かる。ユタカはサザの攻撃を剣で受けようとしたが、その前にサザは助走を付けて跳躍した勢いでユタカの右肩に手をついて馬跳びの要領で身体を飛び越えた。
サザは宙返りして着地すると、即座にユタカの背後の地面を強く蹴った。ユタカの背面から低い位置に向かってナイフで切り掛かる。相手の背に斬りかかるのは正しい剣の道を往く者なら卑怯すぎて憚られる行為だが、サザは暗殺者だからいつものことだ。
この位置からの攻撃なら、ユタカは振り返って剣で攻撃を受けようとしても、その前にユタカの足にサザのナイフが届いてしまうはずだ。ユタカはサザの読みの通り、剣での攻撃では無く、身体を捻ってサザに回し蹴りをする体勢になった。
(よし!)
ユタカの蹴りが真っ直ぐにこちらに向かってくる。サザはその動きを見切り、ユタカがサザの脇腹に掠る程度に外そうとした蹴りが自分のみぞおちの中心に当たるように、わざと身体を捻った。
(これでいい……!)
次の瞬間、身体の中心にどん、というものすごい衝撃を受けて、サザは後ろに吹っ飛んだ。
「あ″……!!」
蹴りによって物凄い勢いで後ろに跳ね飛ばされたサザは、背中からウスヴァの王座の傍らに飾られていた花瓶に激突した。部屋に陶器の砕け散る音が、王の間に派手に響き渡る。花瓶の破片と水と花がサザと周囲に飛び散る。そのままサザは大理石の床に叩きつけられて、何回か転がってうつ伏せに倒れた。
蹴りが完全に急所に決まった。あまりの痛みに全身ががくがくと震えるだけで、動き出せなかった。
「サザ!?」
ユタカはサザが自分の想定よりも遥かに大きなダメージを受けたことに驚愕し、剣を鞘に納めると顔色を変えて駆け寄った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます