3.望まない戦い
二人は召使いに案内されて王の間にいる国王、ウスヴァの前へと通された。カーモスの城の王の間もイスパハルの城と同じ様な広い部屋で、入り口の大きな扉から続く赤いカーペットの先の玉座にウスヴァは座っていた。玉座の両脇には大きな花瓶に花があしらわれている。
ウスヴァはカーモスの灰色の軍服を着た、小柄で線の細い色白の青年だ。亜麻色の真っ直ぐな長髪を頭の後ろの低い位置で一つにまとめている。長い睫毛と大きな薄荷色の瞳のせいなのか、正直なところ二十歳よりずっと幼そうに見える。
攻撃魔術士らしいが、自分で武器を扱いそうな体格では無いせいか見た目では王の威厳を示すには至っていない感じがする。ただ、その瞳に宿した光は、その意志の強さを訴えかけるものがあった。
ウスヴァの玉座の傍らには、一人の女が立っている。歳は三十過ぎ程度か。黒に近い紫色の艷やかな肩までの真っ直ぐな髪に、銀縁の眼鏡をかけている。眼鏡の奥の藤色の瞳が冷たく光る。女はカーモスの灰色の軍服の上に、光沢のある白いローブを纏っている。ローブは縁に銀糸で装飾化したエルフ文字の見事な刺繍が施されている。魔術士の正装だ。
王の間にはその他にも宰相か大臣と思われる高貴な服装の年配の男が数名と、ウスヴァの護衛として魔術士と剣士の数名が玉座の両脇に並んで立っている。
「ユタカ・イスパリア王子とサザ王子妃。僕が謝罪に行かせてもらった時以来ですね。お越し頂いてありがとうございます」
「そういうのはいいから、早く用件を済ませたいんだ。捕虜を釈放してもらいたい」
ユタカは玉座からこちらを見下ろすウスヴァの視線を真っ直ぐに見据えて言った。
「折角来てもらいましたから、少し話をさせて下さい。ユタカ王子。あなたはよく分かっておられると思いますが、カーモスの前国王、ムスタは国家君主としてはとても褒められた男ではありません。金と欲に溺れ、民を蹂躙しました。ただ、そんな男でも、軍の指揮力の才は目を見張るものがありました。だからヴァリスの様に忠実な部下もいたんです。正直、父親としては酷い人です。ただ、僕は前国王を殺しカーモスを敗戦させたあなたのことは、現国王として深く憎んでいます。あなたもカーモスの暗殺者に母親を殺されているのですから、僕の気持ちを少しぐらいは察せられるでしょう。ただ、カーモスのご出身で優れた暗殺者であるというサザ王子妃に、僕は興味があるんです」
「私……?」
ユタカはとたんに表情を険しくした。
「サザに何かしたら絶対に許さないし、君は私情で安易に国民を巻き込んで戦争を起こすような頭の悪い人とは思わなかったけど」
「仰る通りです。僕は国王としてカーモスを早急に立て直さないといけない。今戦争をしたらまた国が疲弊しますから、無闇に手を出したりはしません。しかし、国を立て直す為には多少は手荒な手段も必要だと考えています」
「その手荒な手段が今回の捕虜という訳なのか?」
「そうです。こうすれば国民を第一に考えるあなたたち二人なら、すぐに来てくれると思ったので。こちらの要求を呑んでもらえれば捕虜は一切傷つけず、すぐに解放します」
(ウスヴァは只者では無いな)
戦争で負けた国の君主に対してこれだけ大胆な物言いが出来るのは、相当な度胸だ。アスカが言っていたように、ウスヴァは確かにムスタよりは君主向きではありそうだ。ただ、彼の周囲の魔術士の女や宰相達と思われる人物達も、今回の捕虜を取った本当の意図を把握している筈だ。どこまでがウスヴァの策略なのかはサザには分からなかった。
「おれたちが来ただけで終わりにはしないと? まだ何かあるのか?」
小さなため息をついて、ユタカは落ち着いた口調でウスヴァへ聞き返した。
「ええ。あなたたち二人に、この場で戦ってもらいたいのです」
「な……」
思っても見なかったウスヴァの提案にサザは驚き、思わず声を漏らしてしまった。
「おれとサザに殺し合えと言ってるのか? そんなことが出来ると思うか?」
ユタカは先程と変わらず変わらぬ静かな口調で聞き返したが、その口調に僅かな怒りが顕れたのをサザは感じ取った。
「そうではありません。さっきも言いましたが、僕も戦争を避けたいのは同じです。あなた達を殺す気はない。戦うのは、死ぬまででなく戦闘不能になるまででいいです。戦いの決着がついたら敗北者には直ちに魔術医師の治療を施すことを約束します。僕は攻撃魔術しか使えませんから、こちらにいる魔術医師、サヤカ・エルウッドにやらせます。ただし、本気でやってもらいますから、相手の武器を取り落とさせるだけでは戦闘不能とは認めません。確実に攻撃をして下さい。どちらかが手を抜いたと僕が判断したら仕切り直させてもらいます」
(ウスヴァが何を考えてるのか全然分からないけど、相当頭がきれることは分かったな……)
殺す気は無いと言っているが、これは非常に巧妙なやり方だ。カーモスの人間がユタカやサザを攻撃すれば確実に戦争になるが、ユタカとサザが殺し合うのはグレーゾーンだ。ウスヴァは巧妙な位置から、確実にこちらに手を出そうとしている。サザはウスヴァを見縊ってはいけない相手だと改めて強く感じた。
(でもユタカと私が戦ったら……)
普通にやれば、サザは確実に死ぬ。暗殺者は暗殺が仕事だから、剣士と面と向かって戦って勝てるような戦力を持ち合わせていない。まして、相手はイスパハルで一番強い剣士のユタカだ。
「それは出来ない。おれたちが見せ物として武器を手に取ることは絶対にないからだ」
サザは先程よりだいぶ低い調子になったユタカの声に、隠しえない強い怒りを感じた。
「なら申し訳ありませんが、捕虜の命は無いものとしてもらうより仕方ありません。ただ、そうなればお互いに望まないはずの戦争になります。僕としては是非、穏便に済ませるためこちらの要求に従って欲しいのです」
「何が穏便だ……」
ユタカが奥歯を噛み締め、鋭い眼光でウスヴァを睨みつけた。
(私が、試されてるんだ)
ウスヴァの真意は分からないが、この状況で戦いぶりを見られるとすれば、サザの方だ。普通にやってサザが負けるのはウスヴァとて分かりきっているはずだ。ウスヴァが見ようとしているのはユタカがどう勝つかではない。サザがどう負けるかだ。面と向かってユタカと戦わせられたら、サザは何をどうやろうと絶対勝つことは出来ないのだ。そして、それはユタカも十分に分かっている。ユタカは、自分の手でサザを傷つけることを恐れている。
(何を企んでいるのか分からないけど、そう来るなら、私の腕で鼻を明かしてやる……!)
「ユタカ。やろう」
「出来る訳ないだろ!?」
ユタカはサザに向き直り、叫ぶように言った。ユタカの黒い瞳が困惑して揺れている。
「捕虜の皆を見殺しにも出来ないし、戦争を起こすことも出来ない。この勝負に乗るしか無いよ」
サザがウスヴァの想像を超えた戦いをする。それしかない。
「私も、本当はやりたくないよ。けど、やるしかない。何とか、上手くやるから」
「でも」
「このまま帰る訳にいかないよ」
ユタカはサザの瞳を見つめ、唇を噛み締めた。その目線を真っ直ぐに受け止めて、サザは口を開いた。
「私を信じて」
「……分かった」
ユタカはサザの真剣さと自信を汲み取ってくれたようで、決意を宿した瞳でサザを真っ直ぐに見て言うと、ウスヴァに向き直った。
「ウスヴァ。早く準備してくれ」
「ありがとうございます。それでこそ、イスパハル一の暗殺者と剣士のお二人ですね」
ウスヴァは微かに笑みを浮かべると、召使いたちに戦いの場を準備の指示をした。
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