私のミスティの様子がおかしい
ミスティの赤い睫毛が瞬き、燃える瞳が神秘的に光る。
(ミスティ、こんな顔をするのね……)
私が見たことのなかったミスティの本性が顔を出す。知らないミスティが恐ろしいのに、その頬に触れずにはいられない。
ミスティの慣れた香りに心臓が高鳴る。心地いい高揚感を噛み締めて、寄り添い肩口で深呼吸する。
ミスティを失わずに済む……こんな心強いことはない。たくさんあった悩みなんて、とるに足らないと思えてしまう。感じてはいけないような万能感に支配される。
ミスティは、私の耳に口付けるほどに近づき、
「クララベルが好きなんだ」
と告げた。
「え、え、え?」
ミスティがそんなことを言い始めるとは思っていなくて、たじたじとする。
観客もいないし、演技ではないわよね?
「初めて城に行った日、この子が番なんだって一目でわかった。あの時、泣きそうな顔をしてた。でも、全然泣かなくて。俺なら、抓ってでも、こんな顔のままにしておかないのにって――」
あの時、本当は泣いてしまおうと思っていたのだ。でも、季節外れの蝶を見つけて、上を見上げているうちに涙が乾いてしまった。
「あきれた、だから抓るわけね。そうね、私だって、あの時にミスティと出会っていたら、もう少し寂しくなかったかも」
私のミスティは、その頃からこうだったんだと思うと、愉快になる。
「クララベル、大好きな」
「だ……?!」
「大好きごときじゃ足りない。愛してるんだ……」
あまりの態度の変わりように、驚愕で目を見開く。
(ミスティが、おかしい!)
私の髪を撫でながらミスティの語尾が溶けている。熱愛を演じる時の甘さとも違う、既視感のあるおかしな態度だ。
「ちょ、ちょっと、ミスティ? なにか、変よ」
「……ベル……俺のクララベル……はぁ、可愛い」
ミスティはついに、いたるところに口付けを始めた。啄むようなこそばゆい口付けが頬に髪に鼻に耳に何度も繰り返される。距離をとろうと胸を押せば、その手にも絡めとられて口付けられる。溶けた笑みはジェームズの妖艶さにも似ている。
(そうだわ! ジェームズがイヴに向ける、だらしない顔にそっくり!!!)
気が付いた時には押し倒されていた。
「ちょっと、ミスティ……うそ、やだ」
「どうして皆、クララベルを一人にしておくんだろうって思ってた。こんな一生懸命で、脆くて、綺麗で、強くて……はぁ、好き」
「うぐぐぐ……」
あまりにもミスティから言われ慣れていない言葉ばかりで、酷く混乱している。
好きというたびに目の赤さが増すのがまた、心臓に悪い。
「……泣いても可愛い。まぁ、俺がたくさん泣かせちゃったんだけどさ」
今までと真逆の態度に、開いた口が塞がらない。ぽかんと口を開いていると、そこに口付けられて慌てて口を閉じた。
「いや……まてよ!」
そこでグッと私の頭をつかむと、周りを見渡す。レト達が出ていって、私たちの他は誰もいない。よかった、さすがにこの状態で誰かに見とがめられたら恥ずかしすぎる。
「夢……いや、俺、もしかして死んでる? そうだよな、あまりにも出来過ぎてる。クララベルが竜で、番が俺だなんて……俺、やっぱり崖から落ちて死んだんだな……」
そうか……幻か、と難しい顔を始めたミスティを押しのけて、簡易ベッドから降りる。
(このミスティは心臓に悪いわ! 竜は番に対して愚かだと思っていたけど、ミスティもこんなだったなんて!)
「夢でもいいや。こんな幸せな夢の中で死ぬなら、それも悪くない」
儚げに笑い、すっかり正気を失っているミスティをがくがくと揺さぶる。
「死んでないわよ。ほら、手だって痛いでしょ? 正気に戻って!」
ぐるぐると包帯が巻かれている腕に触れると、痛んだのか顔をしかめた。
「いたっ……痛い。折れてるんだった。本当に、全部現実か? ヒースは禁断症状で幻を見たって言ってた。これもそうなんじゃ……」
「私が竜なのも、番がミスティなのも本当よ! けど、こんなの、困る……」
「何も困らないだろ。俺は、クララベルが好きだって言ってるんだよ!」
大声は天幕の向こうまで響いたはずだ。レトはまだすぐ近くにいる。マルスにだってきこえているはずだ。穴があったら入りたい。
「わかったわよ、わかったってば! 何度も言わないで、しつこいし、うるさいのよ! どうしたのよ、今まで、好きだって言っても、全然こんなじゃなかったじゃない!」
「ずっと、こうだったんだよ! ずっと好きだった!」
「ひゃっ……」
聞いているのかいないのか、ミスティは更にべたべたと私に絡みつく。
「もうこれからは、俺を少しくらい突き放したからって、離れられると思うなよ。あああ、なんだこの頬、パン生地より柔らかいな――ああ、好き……」
口付けどころか、食べられそうな勢いだ。
「ちょっと、恥ずかしいから、ほんとに、やめて!」
羞恥心が限界を超えて、天幕の向こうにいるレトを呼ぶ。
「レト! 助けて、ミスティがおかしいの!」
レトが衝立の向こうから顔だけを出し、ため息をつく。
「姫様、竜なんて、そんなものですよ。思い出してごらんなさい。ジェームズさんやヒースさんとまるっきり同じじゃないですか。アビゲイル様なんか、もっと見ていられませんからね。いまさらです。しばらく我慢なさいませ」
「そんなぁ!」
*
ミスティはダグラスが到着しても、私の傍から離れようとしなかった。
それどころか、ダグラスが私に近づこうとしただけで威嚇する。
「ダグラス、ごめんなさい。ちょっと、色々あって、おかしくなっちゃったみたいで」
何をどう説明したらよいかわからなくて、ミスティに後ろから雁字搦めにされた状態でしどろもどろに告げる。出来れば、助けてほしい。
ダグラスはうわぁ、という表情を浮かべて、ミスティを見下ろした。
「何となくわかってますから大丈夫です。姫様、その竜はとんでもない惚気を垂れ流す痴れ者なのです。嫉妬深さも、並ではありませんから、お嫌なら、見限ってしまった方がいいですよ」
「はっ、ダグラス、残念だったな。クララベルは俺のことが好きで、しかも俺の番だったんだよ! ざまぁみろ!」
つんと顎を上げて挑発するミスティを呆れたような顔で無視して、ダグラスはミスティを馬車に運ぶ準備を始める。
「救助として、国境をまたぐ許可をシュロ側に取りました。ほら、ミスティ、死なないことになったのなら、カヤロナに戻るぞ。その状態なら、頭が冷えるまで置いていったほうが姫様の為か……」
担架が運ばれてきても、ミスティは私から離れようとしない。
「ちょっと、ミスティ、一度離して」
「それは無理」
「なんでよ」
「番いだから」
しつこい。
困って誰かに助けを求めても、みんな薄笑いを浮かべるばかりで、おかしなミスティを引き剝がしてくれない。
「クララベル様、ミスティは本当に無理なようですから、ミスティと一緒に来ていただけますか? 別の道に馬車を回します」
「ダグラス、もっと驚いたらどう? ミスティが本当におかしいのよ! どうして、みんな、慌てないの?」
ダグラスは、色々と指示を出すのが忙しいようで私の話におざなりに返事をする。
「……あ、はい。ミスティは仕事以外ではほとんど姫様のことしか話しません。九割が惚気です。お気をつけください、ミスティは執念深くて厄介ですよ」
「ええ……?」
ダグラスは、ずっとこんなミスティと仕事をしていたのだ。誰もおかしいと言わない。私ばかりがおろおろとする。
「なんでよ……なんで、私だけが知らなかったのよ!」
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