招待状
「――え、嫌なんだけど」
「狩猟の会」の招待状を見せると、ミスティは嫌そうな顔をした。
今日は私室が掃除中なので、応接用の広間でミスティと会っている。
ドアの無い吹き抜けの部屋は衝立の代わりに大きな蔓植物が仕切りを作っていて、明るい。
窓も大きいが、天井が高いので温室ほどの暑苦しさは無い。
それに合わせたように籐で編まれたテーブルに色ガラスのモザイクの天板が嵌めらている。
ミスティとは衣裳部屋の一件以来、五日は話をしなかったと思う。
そうしているうちに私が公務で出かけたり、ミスティがバロッキー家の仕事でいなかったりと、暫く顔も見ていなかった。
今もお互いなんとなく気まずいままに、招待状を眺めている。
人払いはしてあるが、いがみ合っているなんて噂を立てられては困る。席はたくさんあるのに一つのひじ掛け椅子に二人でおさまっていて、ぎゅうぎゅうだ。
「もう少しむこうに行ってくれないかしら。腕に籐の跡がつくじゃない」
「じゃあ、もう少しこっちに寄ればいいだろ」
「嫌よ。私、まだ怒っているんだから」
「あれだけ俺の事を引っ叩いておいて、まだ言うのかよ」
「当然の報いよ」
小声で喧嘩は続いている。まぁ、こそこそ話をするにはこの距離は都合がよいのだが。
「狩猟の会がどんなのか知らないけどさ、俺は馬にも乗れないし、鳥もウサギも殺すのは嫌なんだけど」
ミスティは早々に脱落宣言をする。
「別に狩りに参加しなくてもいいわ。行くだけ一緒に行ってくれない? ミスティは近くで絵でも描いていたらいいわ」
喧嘩をしている最中だし、本当はミスティに頼み事などしたくない。
「狩猟の会」は行事といよりも、息抜きや行楽の意味合いが強い。
そんなこともあって、今までは私だけで参加してきたのだが 、今年は結婚も近いのでミスティが一緒に来た方が自然だ。
「婚約者としての演技が絵を描いているだけでいいっていうなら楽でいいけどさ」
「――それで、ミスティが絵を描いている所に私も一緒にいるわ」
女同士のおしゃべりに参加しているよりは、ミスティが絵を描くのを見ていたほうがずっといい。喧嘩中でもかまわない。
「やだよ。邪魔だし。女同士でおしゃべりでもしていたらいいだろ」
「それが嫌だからお願いしてるの! 公務なら無駄なおしゃべりにだって精を出すけど、本当にお遊びみたいな会なのよ。邪魔はしないから、一緒にいて!」
ミスティは私に絵を描く所を見せるのが、よほど嫌らしい。
「断れるなら断りたいんだけど。それに、単に同伴者が必要なら、またダグラスに連れ出してもらえばいいだろ。何かあってもまた守ってもらえるだろうしさ」
最近、何かとダグラスとの仲人をしようとするのが癇に障る。大きなお世話だ。
「ダグラスは来ないわ。 フォレー領は遠いのよ。今の季節は収穫祭もあるし、王都まで来る時間なんてないの。狩りに参加するのは王都のごく近くに住んでる者だけ。こんな行事にまで好き好んで出る人の気がしれないけどね」
「いちいち面倒なんだよな。どうせ、狩りっていっても、レトさんが獲物を追い込んで、エライ人たちに仕留めさせる接待だろ?」
「そうよ。調べてみたのだけれど、狩猟の会は、もともと接待で始められた行事らしいのよ」
「へぇ、そうなんだ」
紅玉祭にしても、この行事にしても、ミスティの話を聞いてからは、その起源が気になるようになった。
他国で行われる狩猟の祭りは通常、国が狩猟権を主張する為のものだが、この国は大昔から狩猟よりも牧畜や養鶏で肉を得ている。考えてみれば狩猟が行事になるなど、おかしな話なのだ。
この国には借り物の概念が多い。爵位にしても隣国に倣ったものでバロッキーが治める時代には無かったものだ。
竜が栄えた時代の文化はバロッキーの一族にしか伝えられていない。バロッキー家との関わりの歴史は禁書扱いされていて、カヤロナ家の直系の者しか読むことが許されていない。私も末端ながら、禁書に手が届く一人だ。
「この間ね、カヤロナ家の記録を読んでみたの。王家のじゃなくて、バロッキーの
私は声をさらに小さくして、調べ上げたばかりの秘密をミスティに聞かせた。
竜の血を持つ者は動物を呼び寄せる者がいる。とはいっても、ミスティにそんなことが出来る様子はない。ヒースのようにもっと竜の血が濃くないとできない芸当なのだろう。
ただ、ヒースの周りに寄って来る野生動物のことを思い浮かべると「竜が動物を従える」などといった格好の良い能力ではないのが分かる。
浮かれた時に竜の血が動物を呼び集めるって、ちょっと恥ずかしい現象ではないだろうか。
「なんか、馬鹿っぽい絵面じゃないか? ちょっと笑える」
「……そうよねぇ。隣国の要人を接待する為に、バロッキーを使って、たくさんの獲物を集めたのだと思うわ」
「俺だったら、狩猟の会っていう題名で、会場の外に呼ばれていちゃいちゃしている竜の恋人たちを絵にするな。面白いから誰か金を出しそう」
「それ、ちょっと見てみたいかも。想像でいいから描いてみて……って、やめてよ。不謹慎なことに私を巻き込まないで! まぁ、そんな由来の行事だけど、何年も続けてしまったら伝統行事になってしまうのよ」
過去のカヤロナ家は竜の血をこんなことにまで利用したのだろうか。結局バロッキーのおこぼれをかじっているに過ぎない王家に胸を張る気になれない。一つ溜め息をつく。
「ふーん、くだらない。オニイサマにでも進言して次の代ではやめてもらえよ」
「これでもだいぶ縮小はされたらしいのだけどね。今は普通の屋外パーティよ。レトが頑張りすぎない限りはね」
王座を奪い取ったカヤロナ家の先祖が、また別の国から関係のない行事を取り入れてカヤロナ国の歴史を作ろうとしたのかと思うと、眉を顰めたくなる。
それでも今、玉座はカヤロナ家にある。既に長く積み上げてしまった王家の歴史がある。
王座とは、本物ではないから、正統ではないからと投げ出せるものではない。王女という身分だってそうだ。いびつだろうが、歯車を回さなければ国は前に進まない。
「狩りが終わるのを待つ間は、女性同士の自慢と牽制を聞く場なの。昔、命を狙われたことは考えないようにしているけど、水に流して積極的に仲良くしようってわけでもないのよね。バロッキー家でサリやイヴに叱られながらお茶でもしていた方がうんと楽しいわ」
私が少し流行のものを持っているだけで持ち上げたい者たちは大騒ぎをするし、逆に不満を持つ者たちは直系と傍系との待遇の違いを当てこすったりする。
どちらも笑顔で行われる応酬にへとへとに疲れてしまう。
「姫様が、サリと母さんに叱られるのが好きだって言ってたってよく伝えておくよ」
「叱られるのが好きなわけないでしょ。まだましだってことよ」
ミスティには言わなかったが、本当はサリやイヴだけでなく次期当主ハウザーの妻であるエミリアにも叱られることがある。人の目がないのだからと、油断してソファに足を上げたくらいで大目玉だ。城じゃないのだから、少しぐらい気を抜きたい。
バロッキー家のイヴとエミリアとサリ、三人揃うと、私は末席でお利口にしていなければならない。
バロッキー家の女たちは遠慮ってものがなくて困る。
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