閑話:近衛騎士レト・ラッセルは団内で魔物(誉め言葉)と呼ばれているらしい

 カヤロナ国の第一王女、クララベル・カヤロナに仕えてずいぶん経つ。

 我儘な姫だった主人だが、ここ数年の成長ぶりには目を見張るものがある。

 しかし、今朝のクララベルは、子どもの頃の甘ったれた雰囲気を隠さずに私を呼ぶ。目尻のあがった気の強そうな化粧をされているが、疲れているようだ。


「レトは今日はどこに行くの? レトが行かなければならない用事なの?」


 私の行く先を気にするのは、昨日の今日で不安だからに違いない。


「姫様、私は少し時間を頂いて、くだんの花火について調べて参りますから」

「そうなのね……気を付けて行ってきてね」


 騎士である私、レト・ラッセルにはたくさんの仕事がある。

 小国故の人材不足と、カヤロナ家の財政によるものだが、騎士団の仕事だけでなく、実家の用事もあるので、すごく忙しい。実家などはさすがに私を便利に使いすぎだとは思う。

 そんなだから、恋人にはもう長く会えていない。仕方がないので珍しいものを見つけるたびに手紙と一緒に送り合ったりしている。

 互いに仕事が一番なのだが、時々は顔が見たい。 

 

 姫の護衛をおもに任されているが、騎士団で厄介な仕事があるとそちらに駆り出されることも多い。丈夫に生まれついた運命だとは思う。


 ミスティと喧嘩模したようで、クララベルはすっかり萎れている。

 もし私が家臣でなくて、ただの遠い親戚の者だったならば、萎れたクララベルの頭を撫でてやるくらいなんでもないのだが。

 私がいなくとも今日はミスティが城にとどまっている。念のためミスティを姫様の側に呼んでおいたほうがよさそうだ。

 ミスティはクララベルの事になるとジェームズよりはるかに鋭い。なんだかんだで竜の勘は頼りになるのだ。

 


 花火の暴発の仔細を調べるため、花火職人の所まで事情を調べに向かっている。

 参加者の誰かの企画であったのなら、何らかの記録があるはずだが、あの場所から花火をあげる申請は出ていなかった。

 騎士団の中では街に住む者が近くで打ち上げたのかもしれないという見解に落ち着いた。それにしてはあの休憩場所を狙いすぎているような気もする。偶然ならよいのだが。


 紅玉祭の日は城内だけでなく、城下町でも同じように屋台が出たり広場で踊ったりと、教会を中心に祭りで賑わう。

 花火をあげるような羽目を外した催しが行われてもおかしくない。


 大っぴらに調べられるものでもないので、今日は騎士というよりは、私設の護衛のような格好をしている。

 にこにこと笑顔を作って、井戸端会議をしているご婦人たちに話しかけてみれば、話好きの彼女らは口々に花火の詳細を教えてくれた。


「すみません、昨日この辺りで花火があがりませんでしたか?」

「そうさね。もう少し行ったところの空き地から打ち上げたそうだよ」

「どなたの店の花火でしたか?」

「ああ、そこの角に花火職人がいましてねぇ。 なんでも、婚約者にプロポーズするどこだかの若様が、城から見える所で美しい花火をあげてくれと注文に来たらしくてさ。 街の者も、一緒に楽しませてもらったよ」

「へー、そうなんですか。花火でプロポーズだなんて風情がありますね」


 私は騎士にしては諜報活動が得意な方だと自負している。

 地味な見た目のせいだというのは分かっているが、こうしてにこにことしていれば町の人たちは親切にしてくれる。


「実は、うちの我儘なお嬢様があれをみて、昨日みたいな花火を誕生日に打ち上げて欲しいと強請ねだっておりましてね……」

 

 困ったものだと肩をすくめてみせると、井戸端のご婦人たちはあらあらと笑った。

 今日の私は、我儘なお嬢様の従者だ。

 本当は我儘なお姫様の騎士だけれど、と心の中で舌を出す。


「そりゃいい宣伝になったね。あそこの親父も喜ぶだろうよ」

「そちらの角ですか?」

「ああ、看板が古いから見落とさないようにね。 鋳掛屋いかけやと石屋に挟まれた店だよ。奥まった店だから、入り口で人を待たないで奥に進むといいさね」

「ありがとうございます」


 私はお礼を言って井戸端を後にした。

 昨日、あの場所で、プロポーズに成功した者が居たようには見えなかった。

 皆、クララベルが場を収めるまで、悲鳴を上げて逃げまどっていたのだから。


 花火職人を訪ねて、城に向かって飛ばした花火について問い詰めると、城の方に花火を飛ばしたりはしないという。

 嘘を言っているようでもないので、何かおかしなことがなかったかと尋ねると、昨日手伝いに来るはずだった若者が、当日に急にいなくなって大変だったと愚痴をこぼした。


 念のため、その若者の家に行ってみることにする。

 確かに、花火職人が言ったように花火をあげた場所から城までは、だいぶ遠い。

 だとすれば、あの場所をめがけて別の所から花火をあげた者がいるのだ。


 何やらキナ臭いことになってきたなと息を吐く。この感じは茶会でクララベルが狙われた時以来だ。  

 あの頃とクララベルを取り巻く状況は変わってきているが、それでもまだクララベルを狙う者がいてもおかしくない。

 二年前の茶会で捕まえた賊も、下請けの下請けの下請けで、結局、首謀者は分からないままだった。

 実行犯は金に困り路上で春を売る少女だった。

 茶会に入り込めたのだから、それなりの手引きがいるはずだろうに、そこまでたどり着けなかったのだ。

 脅しのつもりなら、脅すための脅迫が来るだろうし、排除する為ならもっと残虐で確実な方法をとるだろう。愉快犯だったのだろうか。


(――せない)


 クララベルの外交的価値が失われて二年も経つ。

 今やバロッキーへの生贄のような扱いでいるのに、クララベルの何が邪魔になるというのだろうか。


 私は、クララベルがバロッキーの後ろ盾を持つことに少し安心しすぎていたのかもしれない。

 ミスティが死んだことになった後、寡婦かふになったクララベルが以前と同じように権力に近づきたい者たちに利用されるのは避けたい。


 ミスティは婿入りするから、クララベルはカヤロナの姓を捨てずに済む。その場合、私は王女に仕える騎士として、城で引き続きクララベルを守ることが出来るだろう。しかし降嫁して別の姓を名乗れば、私には何の手助けもできなくなる。

 ミスティは、来年には私の姫を捨てて国外に逃げるらしい。本当に出来るのかはともかく、恨めしく思わないでもない。

 私は私の姫が一番大事だから、小僧が絵を描けなくなるくらいでなにを騒ぐことがある、と思ってしまうのだが。

 

 

 クララベルにミスティをこの国に留め置くことはできないのかと聞いたことがある。バロッキー家に今後の打ち合わせをしに行った帰りの馬車の中だ。

 何があったのか、泣き腫らした顔で、ミスティをここに留め置いてはいけないと、あの子は確信をもって言った。

 芸術のことは私にはわからない。

 しかし、クララベルは違う。薄くない竜の血をその身に宿すあの姫が、そうまでいうなら、はやりそうなのだろう。

 

 ミスティはそれでいいかもしれない。

 ではうちのクララベルはどうなってしまうのだろうか。

 今までクララベルを得ようとした若者の中で、クララベルの心にふれることが出来る者はいなかった。

 もちろん利害云々はあるのだろうが、クララベルが馬鹿みたいに感情をあらわにするのはミスティだけだろう。

 

 それに、どうみたって、馬鹿馬鹿しいくらいにミスティはクララベルに恋をしている。

 きっと一目会ったその日から。

 社交界での演技が演技にならないこともしょっちゅうで、竜の執着とは暑苦しいものだなと、見ない振りを決め込んでいる。

 

 馬鹿だ。竜は大馬鹿なのだ。


 一緒に観ていたジェームズに「お宅の息子さんは、あんなに姫様がお好きですのに、姫様を捨てて逃げるつもりです」と打ち明けてしまいそうになったことも一度や二度ではない。

 クララベルはミスティの溺愛と呼んで差し支えない行動に対して、どう思ってるのだろう。

 あんな求愛を、生意気な犬の子がじゃれてくるくらいにしか思っていないのではないかと心配してしまう。


(親切に教えてやるつもりもないけど……)


 それを知ったらクララベルはミスティを手放すときに、もっと寂しい思いをするだろうから。

 

 ミスティもクララベルもよく似ている。

 意地っ張りで、素直でないところとか、ものすごく素直で何も隠すことが出来ないところとか。

 相反している性質が共存しているのだ。

 

 ミスティは自分の後をフォレー家のダグラスに任せるつもりでいるのかもしれないが、勢力的に見て、クララベルの格と釣り合うとは思えない。

 フォレー領は大きな領地だが、姫を降嫁させてまで抑えなければならない勢力も財力も無いのだ。

 愛さえあればいいと考えるのは竜らしいな、とは思う。

 しかし、状況が許すかどうかは別の話だ。



*



 花火職人の手伝いをしているという若者の住処すみかは、城の外壁が見える小高い所にある民家が密集している場所にあった。部屋だけを借りて、公衆浴場や食堂は建物の外のものを共同で使う。

 若者の所在を訪ねると、二階部分に彼の部屋があるというので、軋む階段をのぼると、たくさんの扉が狭い間隔で並んでいるのが見える。

 奥から二番目の部屋をノックする。

 ノックだけで破けてしまいそうな厚さの扉だ。


「……どちらさま?」


 中からくぐもった声が聞こえる。


「すみません、ちょっと塩をきらしてしまいまして、一つまみで良いんで貸してもらえませんか?」


 こんな適当なことを言ってドアを開けさせられるのなら簡単でいい。


「あー、ちょっとまってて」


 中でガタガタと音がする。

 そのうちにドアではなく窓が開く音がした。

 私は、躊躇ちゅうちょせずかかとでドアを蹴破り、男の部屋に押し入った。

 男はベッドの脚に綱をかけて、窓の外に垂らし脱出を試みているようだった。


 私は窓際に近づくと、窓枠を踏み越えて窓の半分を覆う面格子を登り外に出る。

 ついでに窓も閉めて男が部屋に戻れないようにする。

 綱をそろそろと降りる男が私を見上げて驚愕の表情を作った。


「だ、誰だ?」


 慌てて降りようとするが、どうにも荒事は苦手そうな男だ。

 逃げられても困るが、怪我などされては面倒だと、男の部屋の面格子にぶら下がり、路地に向かって先に飛び降りる。

 上にも戻れず、下には私が待ち構えている


「なんだ、あの女、あそこから飛び降りるとか……人じゃねぇのか?」


(失礼な。 日々の訓練でこんなのどうとでもなる)


 首さえ折れなければ死なないだろうが、あまり骨などが肉からはみ出ていては、話を聞くのに支障が出るかもしれない。

 男が掴まっている綱を掴み、ゆっくり揺すってやると男は悲鳴を上げた。


「こえぇ!! 落ちる、落ちるって!! 俺じゃねぇって」


 更に大きく揺さぶると、ガンガンと音を立てて男は建物の壁に打ち付けられる。

 まぁ、打ち付けているのは私だが。


「うあっ、がぁっ、うあっ……!」


 男は手の力がゆるんだのか、ずるずると手の皮を綱に削られながら下まで落ちてきた。綱には削れた皮膚と血が残っている。

 観念したかと路地に倒れ込んだ男を捕縛しようとすると、砂を掴んでこちらに投げつけ、走り出す。


(今捕まっておけば、少しの怪我で済んだものを……)

 

 私は手直に投げられそうなものを探す。

 小さなものは見当たらず、胸まである腐った木の樽があるばかりだ。


 仕方がないのでそれを持ち上げて男に投げつける。

 中に水が入っていたようだが、死にはしないだろう……。


 木の樽は男にぶつかって粉々に砕けた。

 腐った水が男に降りかかり、逃げる気力を失った男はぶるぶると震えている。


「あんなものを投げるか……魔物を仕掛けてくるなんて聞いてねぇよぉ。俺は誰にも何も言ってねぇのに! ただ、あそこを狙って花火を打てばよかったんじゃないのかよ」


 尋問する間もなく、半泣きで聞こうとしていたことをすらすらと話し始める。


 男は、どうやら私を魔物の類だと思っているらしく、ぺらぺらと自白を始めた。

 他の人より力は強い方だが、魔物とはまた大袈裟ないわれようだ。

 調子に乗って魔物を演じることにした私は、拾い上げた空の酒瓶を両手で真っ二つに割って見せた。

 魔物らしく口の端を吊り上げて、腰の短剣を引き抜き男の首元を狙う。


「詳しく話してもらえますか?」

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