【俺の婚約者が別の男ばかりを持ち上げるのでいらいらする】
レトさんは、一度クララベルの様子を見に来たが、無事を確認すると、後始末に戻ると言って、俺をクララベルの側に残して出て行った。
レトさん個人はクララベルの護衛だが、騎士団の一員でもある。機動力が高いレトさんは何かと仕事が多い。
紅玉祭は来客が多く、騎士団からもたくさん人員が配置されている。レトさんは自由に動き回る分、警備の監督も兼ねていて、クララベルばかりをみていられないのだという。
一国の王女の護衛がそれでいいのか、とは思う。
少し落ち着いたクララベルに菓子を勧めると、ぶつぶつ言いながらも食べ始めた。半泣きだったのは、見なかったことにしてやろう。
広間に置かれていた軽食を持ち込んでおいてよかった。
挨拶に来る人々にずっと話しかけられていて、クララベルは果実酒と菓子を一口ずつ口にしただけだったはずだ。ダグラスと一緒に何か食べた様子もないし、空腹だろう。
何か違和感を感じたと言っていたが、ダグラスからはクララベルに対する敵意は感じられなかった。周りにそれらしい奴もいなかった。
まぁ、火の粉を浴びて怖かったのだろう。クララベルもそれなりに竜の血が働いているようで、さっきから俺の隣に座り、離れようとはしない。
竜は群れる生き物だ。本能的に同族といるのを好む。同族の近くにいるのが一番安全だとどこかで感じているのかもしれない。
「それで、ダグラスとはどうだったの? ちゃんと口説き落とせた?」
少し腹が膨れた所で訊いてみると、睨まれる。
「そんな暇なかったわよ。だいたい、余計なお世話なのよ……ミスティがダグラスを呼んだの?」
「そこまで世話を焼くかよ。面倒なことを押し付けられてよかったよ。あいつお人好しだな」
俺はバロッキーを連れて歩くと場が乱れるということを口実に、あらかじめダグラスにクララベルを夜店に連れ出すように頼んでいた。
案の定、遠慮するような事を言うくせに、嬉々として引き受けるダグラスが憎い。
「なによ、ミスティがめんどくさがるから、私が大変な目にあったんじゃない」
クララベルはため息をついて、飾り切りしてある果物を王女にしては荒々しく口に放り込んだ。
「良かったじゃないか。ダグラスと近づくチャンスだろ。善は急げだし」
式までは半年、その先だって時間がないかもしれない。ダグラスの結婚が先に決まったら、クララベルには
ダグラスがクララベルに夢中になって、しばらく結婚を思いとどまるようにしておく必要がある。
「ダグラスに迷惑をかけないで。ダグラスにだって想い人の一人や二人いるかもしれないじゃない。 これから王家のお荷物になる私なんかを
「そんなの、分からないだろ?」
「わかるわよ。ダグラスは善良なひとよ。 政略結婚するにしても、もうすこしマシな人に望まれた方が幸せに決まっているわ」
(こいつ、本当に何にもわかってないな……)
心の狭い俺は、クララベルがダグラスのことをよく知っています風に話すことすら癇に障るのだ。
クララベルはダグラスのことを何も知らない。何だったら俺の方がダグラスのことがよくわかるくらいだ。ダグラスが少し哀れに思えた。
「たしかにね! こんな、我儘で頭の軽そうなお姫様より、上品な淑女がたくさんいそうだし! 俺のおさがりも嫌だろうしさ」
「嫌なこと言わないで」
クララベルは、俺の下品な言い方に眉をひそめた。
「結婚式でキスをするだろ? 俺が王女様とキスをして、王女様は後添えのダグラスともする。ほら、おさがりだ。 竜との間接キス、ダグラスは耐えられるかな? オリバーみたいに悲鳴をあげるかもな?」
俺の精神がもたない気がして、あえてそれ以上のことは考えないようにした。
「なんですって! ダグラスはそんな人じゃないわ」
「そんな人ってどんな人だよ、ダグラスに興味もないくせに、お前にダグラスの何が分かるんだよ」
クララベルは本当ダグラスに友愛以上のものを感じていない。
それはそれで俺を満足させることだったが、俺のいなくなった後に慌てて友愛からロマンスを始めるのでは遅いのだ。
「興味がって……」
クララベルは口をあんぐり開けたまま止まった。
「興味ないだろ? 親しい友人以外の何か別の感情があるわけ? じゃあさ、屋台までの道中、ダグラスと何の話したんだよ。 アホみたいに食べ物の話でもしてたんじゃないの?」
クララベルは、なにか思い返した顔をして、焦って頬を染める。
「――違うわよ」
なんだ、それなりの雰囲気には持ち込めたようだ。
(ダグラスめ、無害そうな顔をして、人の婚約者に……)
自分でけしかけておきながら、気分が悪い。
俺はクララベルよりもダグラスについて分かっている。あれは決して狙った獲物をあきらめたりしない男だ。そしてクララベルのことを深く愛している。
「へぇ? 少しはいい雰囲気になったわけ?」
「なるわけないでしょ」
「じゃあ、何の話をしてたのさ?」
暴力的な気分になりながらも、その先を聞かずにはいられない。
クララベルは横を向いて、この話を終わらせたがっている。
「お膳立てしたのは俺だけど?」
「うるさい! うるさいのよ! そんな事までミスティに話す必要ないでしょ! ミスティなんか、どうせ来年には死んだ人になるんだから!」
クララベルは吐き捨てるように言う。
――俺は、こんなの悲しくない。
何を言われたって、クララベルに嫌われたって、俺は物理的にクララベルに一番近い所にいるのだから。
「ああ、そうだったよな。余計なお世話だったよね。面食いのお前が、年の離れたジジイの後妻に入るのが嫌だってごねて悪評を立てるより、ダグラスに嫁ぐ方向で確約をとっておいたほうがいいと思ったもんでね。余計なことだったよな」
「なんですってぇ……」
賭けてもいいが、クララベルは今後、どんな政略結婚でも自分から蹴ることはないだろう。
王が持ち込む縁談を次こそは
クララベルは、怒っているのに、泣きそうになって目を吊り上げる。
俺はこんな風に俺に感情をぶつけてくるクララベルさえ愛しているというのに。
この一瞬さえ、覚えていようと思う。
(……手触りも覚えておいた方がいいかな)
俺は更にクララベルを怒らせるために、背を撫でる振りをして、手を滑らせ、臀部の肉を抓んだ。
「ぎゃあっ!」と色気のない声をあげて立ち上がったクララベルを指さして腹を抱えて笑う。
「……っ! ミスティなんか、大嫌いよ!!」
クララベルはドスドスと、およそ淑女らしくない足音を立てて自室に帰っていった。
扉の前に控えていた護衛がざわざわとするのが聞こえて、クララベルと一緒に遠ざかっていく。
「俺は、愛しているけどね」
誰もいなくなった室内に乾いた自分の声が響く。
空虚な呟きは壁に当たり、跳ね返って俺を痛めつけた。
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