三倍体の変態?

 私が客間に戻った時には、サリとレトは私たちを差し置いて、二人でお茶を飲み始めていた。


「ええと、ミスティ、姫様に何をしたの? 泣いてるじゃない」

「俺、何もしてないし」


 泣き腫らした顔の私を、サリが困った顔で見る。気まずい。

 ミスティの服に私の涙が染みが付いているので、ミスティに苛められたと言っても信じないだろうし。

 誤魔化すにしても、何と誤魔化していいのかわからない。


「本当に何でもないの……」

「何もで、そんな顔にはならないわよ」


 濡れた手巾を渡される。そんなひどい顔をしているかしら。


「その……私、絵を見て――竜の絵があって……」


 ほとんどはその絵に圧倒されての事だ。ミスティなんかに泣かされたのでは断じてない。


「ああ、それで……」


 サリは、思うところがあるのか、納得した顔をした。


「サリもあの絵を見た?」

「見たわ」


 あら、少し不貞腐ふてくされたような顔をしたわ。


「サリは、あの絵を見るとさ、誰かさんを思い浮かべるんだよね」


 意味ありげに笑うミスティにサリは片眉をあげる。


「ミスティ、軽口はいいのよ」


 サリは少し頬を染める。

 自分の感情を見せるのは、サリにしては珍しいことだ。

 こういう時は、どうせヒース絡みの事に違いないのよね。

 なんだかんだでサリとヒースはたいへん仲が良い。


(――はっ! くだらないわね)


 すっかりしんみりした気持ちが吹き飛んだ。のろけ始められる前に、気持ちを立て直すことにした。


「サリ、あの絵を、一刻も早く国から出すべきだわ」

「……クララベルは、そう思うのね」

「ここで、ただ眠らせておいてはいけない絵なの」


 極力ミスティの事は頭の外に追い出して、絵についての感想を述べる。作者がどんなにいけ好かなくても、この絵の価値は変わらない。

 サリは頷いて、溜め息をつく。


「あとは、ミスティ次第ね。シュロとの繋ぎは取れたわ。しておくことは、ミスティのくしについた髪を集めておくことぐらいかしらね。鼻血でも出したら、瓶にでも入れておくといいわ。それはレトさんにお願いしようかしら」

「お任せください」


 レトはにこやかに引き受けるが、ミスティは慌てる。


「ちょっと、レトさんに余計なこと頼まないでくれる?」


 鼻血が出るほどの訓練って想像できないが、ミスティがすごく嫌がっているのでいい気分だ。


「後はマルス――例の豪商の孫息子よ――彼が偽装工作はしてくれるわ。方法を聞きたい?」

「……いや、やめとく」

「賢明ね」


 サリは、それ以上マルスの話をしたくないらしく、私の方を向き話を続ける。


「それでね、姫様。私ではどうにもならないことがあって――」

「何かしら」

「手紙では繋ぎはつけたけれど、マルスが実際にカヤロナに来る許可が必要なのです」


 マルスとは、確かサリを娶って、妹たちを手に入れようとしていた悪い男ではなかっただろうか? レトに調べに行かせた時に、関わり合いになると面倒そうだという報告を受けたのを思い出した。


「サリ、それって、ヒースは納得しているの?」


 サリの心配ではない。マルスが来たとしてもうまく話を進められる算段があってのことだろう。しかし、サリの婚約者のヒースは、サリを害しようとしていた人物が現れれば、平常心ではいられないだろう。


「ヒースが納得してるわけないじゃない!」


 サリは、ヒースの事になると感情が出やすいようで、叫ぶように言うと頭を抱えた。


「ってことは、ヒースが横でイライラと威圧してくる場所で、そいつに会わなきゃならないってこと?」


 ミスティも嫌そうに舌を出す。何だか息がつまりそうな顔合わせになりそうだ。


「そうなるかもしれないわね。場合によってはアルノが喧嘩を売りに来るかもしれないわ。妹たちを利用して私を呼び戻そうとしたこと、まだ根に持っているの。大丈夫よ、ここにはマルスが興味を持ちそうなものがたくさんあるから、私や妹たちの事なんかどうでもよくなるわ。マルスはミスティの事も必ず気に入るわよ、変態的に美しいものが好きだから」

「変態、変態って、よっぽどなのか?」


 ミスティもそれが気になって、サリに確かめる。


「変態という言葉が軽く感じるくらいにはね。ミスティの考える三倍くらいはそうだと思ってもらって構わないわ」


 それを聞いて、ミスティが、人の三倍くらい大きな男に押し倒されている姿を想像してしまって、ぞっとする。

 ミスティは性格はアレだが、見た目だけなら同性だって魅了する美しさだ。

 まだあと一年くらいは私の物だというのに、誰かに先に手を付けられるなんて、何だか嫌だ。


「ミスティだけでは心配だわ。私もその場に居合わせます」

「ええ? クララベルは来る必要ないだろ」

「言うと思ったわ。ミスティは私がここに近づくのが気に入らないようだけど、必要があるのよ。どうやってマルスをここに呼ぶの? シュロ国の画材を取り寄せると、私が我儘を言い始めるからよ!」


 私は我儘な王女らしいしぐさで顎をツンと上げて、髪をはらいのける。


「まぁ、それは確かにお前が言いだしそうなことだけど……」


 サリは商人の顔をしてにこりと笑う。こういう笑顔を作るのはサリにとっての利益が出る時だ。


「では、それでお願い致します、姫様」


 サリはてきぱきと何かを帳面に書付けると、そそくさと部屋を出て行った。


「ミスティ、あなたがいくら素早く逃げても、三倍大きな変態に組み敷かれたら逃げ場がないんだから!」


 私はミスティの鼻に指を突き付けて忠告した。

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