第5話 遠距離の恋人 語り神崎
「また東京でね、武志くん」
3月の静岡駅で、俺と可奈の遠距離恋愛が始まった。
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「とりあえず絵の模写みたいなのはやってるんですけど」
「どれどれ……うん、ちゃんと見て描いてるのがわかるからこの調子でいけば上手くなるよ」
「マジっすか」
「絵が上手くなるのって絵に対する目が鍛えられる事が上達の一歩だからね。神崎君て野球やってたんだよね」
「そうっす。速い球に目が慣れてくみたいな感じっすか?」
「そうそう。そんな感じ」
大学に入ってから絵の練習を始めて、部室で坂下先輩から絵のレクチャー受けながら上達を目指す毎日を送っている。
大学生になったら今までやらなかった事が出来るようになりたいという願望を持った俺は、漫画を描くという目標を立てた。
なぜ漫画かというと元々漫画が好きというのも大きいが、高校の時に付き合い始めた彼女、可奈が絵を描いてて興味を持った事がきっかけだった。
「絵詳しくないんでなんとなくっすけど、『失われた巨人』て綺麗ていうより迫力のある絵じゃないですか。ああいう絵って、やっぱ元々上手いからこそ描けるんっすかね?」
「う~んデッサン的な見方だとそんなに上手くはないけど、線の引き方に迫力があるからそれが作品にマッチしてるんじゃないかな。漫画の絵ってただ画力が高いければいいんじゃなくて、世界観やストーリーに合ってる方がいいような気もするし。例えば有名なギャンブル漫画のやつとかも、絵は上手くないけど人気あるだろ」
「あ~確かに変な顔の描き方だなとは思いますけど、話が面白いから読んでると気にならないっすよね。そういうことか~」
「俺も絵自体は上手くないけど基本ギャグ漫画描くから、なんとかなってるような気もするし。あんま言うと言い訳に聞こえるけど」
「いやいやそんなことないっすよ。先輩みたいなシュール系のギャグ漫画好きなんで、普通に」
「あざっす!」
漫画どころか絵もまともに描いたことない俺がやっていけるかなと春先は不安だったけど、坂下先輩三上先輩を始め同級生も皆優しくて続けられてるのでこの調子で頑張っていきたい。漫画が完成したら可奈にも見せないと。
ピロン♪
メッセージの着信音とバイブが鳴った。俺のスマホのようだ。
可奈からだった。
【近々そっちに遊びに行こうと考えています。日程いい日教えて下さい(ハート)】
「マジか」
「どうした?」
「あ、いや。彼女が東京遊びに来るって」
謎の沈黙。
俺なんかおかしなこと言ったかな。
「てか彼女いたんかい!いや、いそうな感じはしたけど!!」
坂下先輩の顔こえええええええええええええ
「どんな子!?どんな子!!?」
「写真見せて!!!」
三上先輩も高岡さんもこえええええええええええ!!!!
「……」
「……」
国村くんと五十嵐さんノリ悪くてなんとなくこえええええええええ!!!!!!
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「あははは!ごめんねタイミング悪くて」
「いや、可奈は悪くないよ。あそこまで驚かれるとは思わなかったけど」
「ふふふ。明日よろしくね。エスコート頑張って」
「うわぁ、プレッシャーかけるなあ。わかりましたよ、お嬢様」
「えへへ……あ、もう0時すぎちゃった。じゃあ東京駅で。おやすみなさい」
「おやすみ」
エスコートかあ。一応デート先調べたりしたけど、東京は選択肢が多すぎて難しいんだよなあ……。
可奈が行きたそうなところブラブラと散策する計画でいいかな。
俺も早く寝ないと。あとはなるようになれ……。
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「おーい」
可奈がキャリーバックを押しながら改札口から出てきた。思ってたより見た目が変わってなくて、なんとなく安心。
「可奈久しぶり」
「久しぶり~てか写真で見るより金髪似合ってんじゃん!」
「マジ!やった!」
「最初金髪にしたって聞いた時、チャラ男になっちゃったのかと思ってビビってたけど」
「えぇ~大げさでしょ、とりあえず荷物重いだろうから預かり所行こう」
「おっけー」
荷物を置いて、俺たちはまずは池袋に向かった。
「さすが人多いねー」
「平日でも混んでるからなここの大通りは」
パスタを食べたあと、アニメロードに向かう。アキバに比べるとグッズや衣装を幅広く取り扱ってる店が多いように思える。
「可奈はコスプレとか興味ないの?」
「して欲しい?」
「うん」
「気が向いたらね」
「いやそこはするって言ってよ」
「ふふふ」
一通り池袋を堪能した後、可奈が興味があるってことで自由が丘に向かった。
「俺も初めて来たけどおしゃれな街だなー」
「ねー女子力満載って感じ」
昼食でパスタ屋に入り、お互いの大学生活の様子を話した。
「可奈のところの漫研は結構ゆるい感じ?」
「ん~実際描いてる人は私含めて3人ぐらいかな。一応15人ぐらいいるはずなんだけど、ほとんど幽霊みたいなもんだし」
「まあサークルって緩いのが多いしなあ。自分のところは先輩2人がきっちりしてるから、結構真面目なほうかも」
「東京だと創作イベントが多いから、モチベーションも上げやすそうだし」
「ああそれは言えてる」
「2次創作物は地元でもたまーにあるけど、オリジナルなんて皆無だし」
「一応俺のところのサークル、秋のオリジナルイベント出るらしいから見に来てよ」
「そうなんだ!差し入れ持っていくね!」
「差し入れ……?」
昼食を食べ終え、自由が丘で雑貨屋や喫茶店を見回っている間に暗くなっていくうちに、東京の夜景を見たいと可奈が言い出し、調べた結果お台場に行くことになった。
「やっぱり東京ってビルの街だよねえ」
夜景が見やすいレストランに入り、可奈が窓の景色を見ながら呟いた。
「ビルどころか高い建物が自体が地元にはないしなあ」
「高層マンションに住んでる人ってお金持ちってイメージだよね」
「確かに庶民て感じはしないよなあ」
「でも一度は住んでみたいかも。憧れというか」
注文したステーキがお互いに運ばれ、ふたりで美味しい美味しい言いながら食べ進めた。
「武志くんは東京で就職するの?」
「いやまだそこまでは決まってないけど」
「ふ~ん……」
「一応気になる会社は受けてみるけど、静岡に帰りたくないわけではないから」
「そう……」
何か言いたいことがあるのかなと思って身構えていたけど、黙々と食べ進め、食後のコーヒーを飲んだ後も何も言わず店を出た。
お互い黙りながら夜道をひたすら歩いて、もう少しで駅に着くかなというところで可奈が口を開いた。
「私と一緒に暮らしたいと思う?」
「もちろん」
「私、静岡でも東京でもたとえ海外でも武志くんと一緒にいられたらなと思ってる」
「そうか」
「本気だよ」
「わかってる」
自然と手を繋いでお互いに離れまいとくっついて歩いた。
遠距離恋愛の寂しい気持ちを慰め合おうと、必死だった。
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「じゃあ、今度はイベントで」
「うん。気をつけて」
東京駅で見えなくなるまで手を振り、可奈は静岡へ帰っていった。
寂しい気持ちをパワーにして、自分の漫画を可奈に自信を持って見せたいと強く誓った。
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