Stigma 清香の場合

清香きよか、貴女は選ばれた存在なの。ほかの女の子たちとは違うの』


 お母さんはずっと私に言い聞かせてきた。ほとんどの子たちとは違って、私には子宮も卵巣もあって、赤ちゃんを自分のお腹で産むことができるから。その大切な能力を、奪われていないから。


『ホルモンバランスの調整を薬に頼るなんて、生物として不自然でしょう? 人工子宮に生殖を頼って、災害があったらどうするのかしら。万全の対策が取れてるだなんて、どうして言えるのかしら』


 精子と卵子の取り違えとか、保管施設の設備不良とか、幾つか事故があったのは知ってる。でも、それって昔の話で、そんなことが起きないように今はちゃんと考えられてるはずなんだけど。でも、お母さんたちによると学校で教わったことなんて鵜呑みにしちゃいけないんだって。


『お父さんもお母さんも貴女のことを愛しているわ。でも、胎動を感じて、毎日話しかけてあげられたらどうだったかしら、ってずっと思うの。人工子宮にいる間、胎児は二十四時間モニターされてるって、でも、機械によって、でしかないじゃない?』


 お母さんの愛情溢れる心のこもった言葉は、悪いけどウザい。これって、私が高校生で反抗期真っただ中だからってだけ? 胎児だって、放っておいて欲しい夜もあったんじゃない?


『もしも貴女が将来やっぱり手術を受けたいとか、人工子宮を使いたいならそれでも良いの。私たちは、貴女に選択肢を残してあげたくて──』


 私がそういうことを言い出したら、お父さんお母さんが本当に笑って頷いてくれるのか、正直言ってすっごく疑わしいと思う。話し合いをしましょう、とかいって、永遠と「でも」って言われるんじゃないかって。


 それに、選択肢があることと私が生理痛とかで辛いのって関係あるかな。学校のトイレで音を立てないようにナプキン開けて、使用済のをポーチにしまう気持ちって、お母さんには分からないんだよね。汚れたぱんつを洗う惨めさも、血が落ちてないかトイレを念入りに見渡さなきゃいけない面倒も。毎月毎月、なんで私ばっかドキドキしてストレス抱えなきゃいけないんだろう。


 学校の授業でみなさんが生まれるまでのことをお父さんお母さんに聞いてみましょう、っていうのもあるじゃない。みんなは人工子宮にいたころの画像を持ってきて、不細工だねとか面影あるねとか言って楽しそうなの。でも、私は持っていけるものがなくて何となく笑って合わせるしかできないの。

 お父さんやお母さんが多様性の勉強のため、とかいって私のことをバラそうとしなかったのだけはありがたいけど、先生も一応気を遣って私が浮かないようにはしてくれたけど、そもそも余計なことしなかったらそんな必要もなかったよね。


 お父さんお母さんはよく自然が一番、って言うけど、お父さんは髭を剃るしお母さんはムダ毛の処理するじゃない。ニキビができたら潰すし目立つ黒子は取っちゃうよね。それと同じで、なくても良い──ないほうがラク子宮ぞうきなんて、取っちゃうほうが人間的で文明的じゃないの?


 お母さんたちに連れて行かれる集会では、女の子たちの手術跡を烙印スティグマって呼んだりする。烙印を押されていない私みたいな子は、だから特別なんだよって理屈。私にしてみれば、その烙印が羨ましくてしかたないのに。




 だから私は試した。赤ちゃんを自分のお腹で育てられるとかいう能力が、そんなに大事で特別で素晴らしいものなのかどうか。

 ──違う。私は試すまでもなく確信してた。そんなの絶対ろくでもないって。貴重な経験になるかもしれないけど、みんなと過ごせるほうがずっと良いに決まってる。だから、試したのはお父さんやお母さんのほう。私が妊娠したら心から祝福してくれるのかな、って。ううん、絶対にそうじゃないよね、っていうのも私は確信していたと思う。だから、つまりは。


 私は、私自身に烙印を押したかった。親が大事に傷つけないでいて私の身体を、汚して痛めつけたかった。きっと、そうだと思う。




 少なくとも、慎吾しんごは私を特別だと思ってくれたみたい。彼の家に──親には結愛ゆあと一緒、って言って──泊まった時のことだ。裸になってお腹を触らせて、傷ひとつないのを確かめさせて、私は彼に囁いた。


『ね? 私、ハラメルんだよ』


 孕む──今時そんな単語を使うなんてすごく不思議な感じだった。いとをかし、と同じ、は言いすぎでも、死語だから。でも、慎吾は意外とすぐに正しく変換してくれたみたい。もしかしたらそういうジャンルのAVとかあるのかも。知りたくないから聞かなかったけど。それか、男の人ってやっぱり生でものなのかな。感染症対策のためにも、いまだにコンドームは必要ってことになってるし。赤ちゃんのため、っていうのは良い言い訳になったのかも。結婚するかどうか、できるかどうかなんて、ふたりともちゃんと考えてなかったと思うけど。……だから、彼にはまだ言えてないんだけど。

 とにかく──


 生理が来なくてラッキー、って思ったのは一瞬で、悪阻つわりが始まると気分は最悪に落ち込んだ。ろくにものも食べられないで、ご飯の匂いだけでも吐いちゃって。


 でも、トイレで吐いて部屋に戻るたびに、お父さんお母さんの青い顔を見られるのはちょっと最高だった。きっと、私のをちゃんと理解して男の人とお見合いさせて、孫が生まれる幸せをじっくり味わおうと思っていたんだろうから。その期待を粉々に砕いてやったと思えば、吐いた後に口に残る胃酸の味も我慢できた。


 気になるのは、学校にはいつまで内緒にできるだろう、ってこと。病欠や休学でいつまでも誤魔化せるものじゃないだろうに。私が身体だってバレたら、みんなやっぱりキモいって思うかな。結愛も、そうかな。


 このまま退学すれば会わなくて済むんだから関係ないかな、と思ってるけど。


 ああ、でも、母親わたしのことならそれで済んでも、赤ちゃんはどうなるだろう。男の子でも女の子でも、私と臍の緒で繋がってる子。無事に産まれても、お臍の有無は子宮切除の手術跡よりずっと見た目で分かりやすい。私は、自分の子供に生まれながらの烙印を押しちゃうんだ。こんな、八つ当たりみたいな行動の結果で。


 ベッドで膝を抱えて丸くなっていた私の耳に、インタフォンの音が鋭く刺さった。


「──結愛ちゃん!?」


 お母さんの声が、玄関から聞こえてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る