お揃い

「久しぶりです、おばさん。清香きよかが心配だから来ちゃった。上がって良いですか?」

結愛ゆあちゃん、清香は、あの──」

「お邪魔します」


 清香のお母さんに、駅ビルで買ったプリンを押し付けて、私は芳賀はが家の敷居をまたいだ。勝手知ったる他人の家、ってやつだけど、今までになく緊張しちゃう。学校をサボったのが明らかな制服姿かつ早い時間だからだけじゃない。この家の人たち、おじさんやおばさんや──清香が、訳の分からない思想だか宗教だかを持ってると、今の私は思っちゃってる。だから、ちょっと大げさに言うならテロリストのアジトに乗り込むみたいな気分になっちゃっている。きっと、こんな感じ方はしちゃいけないのに。




 清香の部屋の前までたどり着く。今までやったこともないノックを二回。


「──清香。私、結愛。入って良い?」


 そういえば清香が部屋にいるかどうかも確かめてなかったな。何となく、妊婦ニンプだったら安静なんだろうなって思っただけで。これであの子が別のとこにいるなら不審者にもほどがある。やっぱり、まずおばさんに話を聞いたほうが良かったかも? でも、私が立ち去る決心を固める前に、ドアの中から声がした。


「──良いよ。お母さん来る前に、早く」

「う、うん」


 何か月ぶりかの、清香の声だ。変わっていない──当たり前だけど。そりゃそうだ。妊娠したからって声が変わるはずがない。でも、清香は清香だってことに不思議なほど動揺しながら、私は清香の部屋に吸い込まれた。ぱたり、ドアが私たちを閉じ込める。




「……ごめんね、いきなり」

「ううん、こっちこそ。心配したでしょ」

「うん……」


 清香の顔色を確かめるより先に、私は彼女のお腹に目を走らせちゃった。視線に気づいたんだろう、清香はお腹を包むように手を置いて──だから、きっと、私がどうして押しかけたかもバレちゃった。


「あの……看護師の先輩から噂を聞いたって──」


 ベッドにふたり並んで座って、手を繋いで。私は教室での出来事を話した。みんなの好奇心と嫌悪が混ざった声のトーンについては話さない。でも、軽く眉を寄せた清香の表情からして、想像がついてしまったんだろう。私は違う──とは、口に出して言い切ることはできないんだけど。伝えたいから、私は清香の指に自分の指を絡ませて強く握った。


「そっかあ。高校生で妊娠なんて目立つよねえ」


 それから、話すのは清香のターンになった。ご両親の思想。子宮が、生理があるってどういうことか。私には分からない、相槌も打ちようもないこと。でも、言ってくれるだけ嬉しかった。繋いだ手が汗ばんできたけど、離さないで力をこめ続ける。清香は私の親友。触れ合って温もりを感じていれば、そう思えるから。


「相手、慎吾しんごなんだよねえ。まだバレてないんだけど、結愛は何も知らなかったことにするから。迷惑、掛けないようにするから」


 不意に知っている名前が出て、私は清香の顔をまじまじと見た。そうだ、妊娠するっていうのは本来はセックスの結果。だとしたら、父親は慎吾あいつってことになる。今まで考えもしなかったのは──やっぱり、私には清香の立場を完全に想像することは難しいんだ。


「彼と結婚するの? あの……赤ちゃん、は?」

「さあ、携帯取り上げられてるから連絡取れてなくて。逃げてもしょうがないとは思ってるけど」


 でも、気付いてしまえば疑問も不安も次々に湧いてくる。震える声で尋ねた私に、清香は小さく笑って肩を竦めた。なんて、悲しい、諦めた笑顔。


「赤ちゃんは、産むよ。っていうかろせない──できるお医者さんがすごく少ないんだって。母体? も危険だっていうから……」

「だって。産むのだって痛くて危ないんじゃないの……!?」

「うん。でも、今どき貴重な体験だからやりたいって人はいるらしいから。それこそうちみたいなケースもあるし、ね」


 妊娠は女性に多大な負担をかける。体力も時間も奪ってキャリアを大幅に狂わせるもの。だから私たちは子宮を取ってはずだ。夫婦の合意のもとで初めて受精卵を作るから、赤ちゃんはみんな望まれた子で──だから、妊娠を止める技術なんて、途絶えつつあるんだ。

 何も言えないでいる私のお腹を、清香の指がそっとくすぐった。繋いでいないほうの手で。例の、手術跡があるあたり。ねえ知ってる? と、清香の声が耳元で泣きそうに笑う。


「産むときはあそこが切れたりするって。あと、帝王テイオー切開っていって、お腹を切って出すこともあるんだって。──そうしたら、お揃いにできるかな」


 手術痕なんて、普段は気にするものじゃない。大きな痕を残さないためにも、普通は赤ちゃんの時に済ませちゃうんだから。服を着てれば見えない、裸になっても顔を近づけなきゃ分からないくらいの小さな微かな傷痕を、清香はひどく羨ましそうに語る。私の制服を透かして見通そうとするかのように、熱い視線を感じて肌がちりちりする。その落ち着かなさが、頭の中でぐしゃぐしゃになってわだかまって──弾けて、火花になって。──閃いた、と思った。


「……私、慎吾に連絡する。清香のこと……で、おじさんとおばさんに土下座させる」


 親友の彼氏なんだから、私も慎吾の人柄も連絡先も知っている。彼女と連絡が取れなくなって、きっと心配しているだろう。そういう奴じゃなかったら、私だって嘘に加担したりしない。ていうか、まず私が一発殴らないと気が済まない。清香がこんななのに何やってるの、って言ってやらないと。


「結愛?」

「清香は悪くないもん。烙印とか、そんな考え方は絶対おかしい」


 教室の嫌な感じの騒めきが耳に蘇って、お腹の底が熱くなる。好き勝手な噂話を一掃してやるためには──もっと気になる話題を放り込んでやれば良いんじゃない? それなら、私にだってできる。


「お揃いにするなら、私のほう。──私も私に烙印を押してやるんだから」


 力強く宣言すると、清香はぽかんとした顔で見返してきた。訳が分からないのも無理はないし、泣いてるよりはずっとマシ。でも、笑い返して欲しいから、私は清香がもう止めて、って悲鳴を上げるまで押し倒してくすぐりまくった。

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