清香、妊娠したってよ
「
昼休みの教室で、五限の数学の宿題を──遅まきながら──解いてた私は、その声を聞いてシャーペンの芯を折った。芯の欠片が飛んでノートに着地するまでに、あちこちからその「
「ウソ。うちらまだ結婚できないじゃん」
「え~、あの子実は
信じられない、と言外に匂わせるそれらの声は、
「違うって! バスケ部の先輩が、県立病院で看護師してて! 高校生の妊婦が来たけど、
でも、
お
看護師の先輩とやらから流れてきたその妊婦さんの容姿は、確かに清香っぽくて。しかも苗字も同じだし。何となく、クラスの全員が清香の席に視線をやった。家庭の事情、とやらで二学期に入ってから登校してないあの子の席を。
「いや、でもあの子も臍ないよ。着替えの時見えるじゃん」
「修学旅行のお風呂でも見たよ」
口では言いながら、それでもみんなは違う可能性を考えてるはずだ。私と同じように。清香は妊娠したから学校に来れないんだ、って。クラスの中ではもう確信されてしまったみたい。
清香には──お臍はなかった。あの子のお腹は何度も見たことがあるから確かだ。でも、子宮切除手術の痕はどうだっただろう。赤ちゃんのころの傷痕なんて、小さなものだ。人によってはほとんど見えないくらいになってる。清香のご両親が、変な──じゃない、独特な? っていうか珍しい? 思想だか宗教だかに嵌ったタイミングによっては、あの子は
じゃあ、清香は
「あ、でも清香ってたまにプール休むよね」
「あー……
「うん。血が出て痛いんでしょ」
「うわ……」
私と似たようなことをみんなも考えたんだろう、大変だね、っていう呟きには、どこか知らない国の戦争とか地震に対して言う時と同じ響きがあった。他人事、ってことだ。心配するようなことを言いながら、どれくらい大変なんだろう、って好奇心も生まれ始めているみたい。ワイドショーを見るのと同じだ。
好奇心を満たす新たな情報を求めてか、私にもカメラかマイクみたいな視線と質問が向けられた。
「ね、
「……何も」
シャーペンをペンケースに、ノートと教科書を鞄にしまいながら私は短く答える。
清香から何も聞いていないのは本当だ。何度もメッセージは送ってみたけど、大丈夫だから、とかちょっと夏バテが長引いてるだけだから、とか嘘くさい当たり障りのないことしか返ってこなかった。
でも、今なら理由が分かっちゃったかも。妊娠したとかいうのが本当なら、清香は携帯端末は取り上げられてるだろう。私に心配させたくないから──余計なことを知られたくないから、ご両親の監視のもとで、そのていどの返信しか書かせてもらえなかった。そう思うとスッキリしちゃう。
机の上を綺麗に片づけて、私は立ち上がると教室を見渡した。
「決まった訳じゃないし、個人情報でしょ? あんま好き勝手言わないほうが良いんじゃない?」
「うん……まあ、そうだよね」
陰口を言ってるみたいな後ろめたさはあったんだろう。私が言ったのは余計なことにもほどがあっただろうし、みんな、白けたような表情にはなっていたけど、とりあえず頷いてはくれた。
良かった。私がいるとこでもいないとこでも、清香が捕まった
「結愛、五限始まるよ!?」
鞄を持って廊下を目指す私の背中を、驚いた声が追う。気付いてないはずもないだろうに、なんで無駄なことを言うんだろう。私は、振り返りもせずに宣言した。
「サボる!」
数学の授業なんて受けてる場合じゃない。清香の家に行くんだ。あの子に直接会わないと。子宮があるかないか、妊娠ができるとかいう、ほとんど異能みたいな能力があるかどうかは関係ない。あの子は普通の女の子で、私の親友だ。
会えば、確かめられるはずだった。
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