第7話「白夜」

「ほうら、どうした妾に近付かねば攻撃する機会はないぞえ」


 数発の糸の弾丸がボクを目掛けて飛来する。

 

 ヒュン! ヒュン! ヒュン! スパッ!


 攻撃を避け、躱しきれない攻撃を切り裂く。

 戦闘が始まってからというものさっきから延々とそれを繰り返しており、反撃の糸口がまるで見つからない……糸だけに。

 

 「ぐっ」


 確かにヤツの言う通り今のボクがヤツにダメージを与えるには性近戦を仕掛ける他ない。

 このままじゃジリ貧だ、いつまでロンギヌスが起動状態を維持できるかも分からないのに!


 「このままじゃ防戦一方だ……おわっ!?」


 再び飛んできた糸を躱した次の瞬間、突如として足元に感じる強烈な違和感に思わず振り返る。

 

 「クソっ!これは!!」

 「クククお主との的当て遊び中々面白かったぞよ、だがこれで終いじゃ」


 違和感の正体は地面に落ちた蜘蛛の糸であった。

 辺りを良く見渡すとボクを囲むように蜘蛛の糸が散乱、出入り口の扉も塞がれており、退路は完全に絶たれていた。

 

 「うっ、動けない!!」


 動きを封じられたボクを余所に、にんまりと笑みを浮かべたアラクネロードがゆっくりとボクへと近付く。 


 「ここまで遊んでくれた褒美じゃ、せめて死ぬ前に極上の快楽を与えてやろう」

 「やっ、やめろッーーーーー!!!!!!」

 




 ――人は生命の危機に瀕した時、種を遺そうとする事は知っていますか?




 「はっ!!!」


 なんだ今の声、脳に直接!?

 ……知ってるよ、それくらい。


 だが、なんで今そんなどうでもいい事を…………待てよ? そういう事か!


 「けけけ、今更何を考えても無駄よ、大人しく妾の糧となるがよい」


 アラクネロードが恐怖を掻き立てる為、敢えてゆっくり近付いてきている今が好機。

 

 その慢心が仇となる事を見せてやる。

 

 この技は外してしまえばアウト。

 出来るだけギリギリまで引き付ける。

 今のスピードだとヤツが目の前まで迫ってくるのは時間にして10数秒という所か……大丈夫、問題ない。


 「はあああああああッ!!!!!」


 ボクは力を込めロンギヌスを激しく上下に扱きたてる。

 

 「なんじゃここにきて小僧の力が増大している? ぬぅ、少し不気味じゃのう……」


 流石はゲームでいう所のボスキャラを務めているだけはある。

 アラクネロードは高い危険察知能力で、身動きの取れないボクから再度距離を取る構えを見せる。


 「……遅い」

 

 残念ながらボクの2メートル砲は既に仰角45度で発射準備は出来ている。

 アラクネロード、ボク相手に【5秒の発射準備】をくれるとは笑止。

 

 「!!!!!!」

 

 ボクの口上と同時にロンギヌスの先端から黒雷と星々の煌めきを纏った極太のエネルギー波が勢いよく放たれる。


 「ちぃ!!! バリア!!」


 この攻撃を避けきれないと悟ったアラクネロードは、身を低く構えて正面にエネルギーの壁を貼り、防御の態勢を整える。


 「貫けええええええええええ!!!!!」

 「ぐっ、ぐああああああああああああ!!!」


 アラクネロードのバリアはエクスペリエンス・セイクリッド・ディバインブラスターの衝撃に耐えきれず、あっさり崩れ去り、ボクの放った一撃がヤツに直撃する。


 



 ――同時刻、始まりの町市街地。


 


 「ぐべぇ」「がはっ」「ごべべべ」

  

 ズゴオオオオオオン!!

 

 「何の音だ?」

 

 ユウカは四方から迫っていた、鎧を纏ったゴブリンの無防備な顔面に正確に矢を放ちながら、音のした方向へと視線を合わせる。


 「あれは!?」


 視線の先にあったのは町を見下ろすように建てられた和風の城郭アラクネロードの居城。

 そしてその天守が崩落する、まさにその瞬間であった。


 「カレンッ!! 聞こえるか!」

 「ええ!」


 カレンはユウカから数十メートル離れた場所から返事を返す。

 

 「さっきの爆発を見たか?どうやらここでゆっくりしている暇は無さそうだな」

 「そんな事分かってる!彼を助けに行きたいのは山々よ!」

 

 そう呟き、歯痒そうに口を噛みしめるカレンの視線の先にはガッシリと盾を構え、密集陣形を組んでいるゴブリンと巨大なトロールの群れが長い壁の様に連なっていた。


 「ったく、こいつら時間が無いってのに!」


 ゴブリンの陣形は盾を構えて動かない、いや動く必要が無い。

 奴らは知っているのだ、エルフの武器が弓と短剣であり、自ら捨て身でこちらに向かって来なければならない事を。

 

 ただのゴブリンではそんな頭は回らない、だが奴らは――。


 「城の守りがただのゴブリンの群れではなく、ゴブリン・エリートにトロールとは……想定外だ、おまけに御剣ヒロを失うような事があればここで引き分けても結果は敗北と変わらん……万事休すか」




 ガサガサッ バタンッ。


「はぁ……はぁ……」


 ボクは最後の力を振り絞って、瓦礫の山から這い上がり、横になる。

 

 「ここは」


 周囲を見ると町や灯りがやけに小さく目に映る。

 辺りの景色から察するに、ここは高い建物の上にいるのか……いや今はそんな事考えないでおこう。

 疲れ果て眠りにつこうとしたその時――。


 「まだじゃ」


 ガラン!! ガラガラガラッ!!


 絶望の声と共に瓦礫を蹴散らして登場したアラクネロードは、全身が炭化し至る所が崩壊を始めている満身創痍の状態であったが、今のボクにはどうする事も出来なかった。


 「ここまで妾を追い詰めた事は褒めてやる、しかし妾の美しさを穢した事は万死に値する、死ね!!!!!」


 アラクネロードはボクに止めを刺そうとなりふり構わず爆進する。


 「死ねしねシネ!!!」 


 ヤツが鋭い脚を一本ボクの心臓めがけて振りかざす。

 この時にボクは死を覚悟した。


 



 「……美しくないわね、毒蜘蛛」

 

 ――スンッ


 「あ?」


 次の瞬間ボクの眼前まで迫っていたアラクネロードが突如、真っ二つに両断された。

 ボクは何が起きたのか分からず、ただ茫然と目の前に転がる死骸を眺める事しか出来なかった。

 

 「お久しぶりね」


 ぼんやりとした意識のまま、声の主の方を目を向けた。


 朝日に照らしだされ、高貴に輝く銀髪と白銀の鎧を身に纏う、可憐な女騎士がそこに立っていた。

 

 「――貴方のお陰で本当の自分を取り戻す事が出来た、感謝するわ」

 「ん?」

 

 こちらを真っすぐ見つめる女騎士の特徴ある紅い瞳……まさか彼女は!


 「――私は黒騎士……いいえ白夜の神聖騎士アリシア・カヲルよ!」

 

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