『電話』

その日の昼頃、絵梨による新たな嫌がらせが始まった。


突如インターフォンがなりなんだろうとモニター越しに会話をする優。


「はい、どなたでしょうか?」


するとインターフォンの向こうからは驚きの声が聞こえてきた。


「お待たせしました、ラーメン十人前お持ちしました!」


「なんですかそれ、うちそんな物頼んでいませんけど」


「ですがこちら佐々木さんのお宅で間違いないですよね?」


「確かに佐々木ですがうちラーメンなんて頼んでいません、持って帰ってください」


「そんな事言われても困ります。このまま持って帰ってももう他のお客さんにも出せないので捨てるしかないじゃないですか」


「そんな事言われてもうちだって困ります」


この様子に気付いた隼人が何の騒ぎだろうと玄関先に姿を現した。


「どうしたんだ?」


「それが隼人、誰かのいたずらでうちに十人前のラーメンが届いたの」


そうは言ったものの優はこれも絵梨の仕業に違いないと確信していた。


対して隼人は未だ一連の出来事が絵梨の仕業だという事が信じる事が出来なかった。


「ラーメン十人前? 誰だよそんな事したのは」


「持って帰ってほしいって頼んだんだけどそれは困るって言われてしまって。どうしようこれ」


「とにかくこのラーメンはうちで食べよう」


隼人のまさかの言葉に驚く優。


「待ってよ、あたしたち二人だけでこんなに食べられないわよ」


「確かにそうだ、さすがに全部は食べられない。だから二人前は残して残りは全部持って帰ってくれませんか? 代金は全額払いますので」


「代金を払って頂けるのでしたら今回は仕方ありません。でも今回だけですよ」


こうしてラーメン店の店員は十人前の代金を受け取ると二人前のラーメンだけを置いて残りを持ち帰った。


ラーメンがのびてしまう為店員が帰るとすぐに食べ始めた二人は食べながら会話をする。


「だけどお昼ご飯食べる前でよかったね」


「そうだな、だけどこれも絵梨さんの仕業なのかな? 未だに信じられないんだけど」


「きっとそうよ。でも絵梨はここの住所までは知らなかったはずよ、どうやって調べたのかしら?」


「それは分からないけど調べる方法はいくらでもありそうだからね」


隼人がラーメンを食べ終えようとする頃再びインターフォンが鳴り響いた。


「また誰か来た」


そう呟き応対に出ようとする優を制止する隼人。


「僕が出るからいいよ、優はまだ食べ終わってないだろ?」


「ありがとう隼人」


そうは言ったもののインターフォンのもとまで向かった隼人であったが一瞬その出方が分からなくなってしまった。


それでも操作が単純な為隼人はすぐに応答する事が出来た。


「はい」


「お待たせいたしました、ご注文のピザをお持ちしました。申し訳ありません、今回数が多いので取り敢えず先に五枚だけお持ちしました。残りも出来次第お持ちしますので」


(またかよ、今度はピザだと? 一体何枚注文したんだ!)


心の中で呟いた隼人はいい加減怒りが込み上げてきた。


「うちそんなの頼んでいないです、一体何枚注文があったんですか」


隼人の言葉に驚きその店員の竹内は戸惑いながらも応える。


「三十枚です」


直後竹内は慌てて店に電話をかける。


「もしもし竹内ですが」


その電話に出たのは店長の小林だった。


『どうしたなんかあったか? まさか事故じゃないだろうな?』


「いえそうではないのですが、佐々木様宅の三十枚の注文至急ストップしてください!」


竹内の慌てた様子に何か問題が起きたと察し、スタッフに中止を呼び掛ける小林。


『ストップ、三十枚の注文ストップだ!』


それに伴い作業をストップするスタッフ。


「どうした、なにかあったか?」


「それがいたずらのようです、お客様は頼んでないと……」


『でも十五枚目まで出来てしまったぞ! 今次の五枚に入るところだ』


小林と電話をしている竹内のもとに隣にいた隼人が声をかけてくる。


「とにかくうちでは頼んでないんです、これ全部持って帰ってください」


そう言われてしまった竹内は小林との会話を中断し隼人と会話をする。


「そう言われても困ります、この五枚だけでなく店では十五枚目まで出来てしまっているんですから。今次の十六枚目から二十枚目の製作に入るところです」


「そんな事言ったって、いたずらとはいえ注文を受けたのはそちらでしょ? うちはそんな注文してないんですから何とかしてください! だいたいピザ三十枚の注文なんておかしいと思わなかったんですか?」


そんな事を言われてしまい困った竹内は小林と相談する。


「店長どうしましょう、お客さんは頼んでないんだからうちでどうにかしてほしいと言っていますが?」


『そうだな? 聞こえていたよ。でも困ったなどうしようか?』


少しの間考えた小林だがやはりこれしかないと提案する。


『竹内君、お客さんと電話を変わってくれないか?』


「分かりました」


小林の指示通り、竹内はスマートフォンを隼人に差し出した。


「店長が代わってほしいと言うのでお願いします」


その声に隼人は電話を代わる。


「もしもし代わりました」


『店長の小林と言います、この度は大変ご迷惑をかけてしまって申し訳ありません! お届けしたピザの件ですが今回はうちのミスでもあるのでお届けした分のピザは差し上げます、代金もいりません。うちで作ってしまったお届けする前の十枚に関してはうちの方で賄いとして処理するのでこれで勘弁して頂けませんか?』


その提案に納得するしかない隼人。


「分かりました。仕方ないですね」


この時店長の小林は十枚のピザをスタッフたちで賄いとして処理するとは言ったものの、店のスタッフだけで十枚ものピザを食べきれるとは思っていなかった。


『では配達員に電話を代わっていただけますか?』


その声により竹内と電話を代わる隼人。


「店長さんが代わってほしいそうです!」


隼人が差し出すスマートフォンを受け取る竹内。


「分かりました」


「もしもし店長、お電話代わりました」


『竹内君か、申し訳ないが持って行った五枚のピザはお客さんに渡してくれないか、お代は頂かなくて良いから。その後作ってしまった十枚については賄いとしてうちの方で処理することになった』


「分かりました。ですが賄いといってもうちの店もそれほどスタッフの人数がいる訳でもありません、十枚ものピザをスタッフだけで食べきれるでしょうか?」


「おそらく無理だろうな、余ったら明日温めて食べるしかないだろう」


「分かりました、そうするしかないでしょうね、ではそのようにします」


電話を切った竹内は隼人の方に向き直った。


「ではお客さん、こちら置いていきますので、店長からも聞いていると思いますがお代は結構です」


そういうと商品のピザを手渡す竹内。


「ではこれで失礼します、この度は本当に申し訳ありませんでした」


一言謝罪をした竹内は佐々木家を後にした。


「さてと、ただでもらったのは良いがどうしようかこれ」


ひとり呟くと取り敢えず隼人はピザを優のもとに運ぶことにしたが、隼人の持つ五枚ものピザを見て優は驚いてしまった。


「どうしたのそんなに沢山のピザ」


「またやられたよ、今度はピザ三十枚の注文があったって」


三十枚という数に優は更に驚いてしまった。


「そんなに! 三十枚なんて食べられないよ、それに今ラーメンを食べ終わったばかりじゃない」


「安心しろ、取り敢えずどうにかしなきゃいけないのはこの五枚だけだから」


不思議そうに首を傾げ尋ねる優。


「どういう事?」


「数が多いって事で先にこの五枚が来たんだけど、その時に頼んでないってことを伝えたら店員さんが店に連絡してすぐにストップをかけてくれたんだ」


「そうなんだ、だったら少しは助かったんだね? あたし三十枚なんてきちゃったらどうしようかと思ったよ」


「そうだな? あとは店で十枚程作ってしまったのがあるそうだけどそれは店のスタッフで賄いとして処理するからと言ってくれて、この五枚のピザの分もお代はいらないって言ってくれたんだよ! だからこの五枚のピザだけは受け取る事にしたんだ。元々原因はこっちにあるわけだしね」


隼人のそんな言葉に優は幾分ほっとする事が出来、ほっと胸をなでおろす。


「助かったね、良心的なお店で」


「ほんと良かったよ、店の損害だってあるはずなのに」


「そうだよね、だけどこれどうする?」


困り顔の優に対し隼人も困った表情で返す。


「とにかく食べないと、捨てるのももったいないじゃない」


「確かにそうなんだけどさっきラーメンを食べたばかりでもう入らないわ」


「そうだな?」


そんな二人のもとに突如家の電話が鳴り響いた、それはいつまでも抜いておくわけにいかないと思い今朝再び電話線を入れたためであった。


その電話のディスプレイを見るとそこには見慣れた数字が並んでおり、その電話番号によりそれが誰からの電話なのか分かっていた優は怒りの声で応答する。


「もしもし何の用なの!」


『退院祝い届いた?』


「何の事退院祝いって、もしかしてラーメンとピザの事を言っているの?」


『なんだ届いたんじゃない』


「なんだじゃないわよ、あんなの嫌がらせじゃない。食べきれないのを分かっていてあんな事したんでしょ! そもそもあたしたちへのお祝いなんて言ったけど自分で代金を払うお祝いなんて聞いた事ないわよ、夕べの無言電話もあんたなんでしょ!」


『良く分かったじゃない!』


「もしかして剃刀もあんたなの?」


『あぁあれね、あれは最高のプレゼントだと思ったけどな?』


「やっぱり、なんでこんな事するのよ」


この時の優の怒りは頂点に達しており、彼女が激しい口調で尋ねると絵梨からは驚きの応えが返ってきた。


『優がいけないんじゃない、あたしから隼人を奪うような真似するから』


何言ってんのよこの娘、元々隼人はあたしの婚約者じゃない!


「あなた何言っているの? 隼人はあたしの婚約者じゃない!」


『嘘言わないでよ優、隼人はあたしの物よ、それをあなたが奪ったんじゃない』


「絵梨何言っているの、先にあたしから隼人を奪おうとしたのはあなたでしょ!」


ダメだこの娘、隼人は自分の婚約者だって思いこんでいる!


「一体どうしたのよ絵梨、前はそんな娘じゃなかったじゃない」


『何言ってんのよ優がいけないんでしょ、あたしの大事な彼を奪うから』


「それはこっちのセリフよ、とにかく隼人はあたしの彼なの、もう切るからね」


そう言い放つとこれ以上言いあっても同じ事の繰り返しだと思った優は一方的に電話を切ってしまった。


優が電話を切ると隣で耳を澄ませていた隼人が電話の内容を尋ねてきた。


「誰、絵梨さん?」


「うんそうよ、まったくあの娘どうかしているわ、あたしが絵梨から隼人を奪ったなんて言い出して。あの娘ったら隼人を返してなんていうのよ」


「なんだよそれ! 僕記憶がなかったからはっきりとは分からないけどそんな事ないんだろ?」


「もちろんよ、隼人のお義母さんからも聞いたでしょ?」


「そうだな確かにそう聞いたよ。あの人が母親だとはまだはっきりしないけど退院の手伝いもしてくれたしそうなんだろう」


「もう我慢できないわ、うちの両親にも相談しよう」


そう思った優は実家に電話をかけると相談もかねて両親に来てもらう事にした。

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