【第五章】『両親へのSOS』
優が実家に電話をかけるとその電話に母親の恵美子が出た。
『はい冴島ですが』
「あたしよママ、優」
優の沈んだ声から一体何があったのかと疑問に思い尋ねる恵美子。
『どうしたの優、何かあった?』
「お願いママ、今からパパと一緒にうちに来られる?」
『優の家って、今隼人さんと一緒に住んでいるのよね?』
「そうよ、隼人の家に引っ越して一緒に住んでいるの、場所分かる?」
『分かるわよ、一度だけ伺った事があるから大丈夫だと思うけど、でも念の為住所を教えてくれるかな?』
「そうね、今から言うからメモして」
優は恵美子に住所を告げると、恵美子はそれをメモしていく。
『それじゃあこれから出るけど一体何があったの?』
「実は絵梨の事で困っているのよ、相談に乗ってもらえたらと思って、だから絵梨には内緒にしてほしいの」
『なんなの絵梨の事って、とにかくすぐ行くから待っていて』
その後すぐに夫の芳雄を連れ立って優のもとにとんだ恵美子。
しばらくして両親が優たちの住むマンションに着くと、恵美子がインターフォンを鳴らした。
インターフォンの鳴った音に気付いた優がモニター越しに返事をすると玄関の前に佇む両親の姿が確認された。
「いらっしゃい二人とも、今開けるわね」
優はすぐに玄関まで行き鍵を開ける。
「いきなり来てもらってありがとう」
優が一言礼を言うと突然二人を呼んだ理由を尋ねる恵美子。
「それは良いけど一体何なの突然あたし達を呼んで。確か絵梨の事だと言ったわね、絵梨と何かあったの、喧嘩でもした?」
「喧嘩くらいならまだいいわよ」
「どういう事それ?」
この時優の両親は姉妹二人の間に一体何があったのだろうと思いを巡らせていた。
とにかく優は両親に家にあがるよう促す。
「ここじゃなんだから上がって」
「そうだな、それじゃあおじゃまするよ」
芳雄が呟くように言うと二人は佐々木家へと足を踏み入れる。
二人をリビングに通すと優はソファーに座るよう促し、両親がソファーに座ったのを見届けると二人を隼人に紹介する。
「紹介するね隼人、この二人があたしのパパとママ」
この光景に一体何が起こったのかと不思議に思っていた二人に対し、優は最初から説明をすることにした。
「ごめんね、わけわかんないよね。パパたちには余計な心配かけたくなくて黙っていたんだけど隼人は事故の影響で事故に遭う前の記憶をなくしているの」
あまりに突然の事に驚く二人。だがこの時二人はこの後さらに驚く事になるなんて思いもしなかった。
「そうなのか? どうしてもっと早く言ってくれなかった、それで記憶は戻るんだよな?」
芳雄が希望を込めて尋ねるとそれに静かに応える優。
「それは先生も分からないって。もしかしたら一時的なものかもしれないしこのままずっと記憶が戻らないままかもしれないそうなの」
そんな時隼人がレンジで温めなおしたピザを芳雄たちの前に差し出した。
「どうぞ、あまりもので申し訳ないですが食べてください」
「あまり物だなんてとんでもない、ありがとう、これ隼人君が温めてくれたのか? 記憶を失っているのによくできたじゃないか」
芳雄の言葉に優が応える。
「それはきっとあれよ、操作があまり難しくないからね、特に男の人って新しい電化製品を買った時説明書を読まずに操作できたりするでしょ、あれと一緒じゃないかな?」
「確かにそういうのってあるかもな、それにしても随分と多いじゃないかこのピザ」
「実は相談ていうのはこのピザも関係しているのよ」
優の言葉に疑問の表情で尋ねる恵美子。
「それどういう事なの? このピザが関係しているって何なの一体」
「病院で隼人が目を覚ました時ちょうど絵梨がお見舞いに来てくれていたの。そこまでは良かったんだけど、あたしが絵梨に飲み物を買いに行っている間に隼人が目を覚まして、でもさっきも言った通り隼人は記憶をなくしてしまっていたでしょ? 絵梨はあたしがいないのを良い事に自分が隼人の婚約者だと嘘を付いてしまってあたしから隼人を奪おうとしたの」
その言葉に芳雄たちはとても驚き怒りさえ覚えた。
「なんだそれは、絵梨の奴一体何を考えているんだ!」
「まだ続きがあるの、その後どうにかして隼人に本当の婚約者はあたしだって事が分かってもらえたの。それでこの前隼人が退院してこの家に帰って来たんだけど、でも数日がたったころどうやって住所を調べたのか家に剃刀入りの封筒を送り付けたのよ、それであたしは指先を切ってしまったわ。それだけじゃないの、夕べあたしのスマホに非通知で無言電話がかかってくるようになって、あまりにうるさいから着信拒否にしたら今度は夜中に固定電話の方に無言電話がかかってくるようになって、仕方ないから電話線を抜いてしまったわ」
それを聞いた芳雄は驚きの声で尋ねる。
「それが絵梨の仕業だと言うのか?」
こくりと頷く優。
「まだあるのよ。今日のお昼ごろ突然頼んでもいない十人前のラーメンが届いて仕方なく全額代金を払う羽目になったわ。でもさすがに全部となるとうちで処理しきれないから二人前だけ置いてあとは持って帰ってもらったの。でもそのあと今度は」
ここで気づいた恵美子が尋ねる。
「もしかしてこのピザが届いたの?」
「そうよ、三十枚のピザが注文されたって」
「そんなに?」
驚きと共に放つ恵美子。
「でも良心的なお店で助かったわ。数が多いからと先に五枚だけ持ってきてくれたんだけど、その五枚だけでその後お店で作ってしまった十枚は賄いとしてお店の方で処理して下さるって。それだけじゃないのよ、先に届けられた五枚の分もピザ屋さんのミスでもあるから代金はいらないって言ってくださったの」
「そう、それなら少しは助かった事になるのね」
優は小さな声で更に続ける。
「その後あたしのスマホに絵梨から電話があったの」
「それで絵梨はなんだって?」
食い入るように尋ねる恵美子に対し優が続ける。
「それがあの娘まるであざ笑うように『退院祝い着いた?』とか言うのよ。あの娘はっきりと言ったわ、ラーメンとピザを送り付けたのは自分だって、退院祝いってそれの事なのよ! まったくふざけているわ」
「そうね、ほんと何考えているのかしらあの子ったら、今までそんな娘じゃなかったのに、あなたたち仲が良かったじゃない」
「それが分からないのよ、あたしが何故そんな事をするのか聞いたらあたしが絵梨から隼人を奪ったからいけないんだって言いだして、もう何を言っているのか分からないわ、元々隼人はあたしの婚約者なのに」
(確かにそうだわね、一体あの子どうしたのかしら)
恵美子がそんな風に思っていると戸惑いの顔で優が続ける。
「良く分からないけど絵梨の頭の中では元々隼人は絵梨の婚約者で、あたしが絵梨から隼人を奪ったと思い込んでいるみたい」
優の言葉に驚きの声をあげる恵美子。
「そんな訳ないじゃない。隼人さんは初めから優の婚約者だったじゃない、事故で延期になったとはいえ結婚寸前まで行ったのよ、どうしたらそんな考えになるのよ!」
そこへ芳雄の声が飛んできた。
「とにかく絵梨の件は俺達で何とかしてみる、少し時間をくれないか?」
「分かったわ。おねがい何とか助けて」
「僕の方からもお願いします」
隼人からも芳雄たちに懇願すると、その後残ったピザを四人で出来る限り食べ、それでも食べきれない分は翌日温めて食べる事にした。
優たちの下を離れた芳雄たちは早速芳雄のケータイ電話で絵梨のもとに電話をかけた。
『もしもしパパ、珍しいじゃないパパが掛けてくるなんて』
この時絵梨はまだ優達が芳雄達に相談していた事に気付いておらず、何のために芳雄が電話をかけたかも分かっていなかった。
「ちょっと用があって東京に来ているんだ。たまには来たついでに絵梨に会いたいなと思って、今家にいるかな?」
『今日は日曜日で休みだからいるわよ』
「そうか、じゃあこれからおじゃまするよ」
『わかった、待っているね』
しばらくした後絵梨の待つマンションに芳雄たちがやって来た。
「いらっしゃいパパ、ママも一緒だったのね」
「ああ、突然悪いな」
「とにかく上がって」
「そうだな、おじゃまするよ」
絵梨のマンションにあがる芳雄たち。
「それで今日は何の用で来たの?」
絵梨が尋ねるものの、芳雄たちはなかなか用件を伝えられずにいたが、数分後ようやく口を開く事が出来た芳雄。
「実はな、今日は優の事で来たんだよ」
芳雄の放ったその言葉に絵梨の表情は見る見るうちに険しくなって行く。
「なんだその事? 突然二人揃って来るからおかしいと思ったのよね」
「その様子だと心当たりがあるようだな?」
芳雄のこの一言に突然機嫌を損ねた絵梨はふてくされたように返事をする。
「だから何なの?」
「隼人君が目を覚ました時記憶を失っていることを良い事に優から隼人君を取ろうとしたそうだな?」
「だから何なの?」
「なんなのじゃないだろ! 隼人君は優の婚約者なんだぞ、分かっているのか?」
「だから何? 取られる方が悪いんじゃない」
芳雄たちは絵梨のまさかの言葉に対し驚いてしまい、そんな絵梨に恵美子が続く。
「隼人さんが退院してからも優達に色々と嫌がらせみたいな事をしているんだって? あなた一体何をやっているの!」
するとここでも驚きの言葉を発する絵梨。
「優がいけないんじゃない、あいつがあたしの大事な隼人を奪ったりしなければあたしだってこんな事しなかったわ」
(何を言っているのこの子は、まさか絵梨の言う通り優が隼人君と付き合う前に本当は絵梨と隼人君が付き合っていたなんて事はないわよね?)
「だったら聞かせて絵梨、絵梨はいつから隼人君と付き合っていたの? 本当に二人が付き合っていたなら一緒に写った写真くらいあるわよね」
この恵美子の問いかけに対し自信満々に応える絵梨。
「あるわよ、そのくらいあるに決まっているじゃない。今見せるから待って」
そしてスマートフォンを操作する絵梨であったが、ところが絵梨が両親に見せた写真とは思いもしないものであった。
「なによこれ病室で撮った写真じゃない、それにこれあなたは笑顔で写っているけど隼人さんには笑顔がないじゃない、こんなの付き合っている証拠にならないわ、一体何を考えているの? もっと前の写真がないと証拠にならないわ」
「良いじゃないこれでも、隼人はあたしの事をまるで付き合っているみたいに呼び捨てで呼んでくれたわ、それが何よりの良い証拠じゃない」
絵梨が激しい口調で訴えるが、これに対し芳雄も同様に反論する。
「そんなの証拠にならないだろ! 隼人君がお前の事を呼び捨てで呼んだのは隼人君の婚約者は絵梨だと嘘を付いたからだろ、どうせお前が二人は婚約者なんだからお互い呼び捨てで呼び合おうとか何とか言ったんじゃないのか?」
「嘘じゃないわ、ほんとの事じゃない! もう良いから帰って」
そう言うと絵梨は両親を押し出すようにして家から追い出してしまった。
絵梨が玄関の鍵を閉めてしまうと外では芳雄が叫び続けている。
「なにするんだ開けなさい、話はまだ終わってないぞ! 早く開けないか」
芳雄が部屋に向け何度も大声で叫び続けていると、不審に思った隣人が迷惑そうに顔をのぞかせてきた為仕方なく両親はその場を後にするしかなかった。
この時ドアの内側では絵梨が優に対してふつふつと怒りを沸き上がらせていた。
「あいつなにパパたちにチクってんのよ、絶対に許さないんだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます