【第四章】『嫌がらせ』
隼人が退院して数日がたったこの日、いつもの様にポストを確認すると一通の真っ白な封筒が届いていた。
その手紙には差出人の名前がなく不思議に思っていたが、特に気にも留めず優がその封筒を開けると指先に鋭い痛みを感じた。
「痛いっ」
その声に慌てて飛んでくる隼人。
「どうした?」
「これ見てよ」
「剃刀じゃないか、どうしてこんなもの……」
「この封筒を開けたら出てきたの。おかげで指先を切ってしまったわ」
「とにかく手当てをしなきゃ」
手当てを勧める隼人であったがここで困ってしまった。
「どうしよう救急箱の場所が分からない、そもそも家にそんなものがあるのかどうか」
そんな隼人を気遣い優が優しく声をかける。
「大丈夫、ばんそうこうくらいならあたしもっているから。これくらいこれで充分よ」
ポーチから絆創膏を取り出すと自ら指先に貼る優。
「それにしても一体誰がこんなもの送り付けたんだ!」
言いながら隼人が首をひねると優も同様に首を傾げていた。
「分からないわ、差出人の名前も書いてなかったの」
この時優には一人だけ思いつく人物の名前があったが、さすがに信じたくないとの思いからこの時はその名前は口にしなかった。
「きっと質の悪いいたずらよ、追及したって仕方ないわ、この事は忘れましょう」
「ほんとにそれで良いのか?」
「良いわよ、この事はこれでおしまい、それにあたしも悪かったのよ、ちゃんとハサミで切って開ければよかったわ」
「そう言う問題でもないだろ! とにかく本当にこれで良いんだな」
「良いわ、さっきから言っているじゃない! だけど何か固いものが入っているのは気付いたけどまさかそれが剃刀だったとはね」
「ふつうこんなもの送り付けられるなんて事ないんだから分からないよ、とにかく分かった、この件はこれで終わりにしよう」
この日はこれで終わったのだが、翌日二人が夕食をとっていると突如優のスマートフォンが鳴り響いた。
着信番号を見てみるとそれは非通知でかかってきており、何となく不審に思った優であったがとにかく電話に出てみることにした。
「もしもし?」
優が電話に出ると何も言わずすぐに切れてしまった。
「切れちゃった、なんだったんだろう今の電話」
「誰か分からないの?」
隼人が尋ねるがそれに対し優は疑問の声で応える。
「それが分からないの、番号が非通知だったのよ」
「誰か分からないのに電話に出たの? 変な電話だったらどうするんだよ!」
「そうね、実際あたしが出たら無言で切られたし、これから気を付けるわ」
「そうだな、その方が良いんじゃない?」
ところが間もなくして再び優のスマートフォンに電話がかかって来た。
その電話も非通知でかかってきた為しばらくの間ほおっておいたのだが、あまりにうるさいためたまらず電話に出てしまった優。
「もしもし!」
しかしこの電話もやはり無言で切れてしまったのだった。
「また切れちゃった、なんなの一体」
「電源切っておいたら?」
隼人が提案するがそれに対し静かに反論の言葉を口にする優。
「でもそうすると、誰かがあたしのスマホに電話しても着信が鳴らずに気付く事が出来なくなってしまうわ、もしそれが大事な電話だったら大変じゃない」
そんな優の反論に対し隼人はさらに反論する。
「確かにそうだけどそれしか方法がないよ」
隼人とそんなやり取りをしていると、三度非通知で電話がかかって来た。
「またかかって来たわ」
この時優はある事を思いついた。
「そっか、着信拒否にしちゃえばいいのよ」
「そんな事出来るのか?」
記憶を失っているため知らなかった隼人が尋ねる。
「出来るのよ、ただあたしどうやればいいのかやった事ないのよね」
そう言いながらあれこれと操作しながらもようやく着信拒否設定する事が出来た。
ところがその晩の事だった。
深夜二人で就寝中隼人の家の固定電話が突如として鳴り響いたのだった。
着信番号を確認してみるとやはり優のスマートフォンにかかってきた時と同様非通知でかかってきており、しばらくの間ほおっておいたのだがいつまでも鳴り響く電話の音に耐えかね、このままではいつまでも寝られない為優は受話器を取ってしまった。
「もしもし?」
ところがスマートフォンの時と同様優が受話器を取った途端すぐに切れてしまった。
その後再び電話が鳴り響き受話器を取るもののすぐに切れてしまうという事が何度か続き、仕方なく優は電話線を抜いてしまうしかなかった。
これにより静寂を取り戻した二人はようやく眠りにつく事が出来たのだが、すぐに朝を迎える事となった。
「おはよう隼人、夕べは大変だったけどあれから眠れた?」
「あまり眠れなかったよ、優はどうだった?」
「あたしもよく眠れなかったわ」
「一体誰があんな事したんだろうな?」
「決まっているじゃない、こんな事信じたくないけどきっと絵梨の仕業よ」
優のこの発言に信じられないと言った様子で尋ねる隼人。
「そんなバカな、いくら何でも絵梨さんがこんな事するかな?」
「あたしだって信じたくないわ、でも今の絵梨だったらやりかねないわ。それに絵梨だったらあたしのケータイ番号を知っているじゃない。この家の電話番号を知っていたのは驚いたけどもしかしたらあたしのスマホのアドレスを盗み見たのかもしれないわ」
「確かにその可能性はあるけど、でもいつどこで」
「それは分からないけどでもきっとそうよ」
「それにあの絵梨さんがここまでするなんて僕にはどうしても思えないな?」
「そうは言っても隼人は記憶をなくす前の絵梨の事は覚えてないでしょ」
「確かに僕は記憶をなくす前の事は覚えていないけど、記憶をなくしてからの絵梨さんとの会話で判断する限りではここまでするような子には思えないんだ」
「それを言うならあたしだって同じよ、今までの絵梨だったらこんな事をするなんて想像も出来なかった、まさかあたしから婚約者を奪おうとするなんて。でも絵梨しか考えられないの! だってそうでしょ、この無言電話は隼人が退院して家に帰って来てからの出来事じゃない。あの子には退院する事も知らせていないし退院後ここに住む事も知らせていないからどうやってここにいる事を知ったのかは知らないけど、あの娘のほかには考えられないわ!」
そう言う優の瞳からは大粒の涙があふれていた。
「確かにそうだよな、でも彼女はどうしてこんな事をするんだ」
「きっと嘘がばれてあたしから隼人を奪えなかったからよ」
「そんな事で?」
「あたしたちにとったらそんな事って思うかもしれない。でも絵梨にとってはそうじゃなかったのかもしれないわ」
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