『絵梨の変貌』
ところがここで隼人への想いに気が付いた絵梨の心に悪魔がささやいた。
この悪魔のささやきにより絵梨はとんでもない事を思いついてしまう。
「あたしの名前は冴島絵梨って言います。隼人さんの婚約者で先日あなたと結婚するはずでした。でも結婚式直前に隼人さんが事故に遭った為に結婚式はキャンセルになりましたが」
優と同じように密かに隼人に対し思いを寄せていた事に気が付いた絵梨は思わず隼人に対し大きな嘘をついてしまった。
「そうだったんですか、ごめんなさい僕のせいで」
「いえ良いのよ、隼人さんさえ無事でいてくれれば、でもよかったほんとに無事でいてくれて。記憶は失ってしまったけどそのうち戻るわよきっと」
「だと良いんですが」
本当は記憶もずっと戻らないでこのままでいてくれた方があたしにとっては都合が良いんだけどね。
絵梨はこのままでいてくれた方がもしかしたら姉から隼人を奪えるかもしれず、仮に記憶を取り戻してしまってもそれまでに隼人の気持ちを自分に振り向かせてしまえば問題ないと画策していた。
そんな絵梨に対し再び謝罪する隼人。
「随分心配かけちゃったみたいですね、ほんとにごめんなさい」
「だから良いんですって。それと隼人さん、あたしに対しては敬語でなくて良いんですよ、あたしたち恋人同士なんですから」
「ありがとう、これからはそうするね」
二人で楽しく会話をしているところへ双子の姉である優が戻って来た。
「絵梨ただいま、変わりない?」
言ったとたん目を覚ました隼人の姿が優の目に飛び込んできた。
「隼人目を覚ましたのね、良かったぁ、これで一安心ね」
ところがそんな優の姿に、隼人はとても驚いたように不思議な表情をしている。
この隼人の姿を目にした絵梨は彼に対し説明をするが、この後の二人の会話に違和感を覚えてしまう優であった。
「紹介するね、この人は冴島優、あたしの双子の姉なの」
「だからこんなに顔がそっくりなんだね」
一体何を言っているのか分からないと言う表情の優はこの後隼人の口から放たれたまさかの言葉に心臓を銃で撃ちぬかれたような衝撃を受ける事となる。
「初めまして優さん。あっ今までも何度か会った事あるのかな? 僕は絵梨さんの婚約者で佐々木隼人と言います。よろしくお願いします」
(何言っちゃっているのよ隼人、あなたの婚約者はこの私じゃない! まさかあなたがそう言ったの絵梨)
優が困惑の表情を浮かべていると、絵梨が何事もなかったかのように優に事情を説明する。
「優あのね、隼人意識は戻ったんだけどその代わり今までの記憶をなくしちゃっているみたいなの、先生の話だともしかしたら頭を強く打ったのが原因じゃないかって」
(隼人が記憶喪失? どういう事よそれ、それもだけど何言っているのよ絵梨、どうしていきなりあなたが彼の事呼び捨てで言うの? 絵梨が隼人の婚約者ってどういう事? 一体どうなっているのよ!)
優がこのように困惑していると、隼人は再びまさかの言葉を口にする。
「絵梨から聞きました、僕達結婚式を挙げるはずだったんですってね。それなのに僕が式当日に事故を起こして式は中止になったって。申し訳ありませんせっかくの式だったのに」
隼人は絵梨の話を完全に信じ切っているようであるため、この場は話を合わせるしかない優。
「良いんですよ気にしていませんから、それに事故の原因を作った人も謝りに来て事情も知っています。隼人さんが悪いわけじゃないじゃないですか。何より隼人さんの命が助かったんだから言う事ありません」
「ありがとうございます。そう言って頂けると少しは気が楽になります」
優は絵梨を問い詰めるため病室から連れ出した。
「ちょっと絵梨来て」
この時優の口から放たれた声はとても低く明らかに怒りに満ちていた。
優の怒りの言葉に悪びれる様子もなく、隼人に一声かけると優の声に従い病室を後にする絵梨。
「なによ優、ちょっと待っていてね隼人、すぐに戻って来るから」
二人は病棟の端にある談話室へと向かった。
「絵梨一体どういうことなの? 隼人の婚約者はあなたじゃなくてこのあたしじゃない。隼人が記憶喪失になった事を良い事にあたしから彼を奪う気?」
「分かっているじゃないその通りよ、だって彼かっこいいじゃない」
「どうしてこんな事するのよ!」
「ずっと前から隼人に対してよくわからない感情があってそれが何なのかついさっき分かったのよ。好きになっちゃったのよね隼人の事」
まさかの絵梨の言葉に怒りを覚えた優の表情は見る見るうちに紅潮していく。
「なに悪びれもせずにそんな事言っているのよ、隼人はあたしの婚約者よ、お願いだから彼を返してよ」
「いやよ、絶対に振り向かせてみせるんだから」
「まだ言っているのそんな事、だいたいあなた付き合っている人いたでしょ!」
「そんなのとっくに別れたわよ」
「どうして、まさかずっと前から彼の事狙っていたの? そんな事ないわよね」
「まさか、優の彼氏に手を出す事なんてできなかったわ、それに好きって気持ちにさっき気付いたって言ったじゃない! でも彼が記憶を失った今ならチャンスがあるかなって思っただけよ」
次の瞬間優は両の手で顔を覆い、うずくまり泣き出してしまった。
「どうしてこんな事になってしまったの? あたしたちあれほど仲が良かったのにまさか双子の妹に大切な彼を取られるなんて、何故こうなってしまうのよ、この前パパに結婚を考え直すように言われた時だってあたしの事かばってくれたじゃない!」
夢にも思わなかった妹の仕打ちに意気消沈した優はこの場にいる事さえできず、とぼとぼと病院を後にした。
優が肩を落とし病院から去って行った後絵梨は隼人のもとへ戻って行ったが、隼人は優の姿がないため不思議そうな表情で絵梨に尋ねる。
「お帰りなさい、一体何の話だったの?」
「隼人は気にしないで、別にたいした話じゃないのよ」
「そうなんだ、でもお姉さんは?」
「優は急用が出来たからって帰ったわ」
「なんだ、お姉さんとももっと色々話できると思ったのになんか残念」
不意に言い放った隼人の言葉に記憶がよみがえってしまうのではと危機感のようなものを抱いた絵梨は、つい強い口調で言い放ってしまう、その言葉には怒りが滲んでいた。
「どうして残念なのよ、隼人にはあたしがいればいいじゃない」
「どうしたんだよ突然、なんか悪い事言ったか?」
「ごめんなさいそうじゃないの」
「だったらなんなんだよ」
「ちょっと思い出しちゃって」
「思い出したって何を?」
「優の事よ」
「優さんて、さっき来た絵梨のお姉さんの?」
「そうよ」
「そのお姉さんが何なんだよ」
この時絵梨はまさかの言葉を口にした。
「実はお姉ちゃんね、もうずっと前から隼人にちょっかい出していたの、隼人は覚えていないでしょ? あの人は昔からそう、人の物をすぐに欲しくなるんだから、でもまさか妹の彼氏まで奪おうとするなんて思わなかったわ」
ところが優はそんな性格ではなく、絵梨が今言ったことはすべて自分に当てはまる事であった。
絵梨の口から発せられた思ってもみなかった言葉に、隼人は驚きの表情を浮かべ尋ねる。
「それ本当なの絵梨、さっきの二人は仲良さそうだったじゃないか」
「表向きはね、でも裏では結構嫌な奴なんだよ」
「そんなふうに見えなかったけどな?」
「外では猫かぶっているだけだよ、あと両親の前でもね」
この時隼人はどうしても絵梨の言葉を信じられずにいた。
「ほんとにそうなの?」
「そうだよ、ほんと性格悪いんだからあの人」
「ほんとにそうなのかな?」
隼人はまだ絵梨の言っていることが信じられずにいる。
「だけどさあ絵梨、いくらお姉さんが嫌な性格しているからって双子の姉妹なんでしょ? あまり悪く言ったらだめだよ」
「分かったわよ、これから気を付けるわ」
隼人による言葉に対し若干ふてくされながらの絵梨の言葉であった。
気持ちを切り替えた絵梨は隼人に対しある提案をする。
「そうだ隼人、目を覚ました記念に二人で一枚撮りましょ」
「そんな事言ったって、記憶をなくしているのにそんな気になれないよ」
「大丈夫よ心配しなくても、きっとすぐに記憶も取り戻すわ。それよりもまずは無事に目覚めたんだからそのことを喜びましょう」
「それもそうだね、じゃあ一枚だけ撮ろうか」
「分かったわ」
絵梨はスマートフォンを操作しカメラを立ち上げると、隼人の顔のそばに自らの顔を寄せる絵梨。
「じゃあ撮りますね」
絵梨は笑顔でスマートフォンのシャッターを切った。
「あとで隼人さんのスマホにも送るね」
絵梨はこの時ふと思った。
(どうしよう、あたし隼人さんのアドレス知らないわ、今更聞いたらどうして恋人のアドレスなのに知らないんだって不審に思われるだろうしどうしたら良いんだろう。とにかく方法は後で考える事にしてこの日はひとまず帰る事にしよう)
「あたしそろそろ帰るわ」
「そうか、じゃあ気を付けて帰れよ」
「分かっているわ心配ありがとう、じゃあまた明日ね」
この言葉を残し絵梨は隼人の病室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます