第3話 この落とし物は...

 僕は黙々と流し場を埋めている食器たちを洗っていく。今頃、もうりっちゃんはお風呂場に足を踏み入れただろう。  


この時間は当たり前だが一人だ。ソファに座って本でも読んでいつも時間を潰している。いつものルーティーンを崩すことなくソファの近くの本棚から何を読もうかと思案したがあいにく全て読んだ本ばかりだった。この本棚は共用スペースにはあるがほとんどが、というか全部僕のものである。ある程度読んだと思ったら定期的に入れ替えいるのだ。もう一度読んでもいいのだが今は新しい本の新鮮味がほしい。

確か、3日前ぐらいに買った新しい本を自分の部屋に置いていた。

仕方ないな、部屋に取りに行くか。  

 

 リビングのドアを開け、階段を上がろとした時、曲がり角辺りに何かが落ちているのが見えた。

何だあれは。

見覚えはない、と思う。近づいて見るとピンク色の布が落ちていた。手に取り広げてみる。

ちょ、ちょっとまて、こ、これは。動揺が抑えられない。

それは可愛らしいピンクのレースが入った下着だった。いわゆるパンツ。

おそらくこれはりっちゃんある。脱衣所に持っていくときに誤って落としてしまったのだろう。ということはお風呂から上がったとき下着がない状態になる。ノーパン。

それは困るだろう。こっそり脱衣所に持っていくか、もしくは知らないふりをするか。どうすべきか。


 数分の間、その場で立ち尽くし考えたが結論が定まらない。

もうここはこっそり持っていってあげよう。このことがりっちゃんバレなければ問題ない話だし。りっちゃんだって、ノーパンという状況は回避できるはずだ。 

 

 僕は片手にりっちゃんの下着を握りしめ、階段を降り、一階の脱衣所に向かって足を動かした。 

脱衣所の扉の前、悟られないよう静かに扉を開ける。

幸い、りっちゃんはまだ入浴中である。

パジャマの置いてあるかごを見つけ、服の下方へ下着を入れた。

よし、あとはここから脱出するだけだ。脱衣所の扉方へ足を向けた瞬間、  

ガチャ、後方から音が聞こえる。反射的に後ろを振り返る。

「きゃーー」

悲鳴が響く。本来、誰もいないと思っているところに誰かいるという恐怖からか、もしくは無防備な姿を見られたからなのか。 

「こ、これには事情がありまして...」

「言い訳はいいから早く出てってよ」

りっちゃんはその場にうずくまり、うつむいている。

「ほんと、ごめん」

手短に謝罪をし、足早にその場から逃げる。

 

 ダッシュで階段を上り自分の部屋に駆け込んだ。

り、りっちゃんの裸を見てしまった。見たと言っても一瞬のことであまり覚えていない。女性ならではの体つきといいますか、なんといいますか...

幼稚園児の頃一緒にお風呂に入った以来で、僕の記憶とは大きくかけ離れていたような気がする。

僕はさっきまで考えていた二択の選択を誤ったわけだ。その場の勢いでの安易な判断は良くない。 本当によくない。

そのような思考を自室でぐるぐると巡らしているとスタスタと階段のを上る音が聞こえてくる。ピタッと足音が止まる。数秒の沈黙が広がる。

自室に戻ったのか?しかし、扉を開ける音はしなかった。 

コンコン。僕の部屋の扉をたたく音が響く。

「成くん、さっきのことで話があるんだけど」

たぶん怒ってる、いや完全に怒ってる。

「心の準備ができたら、リビングに来てね」

人生終了のお知らせが聞こえた。

やばい、怖い。

「わかった」

とりあえずの返事を返す。

その後、返答はなく、足音は遠ざかっていった。

 

 心の準備が出きたらって、一生できるわけないだろう。実際、正直に話したところで許しを得ることが難しいだろう。もうこのまま引きこもってしまおうか。 

しかし、先ほど承諾の返事を返しってしまった。ということはもう逃げ場はない。

怯えていても仕方がない。坂下成、今こそ男を見せる時だ。 

行こう、りっちゃん、いや魔王のもとへ。



 「心の準備ができたんだね、成くん」 

口調は楽しそうに聞こえるが、裏には怒りが見える。

怖い。

「それにしても、成くんにのぞきの趣味があったとはね」

からかわれているのか?

「私も鬼ではないからさー、言い訳ぐらいはきいてあげようと思ううんだよね。理由ぐらいはあるんじゃないかな。」

今、この魔王の前で言い逃れをするのは無理だろう。正直に話すしかない。 

「順を追ってことの経緯を話します」 

覚悟を決めるしかない。

 

「僕が食器洗い終わった後、本を取りに行こうと階段を上ろうとしたとき...」

言葉につまる。

「成くん、何が言いたいの?」

こっちの事情はお構いなく続きを迫ってくる。

「その階段にパ、パンツが落ちてまして」

「え、」

絶句の言葉の後

「それは誰の?」

恐る恐るたずねてくる。

「りっちゃんの」

「はっ、はああああーーー」

明らかな動揺がうかがえる。さながら僕がりっちゃんのパンツを見つけた時のように。 

よし、このまま話を続けよう。

「それで脱衣所に届けるか届けないかを思案した結果、バレなければいけるだろうと思ってこっそり脱衣所に入ったところ、運悪くりっちゃんが風呂から上がってきたというわけだ」  

全部話し終えた。洗いざらい吐いた。なぜか今は達成感まである。

「一言声をかけるという選択肢はなかったのかな」

ごもっともではあるが、僕にも言い分がある。

「でも、正直に僕が階段にパンツが落ちていたと言ったら恥をかくのはりっちゃんだろう。そう思わないかな?」

開き直ってるな、僕。

「それはそうだけど...」

「だから僕はこっそりパンツを届けて、なかったことにしようと思ったんだ」

どうだ、なかなか理にかなってはないか?

「でもそれに失敗したわけだよね」

「まあそうだけど」

僕は見てしまった、一瞬ではあったがりっちゃんの無防備な姿を。それは何事にも代えるこのできない事実だ。 

ここは誠心誠意をもって謝罪といこう。

「今回の事件に関して僕の浅はかな考えによってりっちゃんの無防備な姿を見てしまい申し訳ありませんでした」

「なんか、逆に軽く感じるんだけど」

確かにそうかもしれない。

「本当に反省している。ごめん」

「ちょっとは反省の色が見えたから今回は許してあげるよ。私にも少しは非がなかったとは言えないからね」

「それは、ありがとう」

これでこの話は終わったな。何とか殺されることは免れたようだ。 

本当によかった。 

「じゃあ一つだけ聞いていいかな」

さっきまでの怒りや動揺とは打って変わってなんか恥ずかしがっているように見える。

「なに?」

「その、成くんは、えっと、、、」

歯切れが悪い。

「その見たの?私の裸」

りっちゃんは顔を真っ赤にしている。 

予想の斜め上の質問だ。 

僕も顔が熱くなるのを感じる。たぶんりっちゃんと同様、僕の顔も真っ赤になっているだろう。

お互い顔が見れない。地目が広がる。

マジで気まずい。

このままこの状況引っ張るわけにもいかないので返答しよう。

「見てないとは言いきれない」

「それは、見たってことじゃない」

「それは仕様がないじゃないか」

あれは不可抗力だった部分がないとは言い切れない。

「それでも、それでも、、、」

言葉がまとまらないんだろう。

(まあ、いつかは見せることになるから)

「なんか言ったか」

「なんもないよ」 

何か言った気がする。問い詰めるほどのことではないか。

「もうこの話は終わり」

勝手に終わらせた。りっちゃんから話し始めたというのに。




 「でも、こんなにあっさり許すのもなんか癪だなあ」

なんか嫌な予感がする。

「あっ、それじゃ私の言うことを一つだけ聞いてくれる券にしよう。うん、そうしよう」

それはまずい。この感じだと拒否権はなさそうだし。せめて条件は付けさせてもらおう。この手の要求はロクでもないことが多いから。

「ちょっと待て。せめて条件は付けさせてほしい」

「じゃあ、成くんが提示する条件を先に教えて。それから決めるよ」

話に取り合ってもらえてるだけ吉だな。

「まず、あまりにも高価な要求はやめてほしい。あと、過激なことも。」

金銭的なことを要求されても叶えることは難しい。過激なこととは言ったがりっちゃんに限ってそんな要求をしてくるとは微塵も思わないが念のためだ。

「わかった。その条件を飲むよ」

「これで交渉成立だな」

「要求はまた考えておくよ」 

うれしそうに見える。

「わかった」

これでこの事件は幕を閉じた。









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