司令官・榊原 一茶子の日常

「ただ今ァー。」


といっても誰もいないんだけどね、はお約束。

一茶子は、玄関に置いてあるミニサボテンの「サカモトくん」に一声かけた。


ラージナンバースクワッド保有のマンションの一室。いわゆる「社宅」のようなモノだ。

立場が一定以上になると、セキュリティ、そしてコンプライアンスの観点から、組織からは「社宅」に住むことが推奨されている。


司令官であり、そして独身である一茶子には、住む場所にこだわりはなかったし、職場に近かったり家賃をかけずに良さげなマンションに住めるのは、魅力でしかなかった。


だが、職場と自宅が近い、というのも考えものである。毎日がそことそことの往復。何かあれば問答無用で呼び出され、パッと支度をしてパッと行けてしまう。

組織にとっても、都合の良いモノであった。


「はぁ~…。」


一茶子はお堅めのスーツを脱ぎ捨て、ジャージに着替えると、高級ソファーに身を投げ出した。


「(あれくらい、私がいなくてもなんとかしなさいよね…。そりゃ昔の、

『怪人無法地帯』の時は仕方ないかもしれないけどさ…。わざわざ私呼ぶ必要あった…?珍しく定時であがれたと思ったのに…。)」


独り言を呟いてしまうといよいよヤバい、と感じている一茶子は、脳内で激しく愚痴を吐く。


「…あ、もしもーし。みんなまだモン○ンやってる?うん、今帰ってきた。…そっか、もう遅いもんね。うん、わかった大丈夫。ごめんねーいつも。また今度ねー。」


本当であれば、仕事終わりに友人たちとオンラインプレイに興じるハズであったのだ。それを突然の呼び出しで不意にされたため、一茶のメンタルには少々のダメージが入っていた。


「…美味し。」


カップメシを頬張る一茶子。

そしてぬるめのシャワーをくぐり、早々に床に着くのだった。



「珍しいな、2日連続とは。

…スカラー線の放射量は?」


「は、特に異常ありません!」


「そうか。最も近場の斑は?」


「C斑、距離5!」


「直ちに向かわせろ。」


「了解!C斑、出動準備!」



『スカラー化』が頻発した時期、巷では

東京が「怪人無法地帯」と呼ばれる区域に指定された、激動の波が沈静化してからというもの、怪人の出現頻度は、平均的に月2、3くらいである。

過去は東京だけで月に数10体ペース、日本全体で50にも上ったのだが。



「けぇっへっへぇ!!俺様は

『ニューウェイブ』!!

来たぜ来たぜぇ俺様の時代がよォォ!!俺様のサーフボードの餌食になりたいやつぁかかってこいよぉ!!」


数多くのサーフボードを両手に握り、ブンブンと振り回す、ムキムキに黒光りしたモヒカンの海パン男…ニューウェイブと名乗った怪人が、磯子付近に現れていた。


程なくして、名もないC斑が駆けつけた。

その数、およそ15名。



「撃て。」



一声でビームの雨が降り注ぐと、ムキムキの男は中肉中背に戻り、サーフボードとともにバタバタと倒れた。


「ご苦労。総員、直ちに帰投せよ。

…参謀、すまないが、後は任せていいか?」


「はい。先日は申し訳ございませんでした、感謝いたします。後は私が。」


参謀、と呼ばれたガタイのいい男の名は

本間 善太 29歳。一茶子の右腕である。

善太は先日の一件では、歳の離れた妹が熱を出してしまったため、呼び出しに応じられなかったのである。


「では、頼む。お先に失礼。」






「(定時で、上がれたから、誰か、これからモン○ンできる人、いませんか、と。)」


友人複数名のLINEグループや、オープンチャットで募集を募る一茶子。


「あ、もしもーし。ありがとう千佳!私ランク低くてさぁー、全然勝てなくて。

野良でもいいんだけど、やっぱり通話しながらの方が面白くてー!」


久しぶりのオンラインプレイについ力が入り、自然と笑みが溢れる。

ジャージ姿の33歳、管理職。

束の間の幸せであった。

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