第3話


 ──魚座。

 美の女神ヴィーナスとその子供キューピッドが二匹の魚に変身し、しっぽをリボンで結んだ姿の星座。



「伯父さんの家、久しぶりやな。彩世は高校時代住んでたけん、懐かしいやろ。このあたり覚えてるか?」 

 今日はお盆。家族で親戚の集まりへ行く。

 父の運転する車はゆるやかな一本道を走っている。道はきれいに舗装されていたけど、どこまでも面影おもかげはあった。

 十代を懐かしいと思えるほど私は歳を取っていない。それよりも蒼のタトゥーの意味を、魚座の神話とからめることに興味があった。

「彩世……そろそろ着くぞ」

 父の言葉に胸がドキンと鳴った。


 

 夏の日暮れは遅い。

 車から降りると、午後四時だというのに陽射しが強くて目を細めた。

 青い空と海。

 ここは何ひとつ変わっていないと思う。

 私たちの到着に気づいて、いとこの子供がふたり駆け寄って来た。

 蒼のお姉さんの子供たちだ。

 来実くるみ夏実なつみ。双子の女の子で、確か小学三年生のはず。

 五歳の弟・和海かずみは甘えん坊だからママと一緒にいるのだろう。


 双子に手を引かれリビングへ入ると、伯父と伯母が嬉しそうに笑顔で迎えてくれた。それぞれの親戚も来ている。

 伯父さんたちは白髪が増え、目鼻立ち以外にも似てきた箇所を発見した。年々、血のつながりが深まるのは不思議だ。

 蒼の姉・優希ゆうきは笑いながら甘夏あまなつを食べていて、和海はずっとママにしがみついてる。

「まずはおじいちゃんたちにお参りしなさい」

 挨拶もそこそこに、母が私を仏壇のある客間へうながした。

 広めの和室には長テーブルがあり、今夜会食をする準備がしてある。

 以前使用していた私の桜色の茶碗が置かれているのを見て、そこで初めて強烈な懐かしさが込み上げてきた。

 私がここにいたという痕跡こんせきだった。


 

「あの写真がママのおじいちゃんとおばあちゃんよ……」

 並んだ遺影いえいを指差しながら、優希が息子にヒソヒソ声で教える。早くに亡くなった曾祖父母のことを和海は知らない。

「死んじゃったの?」

「そうよ。亡くなったらね、寂しくないようにあそこに写真を飾っておくの。みんなと一緒にいられるようにね」

「死んだらどうなるの?」

 都会っ子の和海の質問に、優希が標準語で答えている。

「え、えっとぉ、死んだら……そうね、たぶん」

「和海、死んだら、灰や!」

 優希がムッとした顔で振り向くと、頬の赤い伯父(優希の父)が立っていた。昼間からお酒を飲んでいい感じに仕上がっている。


「ちょっとお父さん! そんなこと教えたら和海が怖がるでしょ。そうじゃなくても霊感持ちなのにー。お母さーん、お父さん何とかして」

 優希を怒らせると大変と、伯父はそそくさと逃げていった。伯母が入れ替わりでやって来る。

「はいはい。和海、今も幽霊見るん? かわいそうに」

 おとなしい和海を伯母が抱く。

「今は嫌がられるのが分かって、他人ひとがいるところでは言わなくなったけどね。でもさ、この前ママ友の家に行ったとき何からしくて困ったわ。玄関でいきなり泣き出すんだもん」

「……去年は自動車の塗り絵、一心不乱に全部に塗りつぶしてたな。あの塗り絵くれた人、交通事故で亡くなったんやろ」

 和海の背中を、伯母が静かにでている。きっと幸福を願う小さな魔法をかけているのだ。



「人は死んだらな、和海。夜空の星になるんで」

 ふいに背中で優しい声が聞こえた。──蒼だ。

「蒼にいちゃん!」

 和海が嬉しそうに瞳をキラキラさせた。

 蒼が和海の目線までしゃがみ込んだ。和海は小首をかしげ問う。

「……みんな星になるの?」

「ものすごく良いことをした人と、ものすごく悪いことをした人が星になる。みんなが忘れんように」

「悪い人もなれるの?」

 蒼が和海の頭をなでる。

「ああ。だけど星を見るたび、あの人が悪いことをしたとずっと言われるんや。永遠に……いややろ? だけん、和海はいいことをするようにな」

 蒼は昔みたいに私に微笑んでくれた。白い長袖のTシャツを着てたから、タトゥーは見えなかった。



「それなら、お前は悪い星やな。大学は喧嘩で辞めて、帰ってきたかと思えばタトゥー彫ってイキって。酒ばっかり飲んで、真面目な職にもつかん。ちゃんと働かんか」

 いつの間にか伯父がまたこちらに来ていた。手には缶ビール。

「ちょっと、お父さん。噛みつくのは今日はやめよ。蒼はちゃんと働きよんよ。酒好きはお父さん似やろ。……ほら蒼、あんたは向こう手伝ってきて」

 伯母がふたりの間に入り急かした。


「ママー、ジュース飲みたいー」

 その時、双子が勢いよく駆け込んできた。

「あ、そう言えば、ジュース買ってなかったわ。ふたりともごめんね。これから買ってくる。ねぇ、蒼。あんた、下のコンビニまで行ってよ。ふたりも一緒に選んで来たら。和海はどうする? あーそう。じゃあ、和海はオレンジジュースで。あとお茶も二、三本お願いね」


 和海はママに抱きついて離れない。

 優希はコアラみたいな息子を抱えたまま、バッグの中から財布を取り出そうとする。それを蒼が制すというが平和だった。

「重いけん、彩世も一緒に行ってあげよー」

 母がキッチンから叫んだ。

 私は蒼を見た。

 彼は子供たちを見ながら「行こうか」と言った。

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