第2話


「蒼ちゃんはモテるやろ。うちの家系では一番のイケメンかもしれん。お父さんも自分ではモテたっち言うけど……あれはウソやわ。はい」

 横浜みやげの肉まんにかぶりつく私に、母が醤油を渡してきた。

「お母さん、肉まんにお醤油つけるのは西の文化なんよ。これは横浜中華街のやけん、いらん。他県よその肉まんはお醤油かけないの」

「なんで美味しいやん」

「そやけど」

 お盆休みが取れたため、私は両親と久しぶりに大分へ帰省中だ。

 大学は二年前に無事卒業して、今は横浜の百貨店で勤務している。


「明日彩世に会えるの、姉さんたち楽しみにしてたよ。なんかな……蒼ちゃんが最近、何にも話してくれんみたいで心配しよんのよ。ほら、タトゥー入れて東京から帰ってきたやん。あれ以来、伯父さんと仲悪くてまともに口聞いてないらしいで。バーで働きよんのも気に入らんみたい。あんたから、ちょっと蒼ちゃんに言ってあげよ」

 姉さんとは母の姉だ。蒼の母親。

 明日はお盆恒例、親戚の集まりがある。

 蒼と会うのはいつぶりだろう。

 私はそのタトゥーを見たことがなかった。


「私が何を言うん? 蒼は人の言うこと、素直に従うタイプじゃないよ」

 肉まんに醤油を慎重にたらしながら私は言った。

「いや、それはお母さんも分かっちょん。でも伯父さんたちの気持ちも考えてみよ? 家業のお寿司屋を継いでもらえるかと思ったら、腕にタトゥー入れた不良息子が帰ってきて。親としてはびっくりやわ」

「不良って……タトゥーくらい、今の時代別に驚かんやろ。仕事だってしてるし。逆に蒼の気持ちを尊重してあげればいいやん」


 強気でそう言ったものの、何となく気になって私は聞いた。

「どんなタトゥーなん?」

 母は自分の左腕の肘下を見やった。

「ここら辺かなぁ。手のひらくらいの大きさでな。魚が何匹か……姉さんの話ではその中に星がひとつ隠れちょんみたい。一番星? 一番星っち何なん?」

 自分で言って私に聞く母。

「何って言われても、ちょっと検索してみるわ。……夕方の空に最初に輝き出す星、だって。ロマンティックやな」

 母は伏し目がちの顔になった。

「彩ちゃん……魚と星って、もしかして魚座のことやろか。あんた、魚座やろ。お母さん思ったんやけど……昔から蒼ちゃん、あんたのこと」


「ちょ……ちょっと。何言い出すの、やめて。しかも魚座は私じゃなくてお父さんだから。同じ二月生まれでも、私は水瓶座!」

 思いっきり、かぶりを振る私。キョトンとする母。

「魚座はお父さんやった? あーごめん、間違ったわ。まさかうちのお父さんの星座を腕に彫るわけないしな」

「ありえんわ」

「蒼ちゃん、星座、間違ったんかな」

 なんでよ。突拍子もない母の発言に焦る。


「だって蒼ちゃん、子供の頃ずっと彩世のこと好きやったんよ。ふたり仲良かったし。それに……いとこは結婚出来るんで」

 思い出したように母が変なことを言うから私は固まった。

「いとことか近すぎて無理やわ」

 早口で言う。

 ちょうどタイミングよく、男友達の三木みきから電話が入った。

「電話、自分の部屋で出るけん。お風呂最後でいい」

 スマホを持って、私は自分の部屋へ向かった。



「彩世、久しぶりやなー。元気やった?」

「三木くん、久しぶり。私は元気で。もしかして里沙ちゃんから私のこと聞いたん?」

 彼は高校時代の同級生だ。

「東京の人になったんかと思ったら、真剣しんけん大分弁やん」

「大分に帰ったら一瞬で切り替われるんよ。方言混ざるけど。しかも東京じゃなくて横浜だから。みんな東京っち言う」

 こっちの人たちは、神奈川と東京と千葉TDRをなぜかひとくくりにする。地方あるある。私は楽しくなってクスクス笑った。

「なあ、いつまでおるん? よかったら近々ふたりで会わん?」

 ここ数年の記憶を急いでかき集める。

「ふたりで? だって、あれ? 三木くん、橋本さんと今も付き合ってるよね?」

「ん……やけど、なんか問題ある?」


 女好きな男は理屈がない。

 無邪気すぎる返答に一瞬呆れた。でも帰省中、誰とも会う約束なんてなかった。ちょっとくらいご飯食べに行ってもいいかなと思ってしまう。

「あーそうだね……」

 その時、スマホから着信音。画面を見ると鈴井美月の名前だった。

「ごめん、三木くん。また連絡する」

 そう言って私は美月に電話を切り換えた。


「美月、久しぶりやんー」

 テンション高めにそう言うと、美月は相変わらずのクールボイスで「彩世、なまってるよ」と言った。

「いいじゃん」

「いいけど」

 美月は時々、不思議な勘が働くようだ。

 私が蒼と関わるときは必ず連絡をよこす。会うなんて誰にも言ってないのに。

 きっとまだ蒼のことを想っているのだ。片時も。

 祈るように想ってるから、無意識層のレールを通じ居場所に交わることが出来る。

 

「明日、蒼に会うよ」

 美月はハッとするような息づかいをした。

「別に……もう蒼くんとは、終わってるから。私の用事はね、彩世が真面目にやってるかなの確認」

 なんだそれ。

「いつも真面目ですけどー。美月、時々保護者みたいなこと言うよね。私、頑張って働いてますし。今、実家」

 それならいいらしい。あっそ。

「明日……蒼くんに会ったら、きちんと謝ってお礼言うんだよ。お別れの日も彩世、空港に来なかったから」


 美月は蒼のことが好きで好きで、今もまだ忘れていない。

 それなのに遠い日を思い出しながら私に言った。

「あの日、蒼くんから言われたの……彩世のことを頼むって。蒼くんが気にかけてるのはいつでも彩世のことなんだよ」 

 母にしろ、美月にしろ、今日は私と蒼をくっつけようとする人ばかり。みんな勘違いしている。

 少しして電話を切った。もう三木のことは忘れていた。

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