壮年と少女

@tan_moroboshi

壮年と少女

 白髪まじりの男は すべてに嫌気がさしていた。


 ──何食わぬ顔で不貞を働く女房にも

 ──自分の父親をゴミのように見下す娘にも

 ──傲慢で怠惰な政府にも


 そして、

 無責任なこの国の連中と、

 無気力な自分に対しても。


 男はふらりと入ったバーの片隅で

 その一杯を飲み干したら、

 己の人生にケリをつけるつもりだった。


 そんな彼に 声をかけたのは、

 ひとりの少女。


 少女のみだらな誘いに つい──

 男は埃まみれの、

 さびついた良心を引っ張り出した。


『もっと自分を大切にすることだ』男は諭した。

『おじさんはそうしてるの?』少女が言った。

『男のことしか頭にないのか?』と彼。

『だって、世界には男と女しかいないもの』と彼女。

『きみはもっと陽の当たる世界を知るべきだ』男が言うと、

『人生の半分は夜よ』少女は答えた。


 男はほとほと困り果て、ため息をもらす。

 すると少女は唐突に、言った。


──ねえ、おじさん……

──もしかして、死に場所を探してる?


 男が両目をぱちくりさせていると

 少女はさらに言った。


──わかるの……あたしと同じにおいがするもの。


 長い静寂がふたりを包み、やがて、

 男は苦笑し、少女は微笑した。


『きみは天使か……それとも死に神か』男は尋ねた。


 あら、そんなこと──

 と、少女は笑顔で答えた。


『おじさんが決めればいいじゃない』


 人生にくたびれた男と 明日をも知れぬ少女は、

 つれだってバーをあとにすると 二度とは戻らなかった。

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