第82話 強襲と制圧
第一侵源地から真北へと進むと、三日月湖がある。
そこを目指して、しかし様々に偽装をしながら、黒衣に身を包んだ者たちが集まって来ていた。
狩人小屋と木こりの居留地以外に何もない場所だったが…… その居留地が黒衣共のアジトとなっていたのだ。
そこは深い森の中、様々に偽装を施さずとも潜むにはうってつけで、地下には水中洞窟もある。
大きめの湖の四ヵ所に見張りがおり、敵が来るならばそういった洞窟に待機させていた魔物が襲いかかるように仕立ててあった。
既に危険な
「まったく…… あの女の身体も気に入っていたのに、無理に移動したからもう乗っ取れないだろうな……」
大剣を地面に突き刺して寄り掛かる
傷口に青い液体が流れ、表面は治っていく。
しかし、タズマの治癒魔法ほどの完全な癒しには至らない。
「奴はどうにか先に引き込むか仕止めておきたいな。まぁ、まずは掻き消された
シーヴァの身体に乗り移った"女"…… いや、"クドラク"は、徐々に集まる部下たちに違和感を覚えて見回した。
数が合わない、いや足りない。
アーマトに潜んでいたのは怪我人を騙し操るか、魔物に殺された死体を利用するためだった。
今ここにはその死体を利用して作った『黒人形』が集結しつつあるのだが…… 先程の戦いで『素体』は全滅。
処分してしまうつもりだったからいいものの、それ以外の先に逃がした者共がいない。
黒人形は全部で26体。
今、ここにいるのは17体、何をもたついているのか。
それとも、バラけさせた集団が何かの障害を受けているのか。
「
訊かれて、何体かのそれがざわめく。
黒人形たちに、意識はほぼない。
指示を受け、それを実行し、体験は事実をまとめた箇条書きのように圧縮されてクドラクへと『
「ふむ、弓使いは仕留めたか。それからこちらに向かう…… コースを逸れて、何処に向かっている? もうここに居るだろうお前らは?」
タズマの大魔法が発動した。
「
《ギッ……チィイイィィ……》
魔法の
近くに侍らせていた魔法使いらしき女も身体を氷の柱と化して、その冷却の余波がクドラクの足をも地面に縛り付ける。
その場に満ちた冷気は空気を白く濁らせた。
その余波を越えて、タズマとプチ、キィクが現れる。
「く、どうやって警戒をくぐって…… そうか、幻惑系統か?」
「毎月、大賢者のばぁさんに仕込まれてたからね……」
タズマたちはここまで進む空から、同じ方向に進む黒人形を数体見付けていた。
それを最大距離からキィクが幻惑系統の魔法で迷わせて、周囲から孤立したのを見計らい制圧。
装備からトットールを襲ったとおぼしき集団だったが、偽装した魔物に引かせた
黒人形を倒したことで、それが不気味な『
把握したので、通りすがり孤立していた5体の黒人形を壊さぬように制圧している。
荷物として連れてきた幻惑状態のままの黒人形は先ほど解放し、クドラクが記憶を読んで、今に至る。
「クッ、ここに居ていいのか、あの弓使いが死ぬぞ?」
《ガツッガガッ》
クドラクの足元に、氷を割って矢が突き立つ。
大弓ではなく短弓での矢だったが、それは狙い違わず三角を描き。
《カッ》
「ぎぎぎぃっ!?」
瞬間、電撃麻痺の魔石が効能を発揮する。
その隙に、プチが接近しシーヴァの大剣を蹴り飛ばし奪った。
「があっ、くっそ、弓使いっ!? お前、死んでただろ!」
「シーヴァさんのお顔でその言葉遣いはタズマを困らせるだけだな。早く取り戻そう」
「ミズ・トバークの時と同じように…… 制圧します!」
水系統の魔法に弱いのはわかっている。
タズマはまた大魔法を組み上げようとしていた。
「舐めるな小僧どもがぁっ!」
《ビュルン、グリュ、ビキビキッ、ビュルッ》
黒い粘液がクドラクの足元から競り上がり、氷を割って伸びて…… しかしタズマに届く前に水の魔法が降り注ぐ。
《バシャバシャッ、ジュバァッ》
「上から!?」
クドラクが視線を上げると、ユルギが舞っていた。
その足の装備は青色の輝き。
マニルの腕パーツだった。
「マスター、遠隔援護も勉強しますた♡」
以前タズマにツッコミされてから、わざと噛むのがマニルの中で流行っているらしいが今は誰もツッコミはしない。
空気を読めない鎧は、でもめげずにタズマの呪文を復唱する。
中級の水系統の魔法を自らの身体と化して。
「ううっ、捕まえたぁっ!」
マニルだけで【
「ごぼっ、がぼぁっ!?」
その時、周囲に散らばっていた黒人形の数体が駆けつけ、ユルギへと弓を射掛けた。
寸前ユルギは気付いて回避するが、その動きにクドラクが変貌する。
シーヴァの身体は変貌できると思い出したのか。
「ぐるぁっ!」
しかしそれは読み通り。
「開けページを……『
「魔法使いっ!?」
変貌した地面から、ファンシーな『キノコ』が山のように飛び出してクドラクを
それを殴り引き裂き、クドラクは進もうとしてグラついた。
「な、んだ!?」
幻覚作用のある『幻想茸』の胞子を吸い込んで、クドラクがよろけた。
その間にプチとユルギ、トットールによって3体の黒人形が制圧されている。
そうして、タズマの魔法は完成した。
「【
「がぼ、ぐばっ」
《ジュウゥゥゥッ……》
マニルに水の腕で退路を断たれ、動きを鈍らされ、タズマの魔法で制圧…… 今できるコンビネーションを重ねた結果、クドラクは水の
掻き集めていた粘液生物が水に殺されていく。
元から魔力回路のないシーヴァの身体はもう限界だ。
クドラクが生きる肉体に入り込むためには、身体に刻み込まれた回路の隙間に自分の情報を集める必要がある。
元々そのスペースがないシーヴァは仮の宿主のつもりだった。
だが犬耳の魅力が棄てがたかった。
なら、最後にあのタズマだけでも……。
「ごぼっ、おぼぅ、がぼっ……」
水の中、潰される身体と意識を抱えながら、クドラクは仕掛けを残して――。
☆
周辺から魔物が凶暴化して現れたのは、タズマが魔法を完成させた直後だった。
「く、魔物に紛れて逃げるつもりか」
「任せてもらえるかな。阻むのは得意だから」
キィクは展開したままの空間に、巨大な白い城壁を産み出し、魔物の群れを『押し返し』た。
「はぁ、『転生者』には驚かされてばかりだ」
壁を乗り越えようとする黒いムカデや、真っ黒なクモはトットールがぼやきつつも射落としていく。
これが最後の悪あがきなのか、勢いはなかった。
周辺の魔物も、諦めたのか散り散りに去っていく。
「――キィク、魔法を、解くから」
「わかった。プチさん、ユルギさん、手伝って」
「うん」
「あーい」
クドラクの濃厚な気配が消えたので、タズマは慎重に探索を繰り返しつつ魔法を解除していった。
レースに飾られた上着、アームカバーもスカートもボロボロ。
シーヴァの白い美脚を包むニーハイも、靴も傷だらけ。
自分でデザインしたというこの衣裳を、こんなにしてしまって……。
タズマはシーヴァの近くに腰を下ろすと、すぐに回復を始める。
「ご主人、気を付けて」
と、その隣に膝立って、甘えるように頬擦りしてるプチと、降り立ったはいいがマニルの腕パーツを嫌がって外そうともがくユルギ。
「うん、でも、シーヴァを治すことが大事だから……」
ここまで想われてるのに、あのイヌは、と、プチは嫉妬で拳を握る。
タズマからしてみれば年上の女、その筈なのだけれど、ペットの犬の相手をしているスタンスはそのまま、そして関係は主人とメイド…… そんな不思議な関係に、男女の気分にはなれていなかった。
だが、いつもよりも強く、深く心配をしたからか。
いきなり色気のある目線とはならなかったが、タズマの態度はまったく変わったとプチは感じていた。
(明確に一番気になってる、って言ってるじゃん)
ズキズキと胸がいたくて、プチは目線を落とした。
――それが合図ではなかろうが。
クドラクが、シーヴァに仕掛けた
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