第83話 魔法の言葉




 周囲の騒がしさの中、シーヴァの髪…… ボンネットと毛の間に紛れていたクドラクのしもべ粘液体スライムが言葉を送り込む。

 大きな耳に囁かれた、小さな言葉はタズマの声。



『目の前の男は敵だ、頼むぞシーヴァ』



 それはタズマの顔のまぼろしさえまとっていた。

 そして、視覚に掛かった魔法はそのまま本物のタズマを、小柄な汚ならしい男に見せる。


 必殺となるノドを白く光らせ、一際ひときわ注目させて……。



『今が最後のチャンスだ』



 そう誘導を畳み掛けた。


 深い森の中、キィクの作った壁が周囲を巡り、魔物のざわめきがひっきりなしで。

 タズマにその声は届かない。



「ぃやぁっ!」



 タズマのためと、虚ろな感覚のまま動作は素早くその爪を振り抜くシーヴァ、危険なその瞬間、タズマは一言。



『伏せっ!』



 そう叫んだ。



「きゃいん」


「あっ。シーヴァ、気が付いたの?」


「犬、爪伸びてる。あっぶなーい」



 ノンキな顔の二人はともかく、タズマもシーヴァもビックリしつつ緊張は解けない。


 一瞬でも遅れたら危なかった…… シーヴァが気に病むようなコトがなくて良かった。

 この声は、ホンモノ…… 反応できて良かった。


 お互いにそう想い合う二人が似た顔つきになっていたので、キィクが吹き出す。



「ふふっ、今の、タズマの魔法の言葉かな」


「あ、うん。昔…… シーヴァに言っていたから無意識でも反応してくれるんじゃないかなぁ、と思ってさ」


「確証なかったの?」



 タズマは首を振って、シーヴァに笑いかけた。



「シーヴァなら、きっと出来る。そう信じていたから」


「ご主人様ぁ…… ごめんなさい…… 今、ご主人様だってわからないまま傷付けそうに、爪、爪をっ……」


「大丈夫。どこも怪我してない。それに、言っただろ」



 地面に手足を引いて丸まったシーヴァの肩を掴み起こして、タズマは続ける。



「シーヴァたちが俺を守って、俺がシーヴァたちを守るんだって」


「う、うわんっ♡」



 まだ見た目が小柄な男に見えているが、匂いや声で理解したホンモノのタズマにシーヴァは飛び付いた。

 髪止めのボンネットがほどけ、そして耳に、髪に涙が飛び散る。


 その瞬間、スライムの残りの一体が消滅した。


 ギリギリの辛勝、だが、ちゃんとシーヴァを取り返すことは叶った。

 後は…… まだ壁で押し止めている魔物たちだ。



「ごめんタズマ、いっぺんに変化させるの難しいんだ。今出してる壁の向こう側は、ベタベタの壁とネズミ返しのギザギザがあるからそんなに来れないようになってるけど」


「はは、さすがはキィク。籠城用の構えだね」


「引きこもるアイデアは実体験から多いんだよ」



 それは胸を張るコトではないが。

 そうやって耐えてもらいながら、タズマは体勢を立て直す。

 己の役目として来た『回復』を使って。



「待ってて。今、全部治すから」


「ご主人様だって、お怪我をしていますっ」


「俺はいいんだ。シーヴァのが先」


「ご主人様ぁ……♡」



 タズマはマニルの各部位に貯めておいた魔力リソースを自分に戻して仲間の傷を優先して治し、癒し…… そこで力尽きた。

 後はポーションでジワジワと魔力回復をするしかない。



「うう、もうちょい、なのに。働かなくちゃ……」


「いや、タズマは休んでいてくれ。後は私たちの仕事だよ」


「僕も、少し休んだら参戦します……」



 周囲の魔物の侵攻を食い止めていたキィクも疲れており、なお魔物の群れは百体近い。

 ただし、仲間たちの『士気』は満ちていた。



「シーヴァ、プチ、ユルギ。こっちに」


「ご主人、座っててよ」


「あるじ、後でウチが運ぶから、寝てていいよ?」



 そう気を配る仲間に、タズマは笑いかける。

 そしてポーションを使って回復した、わずかな魔力をこのスキルに注いだ。



「『支配者の祝福ブラッシングオブザルーラー』……みんな、後少し頑張ってくれ」



 タズマは女性陣三人に向けて放ったつもりが、キィクもトットールも有効範囲に入っていて、その光が呼応こおうし膨らみ……。



「うお、これがタズマのスキル……!」


「なになに、なんで発動してんの、僕も?」



 そう、二人にもスキルが発動したのだ。


 それは有効範囲だからではなく、条件を満たしていたからではあるのだが。

 今は術者であるタズマが気力を使い果たし、プチに支えられ気を失っているので誰にも何もわからぬまま。


 しかし、接近戦要員全員が全力を出せるコンディションになっていたので、やることは一つである。



「どうやら身体能力やスキル性能を強化するというスキルだね。何がトリガーなのかは不明だが…… ここを乗り越え、後で検証でもしてもらおうか」


「身体能力だけじゃなく、魔法の強化もアリですね、コレ…… やっぱりスゴいよタズマは」



 銀色の光を纏って、男性二人もうなずきあった。

 キィクもわずかに回復した魔力を操り、自分のスキルを強化する。


 金色に光るプチとユルギと、虹色に輝くシーヴァが身構えた。


 先ほどまで揺らいでいた壁に、新たに柱が加わって振動が消える。

 正面の壁には門が浮かび、キィクは仲間を見回した。



「準備はいいかい?」


「いつでも」


「どうぞ」


「全部倒す」


「ドッカンドッカンするよ~☆」



 そして第二ラウンドは、一方的に終了した。


 門から真っ直ぐユルギが飛び出し、右をシーヴァ、左をプチがなぎ倒す。

 残った魔物にはキィクが土の中級魔法でトドメを刺し、遠距離の敵には壁に登ったトットールが矢を速射して倒し続けて。


 ものの五分で、魔物は全て殲滅された。




 周囲の殲滅後の索敵と、狩人の居留地に残された危険物の監視に仲間たちが右往左往している時、タズマは夢を見ていた。


 前世の子供の頃、出会ったばかりのシーヴァの姿。

 それと、今の屋敷に初めて訪れたシーヴァの姿。

 日々、頼もしく強く、カッコよくなる彼女を。


 いつしか女の人として意識して。


 今、愛しく思って抱き締めたいと、夢に見ていた。


 ただし、その夢も無粋に中断される。



 【目標撃破数達成。スキルがレベルアップしました】



「うわあ」



 いつしか聞いたあの声に跳ね起き、跳ね飛ばされ倒れる。

 正確には、膝枕から跳ね起きて、起きた先に屈んでいたシーヴァの胸があり跳ね返されてまた寝転がった。


 どっちもクッション機能が素晴らしくてダメージはない。



「お目覚めですか、ご主人様」


「あっ、うん、ゴメン、今起きるから……」


「もう少し、このまま…… 寝ていてください」


「はむぅ」



 胸に抑え込まれ、タズマは身動きを封じられた。

 シーヴァがどんな顔をしているのかは、見えない。

 だが、微笑んでいるのだろう、タズマは疑わずそう思った。



「寝てろって…… 魔物はどうなったの?」


「殲滅完了です。ただ、あの魔術師は逃げている可能性が高いかと」



 乗っ取られている意識の中で、夢を見ているようだったその記憶。

 シーヴァはクドラクの意識を少しだけ、覗き込んでしまった。



「クドラク、自分の名前すら忘れたあの魔術師は、他の拠点を目指している、と思います」



 生き残った(?)黒人形を使って、どうやら東へと逃れた…… そんなイメージはかすかにシーヴァも共有していて、しかしそれが最後の意識。


 その先は全くわからなかった。



「いいさ。シーヴァが無事なら」


「申し訳ありませんでした…… 私のせいで、こんなに消耗させることに……」


「いや、誰が連れ去られていても追いかけたし…… それに、シーヴァ。君が危険な目に遭っているのはとても嫌なんだ」



 顔が見えないのをいいことに、タズマはシーヴァに心を告げようとしていた。

 が。


 視線が集まっているのを、周囲の無言に感じとる。



「……なんでこっち見てるのさ」


「あっ、オカマイナク」


「ドウゾドウゾ、続けて」



 女性陣からは無言のジト目、男性陣からは生暖かいエールを受けて、告白者は起きた。

 少しだけ悔しそうにするタズマ、その顔にシーヴァも笑うのだった。




 ☆




 黒衣の者共への攻勢としては、大成功を成し遂げたと言って差し支えない。

 剣星にそう評価され、一向はそのまま王都へと帰還する。


 残るイザコザやらは現地の貴族に夫が丸投げしたとヘルートが頭を抱えていたので、まぁ問題はないのだろう。


 しかし、不穏な気配はまだ残る。

 何より、最初にアーマトで見せた魔物の凶悪化……『魔獣化』には、誰もが恐怖を感じていた。



 原因であるクドラク本体も、まだ見つかってはいない。


 仮の宿主としていた女の身柄を拘束しても、タズマたちには平穏とは言い難い状況に陥っている。



「もう後手に回るのは、ごめんだぞ……」



 タズマは、わずかに残る怒りを持って、クドラクを追い詰める手段を考え始めていた。



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