第81話 刺 深く




 タズマが大魔法を解除すると、女は気絶したままだったので怪物から引き離し、拘束した。


 魔力を使えなくする道具もあったのでそれを使う。

 怪物は、死んでいた。

 元から死んでいたかも知れないから、と回復した剣星が何度かトドメを刺していたが、それで効果があるかはわからない。



「逃走していった数人の追跡と、周囲の警戒をトットールさんに頼んでいたのですが」


「戻ってこん、というコトは、何かと遭遇したんじゃろうな」



 剣星も彼の実力を知っているため、その生存は疑っていなかった。

 しかし、彼をもって足止めされる敵とは?

 後処理をしながら、彼らは思考を淀ませてしまう。



「……あれ、シーヴァ?」



 いつも後ろに控えている、メイドが居ない。


 その事に気付くと、タズマの心は一気に冷えていった。




 ☆




 一方、排水路の出口でタズマと別れたトットールは。


 タズマが確認した敵戦力、二方向に散らばったそいつらを追撃するべく、読み通りならオトリらしき少数を任され、海岸を駆けていた。


 数は五人、後姿からは何もわからないが……。



「止まれ、応じなければ射抜く!」



 生まれ育ちの良い彼は、無抵抗の人間の相手をしたことがなかった。

 故に、遅れを取ってしまった。



「待てと、言ってい……」



 海岸の石畳が、裂けて跳ねる。

 大トカゲの魔物がトットールの乗っていた場所を突き上げて、大柄な体格ながら宙を舞う。

 近くに潜んでいた射手が四人、クロスボウを構えているのを認めた後、弾体ボルトの強力な衝撃に彼は意識を奪われた。




 ☆




 トットールがモヤモヤと霞む視線を胸元へと巡らせると、かざされた手のひらから温かな力が注がれていくのを感じ、意識をハッキリとさせていくコトができた。



「う、ぐぅっ、すまない、タズマ君…… に、逃げられてしまった、よ。ごふ、ごふっ……」


「喋らないでください。ノドの傷はあと少しズレていたら、遅かったら…… 危なかったんですから」



 相手が一体何人か、沈黙の最中に考え纏めて、トットールはタズマへもたらすべき情報を整理して。

 今更だが、このチームの中心がタズマだと、剣星の力が減少する前からかなめになっていたのだと、噛み締めていた。



「――いいですよ、動けますか?」


「ありがとうタズマ。曖昧だけど、確かなトコロを共有したい」



 へルートから水筒を受け取り、飲み干しながらタズマを見つめた。

 ひとつひとつ、組み上げなくてはならない謎がある。



「あの黒衣たちは、誰も彼もが同じ目的への行動が…… 軍隊というより、意識を統一されてるみたいだった。不意打ちされた言い訳にしか聞こえないかもだけどね。あれは操られている」


「本体と思われた女を捕らえたはずなのに、他の奴らはそのまま逃げた…… そして、シーヴァが行方不明、です」



 その言葉に、トットールも一瞬息を飲み…… タズマの内心を計って、なお自分を回復してくれていたのだと思うと言葉に詰まる。


 しかし、タズマはまだ諦めてもいなかった。



「方向は―― わかるんです」


「えっ、それは?」


「俺のスキル、使った相手が感知出来るんですよ。ただ、ここを、仲間を置いて飛び出すワケにはいかないから……」



 今にも飛んで行きそうな心を、小さな手を、トットールは掴んで言った。



「行こう。手伝うよ。君の大切な家族を離してはいけない。離させはしない、取り戻そう」


「相変わらず、熱量が高いのう。死にかけても治らんか」


「一緒に行くつもりだったくせに、剣星さまは口が悪いままですよね」


「すみません、剣星さま。こちらは……」


「いいから、行け。タズマ殿のチームは自由だ。ここは儂が任された」



 時間は、約一刻30分―― タズマの魔法で飛ぶなら、追い付けるかも知れない。

 そんな切羽詰まった状況に、仲間の視線は不思議と暖かく、タズマを信じていた。



「シーヴァ、どうか無事でいてくれ……!」




 ☆




 シーヴァは、自分が何をしているのかわからなかった。

 気力を振り絞り、大剣にもたれていたはず……。

 いや、なぜそこまで消耗したのだったか。


 なぜ、こんな場所を進むのか。


 既に身体は亜人の姿に戻っているのに、服を整える気にはならない。


 自分にはなかった魔力を内側に感じるが、その意味を考えられないのだ。



「吹きつける風に、逆らう方がおかしいのさ……」



 自分の口から出てくる他人の声に、なぜか心が穏やかになった気がして、どうやったら身体が動くのかすらわからない泥のような眠りについていった。



「いいコだ。犬はしつけ肝心かんじんだよなぁ」



 吹き込まれた認識に油断して、シーヴァは身体を乗っ取られていた。

 黒い粘液の一粒が耳元でタズマの声を模した一言―― それがシーヴァを惑わせる切っ掛けだった。


 考える気力は尽きていて、乗っ取るに丁度良かったのが災いした。


 淀んだシーヴァの意識を、知識を吸収して、タズマのコトを""は学ぶ。

 タズマという危険を…… まだ小さな力の内に消しておくべき敵だと認識を改め。


 出口の見えない森を、それはシーヴァの獣の感覚を使って進んだ……。




 ☆




「持ってきた小型船ボートが、また役立つね」


「ごめんなさい、あるじ……」


「すみません、ご主人……」


「いいから。今までと同じようにしていて。でないと、俺が不安になっちゃうからさ。謝るのは、シーヴァを助けた後でね」



 風を受けて進む中、気を回して明るくキィクが話し掛け、シーヴァが何処かへ進むのを見逃したユルギが謝り、シーヴァの痕跡を追えなかったプチが謝っていた。


 そして、タズマがさらに気を配るのだった。


 しかし、語感に疲れを感じ、プチもユルギも黙りこむ。



「誰も悪くはない。相手が一枚上手だった」



 トットールの言葉もあまり響いてはいなかった。

 しかし、タズマもわかってはいる。



「みんなが力の限り頑張っていた。意味のないコトなんてない。シーヴァを一刻も早く、助けよう」


「はい」


「うんっ」



 ちょっとだけ、今の空気を読んで笑った。


 そのタズマを、プチは慰めたくて堪え震えて。


 最悪の状況を考えて怖がるタズマを本能的に察知して、抱き締めたくなったユルギも我慢に震えていた。



 先の戦闘の後始末は剣星とへルートの夫婦に任せ、一行は空を北へと飛んでいく。


 何人かの黒い影が、別方向へと進むのも見えたが無視してシーヴァのみを追いかける。



「あんなヤツに、シーヴァを渡すものか…… 唯一人なんだ、代わりなんていない……」



 タズマの心の本音は、怒りと恐怖と焦燥感に押し出され口に登る。

 難しいことは、何もなかった。


 考えなくても、彼の元に一番乗りした彼女が…… 本能のままに動いたり、空気を読むのが苦手な彼女が、好きなのだ。


 今思い返しても作法もうろ覚え、言葉遣いもめちゃくちゃだったし、メイドの体を為しているのは格好だけだったシーヴァ。


 そんな彼女も、家族から面白いと言われて笑って、実際に過ごしていく日々が楽しく面白くて、掛け替えのないモノになっていたのだ。



「シーヴァ……」



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