第72話 枯れた少年
大賢者からタズマが紹介された人物『キィク・ガーランド』。
彼は前世、凡庸さを煮詰めたようだと言われて過ごした。
学生時代は友だちも少なく、仲間と呼べる人もなく。
仕事を始めてからは二ヶ月で教えられたことを覚え、しかし教えられていないことはいつまでも考えようとはしなかった。
自発的な行動はなく、与えられたものをこなし、成すべきことを為すだけ、それだけをして生活していた。
それが正しいと学校生活で覚えさせられたのだから、内に募っていく虚無感を無視して生きていた。
その行動が特別視されなかったのは、生産ラインの監督作業員としては全く間違いではないため、仕事場に溶け込んでいたというのもあっただろう。
薄々、己の想像力の欠落にも勘付き、仲間へと語るべき内面の充実がないことに焦り始めていた。
たった一つの趣味であるミニカーを使ったジオラマ造りの間だけ、心が穏やかで居られたのだが。
自身が『面白い』と思えるコトを共有できる友人もないまま、彼は交通事故に因り命を落として、転生しこの世界へと辿り着いた。
☆
大樹の里の中から大賢者さまの紹介してくれた彼は、決して男性的な魅力のある顔立ちでも、精悍なワケでもなかったが、大まかな顔の作りが良いのだろう、とても可愛らしい男の子だった。
ただ、気難しそうでもあり、人を避ける内気な気性がそのまま外見にも表れているようで、眉毛を八の字に歪めて俺たちを見ている。
「初めまして、ガーランドさま。私はタズマ・コトゥラ・ステンラルと申します」
「どうも…… 大まかには伝え聞いてますけど…… 僕は行きませんよ」
「大賢者さまにはとても優秀な
「だからやだよ、めんどうくさい……」
閲覧室で一人、旧態系魔術論という分厚い本を読み耽っていた彼も転生者だ。
大賢者さまからもらった資料によると、前世では北方の国で過ごし働いていたそうなのだが、転生をしてからは孤児として施設内で育ち、しかし今の今まで仲間を作ろうとはせず、この大図書館に入り浸り『魔道具』開発で生計を立てているのだという。
知識に触れて魔法に関わって、しかし彼はどれも受け入れるばかりで能動的にはならなかった。
ただ、俺にとってはどうしてもお知り合いになりたい『
「あの、大賢者さまにはあなたに人生経験をさせて欲しいと言われておりますが…… 私としては、個人的にあなたのコトが知りたいです」
「はっ、はぁっ!?」
「同時に、その才能を活かす場所が、私の故郷にあるのでお伝えしたかった」
「あっ、何だよ、そういう方向かよ。ビックリさせやがって……」
何だろ、メチャクチャ顔が赤くなってるな…… 赤面症なのかも?
それなら、あんまり感情的になるのも良くないか?
「特に、重要なコトなのです。大陸西の新たな街の話はご存じですか?」
「あぁ、なるほど。名前で気づくべきだった。ステンラル…… 辺境にあって非友好的亜人種族との交渉に成功した男爵。そして、新たに興される街を統治する使命を押し付けられた苦労話は大陸を駆け抜けて聞いてるよ」
俺はその言葉に絶句した…… 資料には世俗については凡人だなどと書かれていたものだから、排他的で我関せずを貫いているものだとばかり。
「……何だよ。僕の顔に何かついてるか?」
「あぁ、いえ、失礼しました。あの、街を作るのにあなたの才能はうってつけではないですか。ですからこの徴兵とは無関係に、あなた個人をスカウトしたいのです」
「やだってば。めんどうくさいって言っただろ」
「そこを何とか」
「それに、僕にとっての利益がない。徴兵にしたって、スカウトにしたって、僕に何をくれるって言うんだ」
「それこそ個人的な話ではありますが…… ジオラマのコトとか」
「……!」
彼の表情に驚きと、興味によって血の気が増した。
資料に
俺もペットのケージのレイアウトにはこだわる派だ…… そして我が魂の祖国日本は、車両や鉄道模型を使ったジオラマの本場だという自負もある。
即座に反感を持たれて拒絶されない…… つまり彼の中で、この話題に飢えているのではないかと反応から理解した。
それならば。
「私は風景を『落とし込む』イメージですが、あなたが構成で注目するのは何ですか?」
「いや…… 表したい素材を中心に突き抜けて『極端』に表現していたよ。僕の題材はみんなミニカーありき、なんだ。写実的にするのはミニカーの周りだけで、概観は常に世の中とはズレてるような…… 例えばスポーツカーに公道、しかも凍った路面を走らせたり、農道を行かせたり…… なんてね」
「ははっ、少しの皮肉ですね。天才かな」
「いや、このくらいの表現者はどこにでもいただろう。あの…… 平和な世界には」
「そうですね…… あ、私の元は日本人で」
「おおおお、鉄道模型かい!?」
「いえ、私の作っていたのはペットの棲みかとする水槽の中のレイアウトとか、親戚や近所から大量に集まったお下がりのプラ○ールで部屋いっぱいに並べて走らせたりとか……」
「アクアリウムも日本は素晴らしいよね!」
趣味については熱くなる…… そういう人間味は、誰にでも確かに存在するモノだ。
そしてその趣味こそが、対人関係の最強ツールなのだとはあんまり知られていない。
趣味は誇っていいんだ。
「懐かしいです。水族館ってこの世界にはないですからね」
「そりゃあ平和でないとそんな発想には至らないよ。僕たちのように元々を知っていても、それを作る余裕がなくては」
「確かに。おもちゃはあっても、遊園地はないです」
「そうなんだよ…… この世界には余裕が無さ過ぎる」
「今作っている街のコンセプトは、亜人種族との共存もそうですが、生産と流通に重きを置いて、誰もが生きるのに必死にならなくてもすむ街なのです。それが叶えば、私が遊んだプラ○ールみたいなおもちゃを作るのも考えたいですね」
ガーランド君はすっかり話に乗ってきて、手元の本を閉じていた。
対話が苦手な天才が埋もれてしまうのは、自分の趣味や情熱を『自分でバカにしてしまう』から…… 俺はそう考えてる。
無意識にそうしてるからか、実際にそう言われるとカテゴライズされたコトを嫌い、自分の気持ちからは目を背ける。
常人とは違う目線が、普通から『はみ出す』のを恐れてしまいがちなのだ…… 不思議なことに。
特殊でありたいのに、凡庸でありたい矛盾。
俺はそんな天才肌のヤツを、前世でも見ていたからわかる…… 同い年の後輩、チアキがそうだった。
彼の場合はこの『亜人種族の里』に暮らしている通り…… 額に角を持つ亜人、
「わかりやすく作られた、かのプラ○ール。そうか。羨ましいな。僕はほとんどを手作りしていたから……」
「思い通りに造り込んでいたのでしょう。逆にその腕前こそが羨ましく思いますよ」
「我が家に、一応手造りの…… 木彫りばかりだけれど故郷の雪の街を再現していたりするのだけど……」
「凄い、見たいです!」
しかし、実際はそんな細かなコトではないのかなとも思う。
カテゴリー分けされたくないのではなく、ただ仲間が欲しいだけなのではないか。
この楽しそうな顔を見ればそれは明らかだ。
俺は彼のような天才じゃないが、凡才なり趣味は近い。
だから彼のような好ましい趣味人が、途方も無い間違いを持って時間と努力を無駄にして欲しくない。
大賢者さまが人間関係は積み重ねだと言ったが、積み重ねる始まりは誰かに手を引かれたっていいはずだ。
その始まりは、ヲタ話だっていい。
「いいだろう、我が家に招待するよ。あ、でもこんな大人数は入れないぞ」
「私だけ行きますよ。楽しみです!」
こうして俺たちは友人となり、気軽に話せる仲になっていった。
ちなみに、
木片とナイフだけで作ったにしては中々、と本人が言う通り、塗装も特殊な表現も何もない木工だ。
趣味と仕事が半々の生活で、しかし前述の通りにこの世界には余裕がない。
細かな作業が出来るような道具が欲しいという希望は…… 俺が叶えてやれるだろうか、伝手はあるけれど。
二つ年上の少年は、翌週から俺たちの一員となった。
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