第71話 最強の剣士の思うこと 天の使いの思うこと
剣星は新たなスキルを掴むべく、王都にある『
全員で大樹の里へと行かなかった理由は剣星自身の大賢者との不仲もあるのだが、単純に自分が戦力外通告を受けている現実に苛立っていたせいだ。
苛立っていた、と言っても少々複雑な内心の動きがある。
かつて最高戦力、最大戦力、世界最高の剣士などと
憧れや尊敬の念で見られているのはくすぐったい。
畏怖の念を感じて身構える相手には優しくなる。
己の成功を嫉むヤツには、なおさら優しくなる。
彼の本質的に『天の邪鬼』な対応ばかりしてきたワケだが、それでも己の強さに自負はあったし、その
「儂の代わりに最大戦力の肩書きを背負ってくれるなら誰でもいい、と思っとったんだがなぁ…… タズマ殿ほどに外見の若いモノではまず喜べなんだ。というより、自分自身がそれをヨシとできんのだなコレは……」
「剣星さま。面白い顔をしてます」
今や新妻となったへルートと共に、剣星は神殿で祈りを捧げていた。
「顔は生まれつきじゃい。あっちの『最大戦力』の代わりを求めての大樹の里訪問チームはあのババアに丸め込まれていないといいんだが……」
「タズマ君なら大丈夫ですよ。余計なコトは今は置いてください。剣星さまは『
「見抜かれておるのぅ。若い尻に敷かれるのは刺激的じゃ。今夜も励もうな?」
「こんな時に……!!」
剣星はおどけて誤魔化すが、
使いすぎると代償として視力を失う。
人一人を見るだけならば次の日やや近視になっている程度で回復もするが、
「甘えるのは夜だけですからねっ」
「はっはっは、わかっとる。お前の素直な気持ちは後で聞こう」
「もうっ。それで、どうなのですか。新たなスキルの
「我が流派だけでいくつのスキルが発生しとると思う。何万人と個別のスキルを組み合わせて新たな技を作っているのだ。個性にあった、思い通りの技を見付けるのは至難の
激おこのフリをするへルートの頭を撫でて、剣星は立ち上がる。
頭上に現れた天の
祈りを止めて、しかし、自分の技量と技の数々に想いを馳せて…… その姿に視線が集まる。
「おおお、剣星さま……」
「剣星さまが戻られた」
「新たな、奥義を求めてか」
「
「また、新たな伝承が始まるのか……」
【我が神は悩める剣士に手を差し伸べるもの……】
周囲のざわめきの隙間に、スルリと言葉が届く。
こんな
「おはようニバルユニオ。上から現れるのは仕方ないが…… お前さんまた痩せたのじゃないか?」
【あら、おじいさんになってしまったあなたから心配されるのは心外だわ。我が神からの命により、祈りを捧げる剣士へと祝福を届けます】
黒いボロ布のようなローブをなびかせ、彼女は
この世界に
ただし、彼女には『戦士たちを高みへと導く』という命令が与えられているために、その背中に翼はない。
自身は神の側に残りたかったらしいが上には逆らえない、中間管理職である。
「その祝福は遥か彼方で
【理解が早くて助かります。応じ
「……また、貧乏クジを引いたのか。お前さん運が悪いの」
【私は天秤なのに……】
元が
【前回のような『魔物のみを駆逐する』というハードルさえなければ、まだ他に選択肢はあったモノを。広範囲攻撃を魔法に頼らず成し遂げようとするその姿勢は、我が神の好むところ。再びの謁見を許可します】
「宜しく頼む。ではへルートや、行ってくるぞい」
剣星は軽く言うが『神との邂逅』とは、それ自体が奇跡だ。
「儂のコトは置いて、外でお茶でもしておると良い」
「いつも見ていますが発想が平和的過ぎます。ご無事を祈っておりますから」
へルートが手を伸ばしたときには、剣星は既に消えていた。
ニバルユニオは緩やかに微笑み、へルートに語る。
【よくあんなのの妻になろうと思ったね】
「そうですね…… まったくもってその通りですが。あの人の背中は、私などでは支えられるかわからない程にいろいろなモノを背負ってきた背中。だからこそ、全身全霊でその横から支えたいのです。愛おしく思い始めたのがいつからというのは、もう遥かに昔で。今も変わらないあの瞳に惹かれたコトしか覚えておりません」
【思っていた五倍のノロケが来たわ…… 暑いわね。神との謁見はしばらくかかるでしょう。本当にお茶でもしてくる?】
「いいえ。こちらで待ちます。私の仲間たちも大賢者様のもとで頑張っているはず…… 私も気を抜くワケには」
知識の宝庫である大樹の里の図書館に住まう『隠者』こと大賢者。
その主義としての『専守防衛』は、そろそろ国からの圧力により終えねばならない。
「
【賢者のコトね。それでもいいのよ。目の前で死の
「大賢者様には、それが叶うと?」
【あの場所に限ってなら、ね】
そんな話を聞かされて、へルートは目を白黒とさせながらニバルユニオを見返した。
しかしそれよりも、大好きな人が頑張っているのだろうコトを思い返し、すぐに神殿の床に
「どうか、やっとそばに居られるようになったあの人に、幸運と栄光を…… どうか……」
その様子に、天使はゆったりと漂いながら微笑み、周囲へと語る。
【ここは
訊かずとも、周囲へと答えるのが天使。
とはいえ、彼女としてみればお馴染みのフレーズを口にし、続けるのも幾度目か。
「おお、神の使者。武技の神は偉大なり……」
広く崇められる
武術は流派により道場や館を持って教えられているのだが、武技にも段階がある。
それを踏んで上位の技を修めると上級者、ほぼ全てを修めると
そして更に上を目指す時が、この神殿の出番となるのだ。
「神は全ての技を知っている……」
「きっと、剣星様はまた伝説を打ち立てる」
「超人と呼ばれていたかたが、今度はどんな風になっていくのだろう」
世界の異常事態に、人々はやはり不安が募るばかりなのだろう。
強者ばかりが居るハズのこの場にも、少なからずそんな声がある。
心配がない、ワケはない。
そういった思いは、天使であるニバルユニオにも聞こえている。
【剣星の妻よ】
「は、はい」
軽く、へルートの頭をひと撫でする。
するとその頭上に、柔らかな光のベールが広がった。
「こっ、これは……」
【あの剣星を射止めた祝いだ。
「ありがとうございます。私も、がんばります!」
ニバルユニオには、申し訳ないと思う気持ちがあった。
剣星に与えられる武技は、そんな期待される程のモノではないと知っていたから。
人類側にとって、だいぶ厳しい状況であると知りながらも…… 天使である彼女には、手助けもこの程度しか。
神殿の午前はこのまま過ぎて。
剣星が戻ったのは丁度お昼時を迎えた頃だった。
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