第58話 脱水乾燥 ウンディーネ




 スライムを湖から排除するにも打ち上げ花火の如く勢いを付けて、水底に難を逃れていた魚は保護してくれている。


 何となくどころかハッキリと、俺が呼び出したウンディーネは『張り切って』いると分かった。


 魔物との戦いが処理作業になりつつあり、肉弾戦要員は少しだけ気を緩めて笑っている。



「ご主人の精霊、なんか力強いね」


「要するに士気が高いのでしょう。でも、ご主人様は渡しませんよ?」



 何の話してんだか、頼もしいけどね。



「あーるじー、さらまん、だいぶとーくまでひろがってった」


「そうか、ならここら辺はかなり安心だね」


「媚び媚びなんやわ。イヤらしい…… わっちのサラマンダーといい、なんやのこの精霊たち?」


「もしこのまま、この湖にウンディーネを住まわせていたらどうなるかな?」



 魔法で呼び出した精霊は術者が魔力の供給を絶ったらその姿を保てない。

 なら、そのまま魔力を注ぎ続けていたなら……?


 キヨからこの魔法を教えてもらって、最近になって考えたコトだ。



「どうなると思いますん?」


「俺は残れる気がするんだ」


「ムリですよ。常人にはまず魔力量としてムリです。そして、魔法の形として、構築陣に時間の制限ありますやろ?」


「うん、ゴメン、それ消しちゃった」


「それがあ…… 消したぁ!?」



 キヨの大声、珍しい。

 質問をするのは、そうしたらどうなるのか、知りたかったから。



「そんなんしたら、普通とちゃいます。精霊が寄り付きません。約束をちゃんと守られへん書かれている仕事を、誰がやりますか…… やってはりますけど!?」



 おおお、ボケツッコミ。

 更にレア。



「あぁもうタズマはん…… いけずやわぁ…… 何でそないムチャしはりますのん。そんな穴空き魔法を精霊が受けたら、魔石だけになって消えてまう…… なんであない元気ハツラツなんやろ……」



 ボケツッコミに勢いがなくなっちゃったね。


 そこら辺のバランスが分からないので、穴が空いた部分には魔法の形をイメージとして押し固め縮めて『元気な精霊』になるように設計した。


 負担は全部、喚ぶ方…… 俺が受け手になって。



「詠唱やらなんやおかしな結果にしてもて…… 後で魔法式を書き出してもらいますさかい、覚えておいてね…… もう。男の子は怖いもの知らず……」


「ごめん、キヨ。でも何か、一回だけ呼び出すのが寂しく感じたら、こうしたくなって」



 初めてこの形で呼び出した精霊、ウンディーネ。

 彼女には、確かな意思を感じる。


 次々とスライムが外に出て、水嵩みずかさが減ってきた。

 スライムが水分を奪っていたのだろう。


 そしてその水は、蒸発させてしまっているから結果、ドンドン少なくなってしまう。

 これはどうしたものか。



《ピチョン、ポトン……》


「え、何?」



 何かが呟いた、ように聞こえた。



「キヨ、サラマンダーを下がらせて」


「は、はい、なんやの、ウンディーネが……」



 そう、ウンディーネが。

 スライムに手をかざして、何かをしていた。



「攻撃性まるでない、ウンディーネが、自分から……」


《ジワ…… シュゥウウウウ……》



 スライムから…… 水分を奪っていたのだ。

 水がなくなれば、スライムの身体はあのビー玉サイズに縮んで眠る。

 ウンディーネは次々とスライムを縮めて、その水を湖へ還元していく。


 残ったのは地面に落ちたビー玉スライム核だけ。


 それらもウンディーネが去った場所からサラマンダーが壊してくれていた。



「なんやの、なんやのこの精霊たち、まるで説話の、ムコを取ったウンディーネやないの…… サラマンダーも勝手に?」


《ピチョン、パシャン……》


「……ユルギ、警戒!」


「あるじ、空から、落ちてくる!」



 湖の中が片付きそうだと思った時、また水音を聞いた。

 警戒して―― そう告げてくれた気がする。



《バシャガシャァンッ!》


「これは、『鎧』ッ!?」


「全員、下がれッ!」



 空のひび割れの端から落ちてきた『黒い鎧』。

 その手に持った大鉈―― 雷のように波打つ枝を持った刃が打ち下ろされた。



《ギャリ、バァンッ》


「キャアァア!」


「ううわ」


「くううっ!」


「大鎧の、魔物!」



 最後のボス、そんな風格すら湛えた黒い鎧の戦士が、瞳なくこちらを警戒していた――。




 ☆




 まずい、あの腕力は反則だ。


 鎧の剛腕から繰り出される攻撃は単調だが、如何いかんせん硬い。

 プチの双剣では通らない。



「魔晶石の装甲、ボクこれ嫌いッ!」


「イヤな装備を搭載してるな、シーヴァ、一撃離脱ヒットアンドアウェイだよ!」


「カマド清掃作業の、ようですっ」


《ギャリ、ギィインッ》



 言いながら、大剣で左膝を重点に攻める。

 が、足も同じ装甲で、細かな傷跡が付いたかどうか。



「なるほど、作業か……!」


「細かく削るしか、くっ、ないですね」



 鎧の攻撃は、サラマンダーを確実に消していく。

 さすがにゆっくりした彼らでは、この魔物に手傷を負わせられないのだろう。


 全長四メートルほどの大鎧は、湖の縁で次から次と迫るサラマンダー相手に無双していた。

 中には背中に貼り付き炎を上げる者もいたが、腕があり得ない角度に曲がって叩き落とされる。


 さっきの精霊協力魔法で、残り魔力は少ないし吸われ続けている…… 装甲強度が高いこの魔物に、捨て身で強化した攻撃は通用するだろうか。



「あるじ、爪欠けちゃった……」


「ユルギは体力温存、プチは俺の横に。キヨ、サラマンダーたちを周囲の殲滅だけに行かせて」


「あきません、指示が、きかんのです。あのウンディーネに引きずられて!」



 圧縮されたイメージが、水音を奏でる。

 これは、精霊の声……?



「最後の、スライム、壊す、優先?」


「ご主人様!?」


「はっ!」


《ゴシャッ!》



 目を逸らした瞬間、鉈が岩を砕いた。

 庇ってくれたシーヴァと共に破片に打ち付けられ、距離をとる。



「シーヴァ、ありがとう」


「いいえ、ご無事ですか」


「ああ。負担掛けてごめんな、前に出なくていいから」



 巨大な鎧の戦士は、休むことなく攻撃を繰り返す。

 まさに機械のように、サラマンダーが……!



「く―― キヨ、精霊を送還して!」


「でけんのです! タズマはんの魔法に歪んで、操作できんせん」


「そんな? なんで……?」


「優先権を奪われました。あのウンディーネが、サラマンダーを指揮してます!」



 暴走と言うには秩序立って、大鉈の届かない場所に移動したウンディーネが見事なスピードでスライムを倒していた。



 ――これが最後の――



 もはや確実に、ウンディーネからの言葉だろうそれが告げる。



「ウンディーネが何かする気だ」


「タズマはん、わっち、精霊の操作から抜けられましたわ。もう他の魔法が打てます!」


「そうか、なら氷を、鎧の可動部分に氷を重ねて動きを封じるんだ!」


「ええ。もう一つ、タズマはんに砂を重ねていただけたら重石おもしになりますえ」


「魔力は吸われたままだけど、うん、俺もコントロールは解けてる。やろう!」



 魔法使いとして、働いて見せる。




 ☆




 死のとばりが消えかけた湖の端。


 たくさんの『助けて』を叶えてくれた人が呼んでくれて。


 青空石マニルと呼ばれていた湖は汚されてしまったけれど、その人がまだ助けたいと願うから。


 澄んだ心の貴方よ、汚染された水は、わたしが身を尽くし変えて見せましょう。


 だから。


 だからどうか。


 笑って見送って。


 どうか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る