第59話 大鎧のたたみ方




「冷気の腕に抱かれ眠れ……【氷の棺アイスコフィン】」


「砂の山より舞い跳び障れ……【砂縛乱舞サンドマッフル】!」



 黒い鎧の魔物に、氷と砂粒が付着していく。


 魔晶石という魔力を帯びたその黒い鎧は、それ自体は凍らずとも付着した氷や石、砂粒が覆っていくのを止められない。


 まるで石像の如く、それこそゴーレムのように固まって、上手く動きに制限がかけられた。



「ご主人、コレどーするの?」


「とりあえずの足止め、まだ有効打が分からない」


《ギチィ、グギュウウウ……》



 氷や砂が潰れる、軋む音が響くけど、俺たちは魔法を止めない。



「重ねていきますえ、【氷の棺アイスコフィン】」


「もちろん! 打ち据えるは大地の拳……【礫乱打バラストラッシュ】!」



 砂と氷の塊に大きめの石も足していくと、重さに揺らいでなのか、足が止まった。

 元の大きさの三倍以上になっただろう。



「ご主人様、この後はどうなさいます?」


「ゴメン、考え中だから待ってて」



 魔力は残り少ない、俺たちでは有効な攻撃方法がない。

 剣星様なら、コイツも問答無用で一刀両断してくれるだろうか。


 そうして動きを封じてすぐ、スライム殲滅せんめつを終えたウンディーネが戻ってきた。

 サラマンダーたちも、それに従い集まってくる。



「あっ、ありがとう。俺のお願いオーダーを優先してくれた、そういうコトだよね」


《ポチョ、ピチョン……》



 聞こえるのは水音、それは変わらないのに、やっぱり言葉として聞こえるのは『繋がっている』からだろうか。


 さぁ、次のお願いは?――


 そんな風に言われた気がして、しかし、魔物を抑えるのに精一杯の現状…… チラリと見た視線を辿られたのか。


 キッと大鎧を見据えた(?)ウンディーネが魔物の前に滑り込んだ。



「あっ!」


「何をしはるん?」


「分からないんだ。やっぱりこのウンディーネ、自己判断で行動してる」


「タズマはん、モン娘だけでなく精霊までたらしこみなさるのん?」



 そんなつもりは全くないが。

 ウンディーネは身体を細く長く変形させ、スローになったとはいえ反撃を試みる黒鎧の魔物の攻撃を避け、その氷の塊へ取り付いた。



「ああっ!?」



 俺が叫んだ時には、鎧の顔の所の『穴』から中へと入り込み、姿を消した。

 一体、何をする気なのだろう。



《ビビッ…… ブルルルル……》


「えらく…… 振動してはりますね」



 外側からはそんな『震え』しか分からなかったが、俺には内側に潜って、鎧の魔物を攻撃しているウンディーネがいた。



「中に『乗り込んで』魔物化させている核、依り代を破壊するつもりなのか!?」


「そないなコトすれば、精霊ウンディーネの身体は……!」



 そう、水を操ることはできるが、それ以外は出来ないハズ…… そんなウンディーネが、身体を張って魔物を倒そうとしてくれている。


 それを、見ているだけなのか――?



「一か八かでも…… ウンディーネ、君のことを助けたい」



 見ているだけは、イヤだ。

 俺のエゴでも、出来る限りのコトをしたい。



「『支配者の祝福ブラッシングオブザルーラー』!!」



 その対象は、ウンディーネ。

 彼女(?)の何を強化できるのか、そもそも使えているのか…… 本当に賭けのようなスキルの使い方だけど、俺はその『賭け』に勝った。

 鎧の隙間から、閃光が溢れた。



《カッ!! …… ギシ、ギギギギギギ…… シュウゥゥ……》



 魔物が帯びていた『瘴気』が消えていく。

 内側で、彼女は爆発するように輝いて、魔物の核であった指環を砕いたのだ。



「ご主人様、やりましたね!」


「あるじ、スゴイ、どうやったの!?」


「やった…… けど、ウンディーネとの繋がりが」



 輝きの後、精霊協力魔法による術者との繋がりが消えていた。

 つまり、彼女が今どうなっているのか全く分からないのだ……。



「タズマはん、とりあえずさっきまでの魔法を『解呪』しますよ」


「あ、ああそうか」



 術者は魔法を任意的に無効化できる。

 キヨの氷はみるみる溶けていく。

 砂と石を大地へと還して、俺は大鎧へと近付いた。



「……ウンディーネ」



 あの時、身を呈して助けてくれた。

 それを助けられなかったのだろうか。



『あ、あの…… すみません、生きてます、はい』



 ……!



「ご主人様、この声は?」


「ウンディーネ、なのか!?」


『すみません、あっ、あの、すいません助かりました…… わたし、何でしゃべれているのでしょうか……』



 混乱している、らしいけど、こっちも全くのパニックだ。



「キヨ、これって……」


「あぁもお、タズマはん、ムチャクチャな魔法を使うから…… まぁ、空のひび割れも無くなりましたし、鑑定魔法を使って調べましょか」



 どうやら、ウンディーネは俺のスキルで『使い魔』一歩前のような状態にある。

 本来の自爆同然の攻撃『暴発』直前に俺が助けたいと望んで、攻撃を『半分だけ』止めた…… 直後、あの輝きがあったワケだ。


 彼女の魔法障壁が強化されていたため鎧の内側に無事残り、しかし俺との魔法としての繋がりは断たれてしまい、今は鎧の内側で宙ぶらり。


 自爆を防げたが、立往生たちおうじょうした大鎧の中に残されてるウンディーネか…… どうすれば助けられるだろうか。



「タズマはん、もしやウンディーネ助けたいと考えてはる?」


「あ、うん。どうすればいいかな?」


「わっちは…… ううん。何でもあらしまへん。タズマはんのしたいように。使い魔にする時にゃあ『依り代身体』と、新たな『名前』を用意するモンです」



 キヨが顔をかげらせたけれど…… そうアドバイスをしてくれた。



「そっか…… 魔法で呼び出したのと同じくしてやれば、残れる形になるかも?」


「かも、ですからね。どうなるんかは分かりゃしません」


「分かった。ありがとう、やってみるよ」



 確かに俺がメチャクチャな魔法を使ったからこそ、ウンディーネをも傷付けている、そういうコトだと自覚しなくちゃな……。



「ウンディーネ、君には致命的なコトかも知れないけれど、俺は意識を持った君を助けたい。名前を与える事で変わると思うけれど…… 何か、リクエストがあるかい?」


『すみません、まったく不可解で。もう、あの、すみません…… 『君を助けたい』と言ってくれた、さっきのちからを感じてからしか分からないので、助けてくれたあなたのコト、信じます』



 すみません、と言うのは口癖か。

 それより与えた魔力が尽きる前に、名前を付けないと。



「そうだな、この湖畔の町ドドレにちなむなら、『青空石マニル』というのはどうだろうか」



 湖そのものの名前だが、青く澄んでいたウンディーネの姿にはぴったりだろう。



『……マニル、それが、わたしの名前……』



 魔物の残した鎧の中から、ウンディーネがグルグルと渦を巻いて飛び出し、魔法障壁が崩れ、飛び出した鎧へとまた戻っていく。


 鎧に飲み込まれた彼女の形を思い出すかのように、黒い大鎧はドンドンと縮む。

 縮みながら、色が澄んで……。



「キレー……」



 透明な女騎士が、そこに立っていた。

 向こう側が見えるような、美しい鎧。

 上手くいった―― そう考えた瞬間に、彼女は俺に謝った。



「ひえええっ、ご、ごめんなさい、ゴメンなさぁい、助けてくれたのに、不可解だとか上から目線なコトを言いましたぁっ!」



 姿に相応しい行動をして欲しかったなぁ……。


 荘厳なくらい、超然とした美しい鎧姿が台無しだった。



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