第50話 戦い済んで陽が落ちて




「君は勲章を貰って大魔法使いになったんだよ? もっと胸を張りなさい」


「はあ、そうですね……」



 国王陛下からの『謁見と授与式』を終えた俺は、再び王城の第三談話室へと通されていた。



「その年齢でっていうのは貴族全体としてもスゴイコトなんすよ?」


「ヘルートさんに言われると何となく分かるけど、チアキが言っても伝わらねえなー……」


「なんすか!? う~…… もう」



 あの後…… 第三の『異界溢れパンデミック』を乗り切り、救援の本隊が駆けつけてくれたおかげで『港街コーム』は取り戻すことができた。


 そしてその功労者はコレにと、貴族の三男ではあるが魔法使いの俺が切っ掛けとなり被害が最小になったのだと…… 大袈裟に言う剣星様のせいで大事おおごとになってしまった。


 そもそも、俺のしたことは剣星様の足を引っ張っていたのに。



「騎士伯ランダー家からも推薦が来てたッス。素直に喜んで欲しいッスね…… センパイには落ち込んでいてほしくないんすよ……」


「はいはい…… お姫様の言うことだ、素直に喜んでみるか……」



 気分は落ち込んだままだったけど。




 ☆




 俺は―― 気絶してから、安全地帯へと運ばれた。

 目覚めた時には、顔色も変わらない剣星様がいて。



「大活躍だったのう、タズマ殿」


「あ、っと、すみません、どう、なっていますか?」


「救援も来た。崩れた壁や堀はタズマ殿の連れの色っぽいラミアーちゃんが直してくれている。他の連れも、それぞれが働いておるよ」


「そうでしたか……」



 遠くに、石畳で舗装された港を、忙しそうに騎士と住民が行き交っているが…… しばらくすれば、街の再建のためにまた別の人々が忙しく行き交うのだろう。



「被害を最小に出来たのは、君のおかげじゃ。今はゆっくりと休めばいい。幸い、君のボートは港に置くのにも適しておるしの」



 そう軽く笑う老人に、どうしても聞きたいことがある。



「あの、剣星様…… あの攻撃は、なぜ俺の付与魔法が『』に放たれたのですか?」



 あの攻撃の疑問は、いくつかあった。

 なぜもっと早く――?

 なぜ一人きりで活動を――?



「まぁ、同郷のよしみ、その辺り答えてしんぜよう。まずそのスキルだがな…… 放つ前に予備動作と縛りと、終わってからも代償があっての」


「はい……」



 最強剣士の秘密を知れる、この時は、そんな興奮を持っていたけれど……。



「ありゃあ『振り下ろし、切り上げる』という動作を対象一体に放つだけで、言うなれば『二連撃』なんじゃ。それを視界に収まる全てを対象にしてしまうのが、あの『剣斬天元けんざんてんげん』という技の本質。で、その前にその斬撃を当てる相手を良く知るコトが必要でな?」


「はい」


「まあ同じ種類の魔物がおれば倒すだけでいいんじゃが、そのためのスキルも別にある。で、もう一つの『縛り』が重いんじゃ。攻撃回数の半分を直前に放っていること、という」


「は、い?」


「分かりにくいか。つまり百匹に使うなら、その前に五十は剣を振り倒さねばならん…… 防衛地点の残骸に足を預けて、兎に角斬撃を放っておったわい。老人にはキツイのう」


「それでは、その『溜め』の時間が掛かっていたから……」



 最初に別れてから、剣星様が通ったとおぼしき場所は魔物の死体が其処らじゅうに転がっていた。


 戦も無い世界から来たばかりの頃なら、その光景だけで充分にショックだったろうな。

 そんなことは通過儀礼的な物。


 滅多切りになっていたのは、そのためか。



「魔物に何かしら恨みなどあるのかと……」


「無いでもないな? 前回で、妻を失ったしなぁ……」



 そんな遠い目されては言いにくい、けれどどうにも違和感があったから……。



「それで、なぜ、あの時だったのですか」


「……ううむ、誤魔化しても今後に関わるか。ならば答えるが、決してタズマ殿の落ち度はない」



 これは、剣星様のスキルの特性からの結果だった。


 あの技は魔法や宝具で『強化されていると放てない』。


 そして、放つ代償として片腕の機能を二週間失う。


 二回目を放つための別のスキルを使ってしまったため、今は倍の代償を受けて両腕が使えないのだ、と。



「タズマ殿の技量を儂が見誤ったのだ。もっと早くに付与魔法が途切れると踏んでおったのだから。もっとも、そのおかげで『溜め』が限界まで届いたとも言える…… あの場での最適解を、お互いに出しての結果じゃよ」



 息が止まったような気がしていたが…… 多分、途轍もない溜め息をついたのだと思うけど、俺としては自己嫌悪だ。

 よかれと思っても、それが良い結果に繋がっていくとは限らない…… そう突き付けられた感じがして。



 街からの帰りもボートを操って来たけれど、あまり記憶に無い。




 ☆




 そして、名を挙げた俺は叙勲の対象になり。


 実際に魔物の大部分を討ち取った剣星様と、王都へ参じる途中巻き込まれ、防衛に勤めた騎士伯爵と、並んで表されるという地獄を味わった。


 その名も『防衛勲章』を貰ったよ。


 ついでに『大魔法使い』となりまして。


 生き残って成人すれば、二段飛ばしに男爵へと改めて叙勲されるんだそうな…… ロウ兄さんを追い抜いた。



「前世の時はプロジェクトチームでミスをフォローしても、欠陥の指摘をしても、上司の尻拭いしても、なぁんにも評価されなかったから…… 叙勲ってのが新鮮に眩し過ぎる」


「規模も違うじゃないすか。名誉は名誉なんすけど、この勲章ってのが、金がかからなくて出しやすいんすよ」


「出す方の意見は聞いてませーん」


「そういう事は他では話さないでくださいよ。まあ、今回の『小型船ボートでの移動』は電撃作戦として上手く行きましたから…… 同じように最大戦力を運ぶ手段を構築しておきたい。そのための勲章と、王城への滞在だというのは分かっていますね?」


「長期的に見れば、同じことか、同じようなことができるチームを作る方がいいと思うんだけど……」



 少し緊張の面持おももちでヘルートさんは語る。



「時間がありませんからね。いつ来るか分からない事への備えとして、利益は度外視し、君を確保する方が価値があると考えて国は金を出すしかないの」


「そんなに生臭く言わなくても……」



 ヘルートさんが正式に俺の側付き連絡役になってくれて、俺たちは王城に滞在している。


 そして問題の二つ名。



「あと、この剣星様命名のって、これはあの、何かと掛けているワケでもないのですかね……?」


「良い名だと思いますが?」


「武勲に応じた名前として与えられる物ですし、貰っておくしかないッスよ」



 勲章より重たいな。



「『世の癒し手』…… って、大仰おおぎょうじゃないかな……」



 そんな名前で呼ばれる程に優れた魔法使いではない。

 剣星様の足を引っ張り、もっと優れた誰かの邪魔をするだけの魔法使いでしかない…… そんな気がして。


 外見が子供だというだけの俺は、評価に対して色々と思うこともあるんだけど、この世界の貴族家に持たされた『守る』という使命には遣り甲斐を感じているので。



「名ばかりのヤツとは言われないようにしないと、な」


「そうッスよ、センパイは元気でいて欲しいッス!」


 【タズマさん。この騒動が終息したら、我を起こしに来てくれる約束、忘れていませんよね……?】


「うん。予定がたくさんある。こんな、凹んでいる時間は勿体ないな」


「ご先祖様の言葉のがセンパイを元気にするの、フクザツッス……」


「姫様、はしたない」



 椅子にぐでっと座るチアキに、根気よく指導を続けるイベルタさん。


 無表情だしゴツいけど、すごくいい人だった。

 他にも色々と欲しいものを手に入れるのを手伝ってくれたし。



「魔法書はあれだけでよろしかったのですか?」


「充分に多いし、助かりました。今は少しでも魔法の練習がしたいんです」



 王城では派手な攻撃魔法の練習が出来ないから、俺は強化付与魔法のバリエーションや、基本的な生活魔法などの練習を行うしかなかった。


 それを知って、イベルタさんは知り合いの伝手で魔法書を買えるのだと申し出てくれた。



「今や、センパイは救済の旗手とか言われてますから。そこら辺のお金は王家もちッスよ」



 王城に待機しているこの時間は、新しい魔法を学んでいこう。

 剣星様の一件はショックではあったけど、だからといって休んでいていいワケがない。



「これは勉強時間を貰ったみたいなコトだと思って、キッチリと魔法を勉強だ」


「姫様、ご一緒に」


「イヤッス」



 どうやら、俺への投資の本来の目的は『チアキのお勉強』らしいな……。



「チアキも魔法適正があるんだろ? 試しに一緒に勉強しないか?」


「やるッス!」



 いい笑顔しやがって。

 振り返ると、イベルタさんが薄く笑ってサムズアップしていた。


 俺も無言で、それを返した。



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