第51話 幕間五 亜人の求める街『流星』




「わっかんねえ、どこだよこの水源。引っ張りこむ気だったにしても方向ぐらい確認しろってんだアイツはよう……」


「あ、上水の水源はそこの丘の窪地から湧いているって書き込みあるべ」


「ソコかよ!? 近いな、よしモルタル準備。あと土嚢とこて用意、あたしが確保すっから」


「親方は何でもできるだな。いきなり基礎工事から水道工事に変更だべ……」



 世の中は異界溢れパンデミックでてんやわんやだが、こっちもてんやわんやなら負けてねぇ。



「無事に入植してる町の方はもうほっとけ、まだこっちに来る奴らがいるんだ。町で溢れたらどうしようもなくなる可能性がある。一刻も早くこの『流民街』を作り上げるんだ!」


「おお、マッハバト親方ぁ!」


「授業じゃねえんだ、とっととやれるところをやっちまいな!」



 半袖シャツをさらに捲って、ランニングスタイルに変えながら土嚢袋を担ぐ。

 沼地を越えるのにサロペットが汚れてもかまわない、


 あたしを女の子扱いするヤツはここには居ない。


 汗も拭かずに走り回る男衆を、アゴでこき使い区画整理と大まかな見取りをドンドン進めて、水路拡張を任せた半魚人に急がせる。



「アカヒレの!」


「なんだよぉ」


「足場が欲しい、水路はも少し深くしてもらってもいいかい?」


「はあん、いいさ。任せな」



 街を目指しているからといって、歩くヤツだけが住民じゃない。

 地を這い、水を巡る奴らも使う場所だ…… 一瞬忘れるほどに作業へ集中してしまい、動揺して頬を叩いた。



「足もと気ぃつけてなあ、ふけえぞ」


「うるせ、小さくて悪かったなぁ!」



 牛人カウマンの田舎言葉は慣れない。

 バカにされてるのか、とよく思ってしまって。


 それはコイツらの顔が、ムダにいいから。


 そこのバウサなんて、もう十八なのに嫁探して工事現場を転々としているらしい。


 忙しくてとても『イイヒト』なんか見付からないだろうと思うが。



「親方、基礎位置指定の杭打ちは終わっただ」


「こっち手伝え、早く!」


「おお、木槌もってくっけぇ」


「いらねぇから来いってんだよ!」



 それに彼は、あたしとは相性が悪い『のんびり屋』だからなぁ…… ついキツく厳しい言い方になっちまう。


 なので、仲良くなるのはムリだ。


 まあ、顔はいいんだ、顔は。



「貴族様の子弟など、わしらみんな似たようなモノ扱いかと思っとったがね。タズマ様は、そりゃあ話せば話せるわ、言いかた柔らかく分かりやすく指示飛ばすわでな。わっしらの領主となるは、あの方おいてねぇべ」



 続いて、仕事に関係ない話。

 あぁ、ムリ。



「黙って杭打ちしてろ」


「あああ、こりゃいげねえ」



 鎚の名手であろうと、常にユルい視線のコイツは男としてねぇな。



「あたしが好きなタイプは、もっと勤勉なヤツだし……」


「なんだべ?」


「なんでもねえよ」



 怖いくらいに詰め込んだアイデアの塊と思える図面。


 こんな風に、多種族への配慮を形にして書ける人も居るんだ…… あたしはこれを初めて見た時感動した。


 ここの環境に合っている水路作成での排水、嵩上げ、岩場に合わせての土台設定、大人しい左右対称ばかりかと思えば水路を飛び越えての建物配置、十歳そこらの頭ではこうはならない。



「流石は転生者ってコトか。もっと何か聞き出してぇなぁ」


「親方、これでいいべか」


「おお、いいぞ。次だ。土台レベルチェックして、水路の進捗によってはそっち手伝うぞ」



 中身の年齢が三十歳を超えてるくらいなら、コイツらみたくムダな色気とかもねぇだろうし…… 落ち着いて構想とか、話したり…… いいなそれ。



「親方、デレてる所わりいべが、半魚人にレンガを運び入れてもらいてぇんだがよぅ?」


「誰がデレてんだぁ!?」



 精一杯誤魔化して、気持ちを切り替える。

 突貫工事も二週間、流石に疲れたな……。



「てめえら、今日の作業で最後の区切り付けるぞ。終わったら風呂で、足伸ばすからなぁ!」


「「おおさ!」」



 もう男女の垣根とかは置いて、みんなで作る現場だから。

 貴族も平民もない。


 やることに順位をつけても、仲間に順位はない。



 さあ、もう一踏ん張りだ。


 この街は、亜人種族の求める街。

 希望の詰まったこの街の名前は図面に書いてあった。


 どこの言葉か知らないが、あたしはその字面が気に入った。



「流星と書いて、ウルカー、か」




 ☆




 やっとツネニ子爵領から離れ、新たな職場へと向かうとなった時、『我が友』が亡くなったという報せを受けた。


 私、カベィジは騎士としてあるまじき行為、主人に背き奥方と通じるという罪の果て…… そのリンア元夫人と共に友の誘いを受けて西の辺境へと行くつもりだった。



「ボレキ…… そうか、騎士として散ったか……」


「カベィジ様。どうなさるのですか?」


「心配はいらない。他の馴染みの騎士から、騎士長待遇で雇いたいと手紙に添えられている。これから異界溢れパンデミックに命を落とす者、傷付くものは多いだろう。それを救わずして騎士とは言えない。そのまま向かうさ」


「あなたまで、命をなげうったりはしないで」


「リンア様…… いえ、リンア、では貴女に誓おう。いつでも無事に帰り、貴女を抱き締めると……」



 馬車の中から、囁く声が聞こえた。



「だだあまぁ……」


「でもうらやましいわぁ……」


「レッチ、コッタ、静かに」



 私の背中にはリンアが乗って、約二日間の行程で港町『ゴプト』へと進む。


 彼女はお嬢様であり、家事もほぼしたことはない。

 そこで、見知ったメイドたちをそのまま雇って連れてきたが……。


 だが、ここ数日は裁縫や清掃の手順を鬼気迫る勢いで学ぶ愛しい姿を見ている。


 私の心の中は、色々な考えを抱えて重たくなっていたが…… その姿を見てストンと力が抜けた。



「そうだ。やれるところをやればいい。ならば、さあ、出かける準備を整えよう」



 私はリンアに抱き締められ手を結びながら、街道を進む。

 今まで通ってきた道も、なんだか長閑のどかで素晴らしく見える。



「何も恐れることはない」


「愛していますわ、カベィジ様……」



 馬車の中から、同じ囁きが聞こえたが、今度は聞き流して足を早めた。

 今は手に残った槍だけを武器にするつもりはない。


 全ては協力して立ち向かうコトが肝要なのだ。



「新たな場所で、新たな生活をしよう」



 道は、緩やかに山を越えて続く。



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