第36話 葬列と黙祷と選択




 世界規模の異常事態の始まり、その被害は深刻だった…… 家族のことだけでも、いきなりすぎる。



 本当に領地の発展を望み、民を守ってくださったボレキ準男爵が亡くなった。



 異界溢れこの時にこそ身を呈して戦わなくてはならないのが貴族とはいえ、先陣を切るには装備が貧弱に過ぎたのだ。



 そして、我が家のお父様も瀕死のケガをして…… 祝いとして回復薬ヒールポーションをいただいていなかったら、どういうことになっていたか。



 そして、現場に居合わせた者の使命なのだとしても、被害はあまりにも大きかった。



第一・・被害は男爵…… いえ、子爵領への移住希望者『流民』に死者五十、重傷者十一、軽傷者二十八名。近隣町村の報告はまとまっておらず、今後直轄領主であるミミチ伯爵家からの報告を待っている状況です。『騎兵隊』に死傷者三、重傷者六、軽傷者三。そして、子爵様は重傷、右手と左足の切断…… 重篤な状態でしたが、先ほど意識が戻られました」



 ネオモさんの言葉に、説明を聞いていた家族皆の顔が和らいだ。



「貴族の規範として最も相応しき振舞いだと、ミミチ伯爵領からいただいた回復薬のお陰ですね……」


「本人はアレだったけどね」


「死者を悪く言うものではありません。大きく見れば、私たちの命は彼のお陰で助かったとも言えるのです」


「お母様も充分キツイよ」



 我が家の人々から見切られているその伯爵は、審問会の帰還の途にあり、デスマーチの近くに至っていた。

 お父様を助けたのは、この伯爵の家臣とコドー準男爵だったのだ。


 その渦中、ミミチ伯爵は『黒いオオカミの魔物』によって頭を噛み砕かれ亡くなった。


 自分の払拭の蒼ブルーカラーの剣をコドー準男爵へと貸与した瞬間だったという。




『私は、剣術に長けてはおらんのだ! やりたいならば貴殿がこの剣を振るえば良いであろう!』


『は、その剣、貴族としての務めをまっとうし、命を守るため、全力を尽くすと誓います』



 伯爵領への境の街『アーマト』付近、紫の空を確認した一行は体勢を整え救援部隊を編成することになったのだが、海岸沿いのツネニ子爵領を抜けてきたばかりのミミチ伯爵は行かない、と責任を放棄した。


 後で知られたならば『領土剥奪』に値する。


 それを直接の部下ではないコドー準男爵が見咎め、その会話に至った。


 しかし街中に紛れ込んだオオカミの魔物は、誰彼構わずに踏みつけ食らい付き、ミミチ伯爵を噛み殺し逃げていった。



『判断を預けると言われたわけではないが、こうなってはどなたか、実戦経験のある方に指揮をお任せしたい』


『この中に、そこまで経験や度胸のある者は無いですよ……』


『であるならば、仕方ない。僭越ながら私が指揮をとります。道具屋からあるだけの回復薬を仕入れてください! 緊急時特例です、領地へ直接請求出来ると教えて回収を、急いで!』




 大貴族の寄り子ともなれば、緊急時の使える言い回しなども覚えていて、その采配は見事であったと言う。


 その時を共にしていた伯爵家の寄り子たちから、高待遇で取り込もうともされたらしい……。


 だが、その手腕と剣技もあり、家臣や勲爵の複合混成の救援ではあったが『侵源地』へは到達も早く、結果お父様は生き残ることが出来た。



 ところが、彼は咎められ、現在は伯爵家に幽閉されている。


 分家の家令から、伯爵のその剣と部隊を勝手に扱ったと言う『言いがかり』だけで。


 これから起こる混乱に、彼の手腕が有用であると見抜いての『確保』のつもりなのだろう。


 誰かが下手に解放しようとすれば、彼の身に危険も考えられる状態だ。


 利用価値を認められての扱いならばと、現在は手紙のやり取りのみで放置されている。


 正式な手段を使って、アルー兄さんが救出を図っているのでそれまで…… お父様の恩人へのお礼はお預けだ。


 人間の争いは恐ろしい。




 ☆




「みんな、心配をかけた……」



 家族が揃った段階で死者への黙祷をとお母様から奨められ、全員が瞑目の上で黙祷をする。

 そして、小さな声ではあったがお父様の言葉を聞いて、家族は喜びを隠せなかった。


 ただ、現在は貴族の次期当主を『特例』として即刻決めなくてはならなかった。



「アルー、私の剣は、お前に託す」


「慎んで、お受け致します」



 寝ている状態だけど、簡略してステンラル子爵家爵位の授与が終わる。



「鞘に収め、魔石を柄の上に乗せて一日置きなさい。そうすることで、魔物への力は回復する」


「はい、分かりました」



 いくらその力が強くても、使えなくなってしまえば…… ボレキ準男爵も、それで亡くなったのだと聞かされていたから。

 剣を握りしめ、アルー兄さんは剣の師匠を悼んでいるようだ。



「ここに、オルモは居るかい?」


「私を、お呼びでございますか……」



 お父様は、オーネ姉さん付きのメイドの一人、あの一件では馭者ぎょしゃを勤めた彼女を呼ぶ。



「ボレキ君から、預かりものだ…… これを」



 差し出したそれは、指輪。


 彼女の瞳と同じ、赤い石が嵌まっていた。



「最後に伝えてほしいと言われたのは『ありがとう』という一言だけだったが…… 彼を奪ってしまい、済まなかった」


「いいえ、騎士なのですよ、あの剣技バカは。私の、ことなんて…… ふうううっ…… こんな、指輪なんかっ……」



 俺は知らなかったけれど、年の差のあるお付き合いだったのだと。

 オルモさんはその後泣き崩れ、何も出来ない様子だったのでオーネ姉さんが連れて部屋を出ていった。



 騎兵隊として無事だった、ボレキ準男爵の部下のホートナー騎士長が暫定的に勲爵となり、領地を守ることになる。



 こんな、危険と悲しみがこの世界の『普通』なのだと改めて感じて…… 俺は、これからを思う。



「いいかい、みんな聞いてくれ。私はこんな身体になってしまい、いつまで生きられるか分からない。だからこそ、私のことはもう忘れてくれていい。異界溢れパンデミックが通例通りならば…… 四十年ごとであったが、今回は早い。異例であることは、否めない。世界は今後どんどん混乱するだろう。だが、頼む、生き延びることを諦めないでくれ」


「お父様…… そんな事を言わないでくださいよ」


「駄目な息子を叱咤激励して戦わせるくらい、しても俺はいいと思うよっ」



 アルー兄さん、ロウ兄さんの言葉に悲しみが溢れていたが、俺は、そんな悲しい未来は望まない。



「アルー、今余っている資材は全て馬車の材料に回しなさい。そして、亜人種族の皆さんに頭を下げ、できる限りの民草を大森林へと預けるんだ」


「はい…… お父様……」


「異例であるにしても、これから一年以内で『十ヶ所の異界溢れパンデミック』が起きる。今回はそれ以上あるかもしれない。それを生き延び、家族を、仲間を増やすんだ。頼むぞ、みんな」



 家族を、協力できる仲間を、手を貸し助け合える味方を増やす。


 それは、大森林を飛び回っていた俺の目標でもあった…… それが、何か、お父様から言われると寂しくて。


 俺には、チートと言われそうなあの力がある。


 あの時は特に必要性が無いと無視したが、こんな事態になっては四の五の言っていられない。


 むしろ、やるべきだと断言できる。


 例え『卑怯チート』な力なのだとしても、それを家族のために使う事を躊躇ためらったりしない。



「お父様、お願いが、あります。兄さんたちも、聞いてください」


「タズマ、なんだい。言ってごらん」



 異常事態になってから、こんな決意をするなんて。


 俺は自由に生きるより、この家族を失うことの方が大切になっていたから。


 この場所を守りたかった。



「僕に…… いいえ、私に、時間をください。一週間で『個人能力オリジナルスキル』を会得し、戦う力を身に付けて見せます」



 ようやく、本当に俺がしたいことを見つけた気がする。


 あと、そんな危険を目の前にしても、家族を守りたいのだと思える俺に、少しの誇らしさを感じて嬉しかったというのもある。



「私が、民草を守り、家族を守ります」



 でも、最初は教わらないといけないので、どうかよろしくね。


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