第37話 困難と徴兵と決意




 この世界が貴族社会を続ける理由は、対抗するべき『脅威』があるから。



 都を始め、領地の境に堀と壁があるのは、無作為に襲われる危険があるから。



 長期的な空白期間の後、一年間にわたる『異界溢れパンデミック』により大損害がもたらされるというのが常だからだ。



 ただ、今回は常ならぬ事柄が続いている。

 約四十年周期で起きていたそれが、二十五年目にして発生していたからだ。


 ――不意を突かれたようなものだった侵源地付近の街は、壊滅的な被害となっていた。



 魔物は異界溢れパンデミックの中心、『侵源地』と呼ばれる空間が割れた場所から溢れて来る。


 それは水面に落としたインクのように、波を立てて周囲に広がっていく。


 広がり押し寄せる魔物の波を『魔物大行進デスマーチ』と呼んでいたが、被害者たちが駆け抜ける魔物を見て『まさに魔物の行進死の訪れ』だと言い始めてからは同じように使われている。


 各村や町の自衛を担う騎兵隊や衛兵団が屈強であり、盗賊や強盗が少ないのは皮肉にもこんな災害があるから、なのかも知れない……。




 ☆




 仕事は全て奉免を果たして。

 俺はこれから『魔法の特訓』を開始する。


 ただし、適性が無さそうな攻撃魔法は触れない。


 あくまでも『特殊個人能力』であるあの力を詳しく知り、活かす運用を学ぶんだ。



「……で、タズマ様。そのチートはいつから使えるんです?」


「ひえっ」



 魔法の先生と言えばコートンさん。

 図書館のお姉さん的な彼女は、知的美女だけど過去に俺と同じく『転生したというチート能力持ち』にバカにされたとかで、特殊能力については極寒の視線を放って睨むようです…… こわ。



「あらまぁ、綺麗な女は眉間のシワなんぞ作っちゃぁあかんのです、笑顔、笑顔」



 もっぱら魔法の授業に使われている第二応接室で、コートン先生と一緒に授業をしてくれるのはラミアーのキヨ。



「そもそも私以上の使い手であるキヨさんが居るのに私が先生としている必要はなくないですか?」


「ま、まぁまぁ…… ヒトの魔法の構築との違いがあるので、それを僕が理解するまでは教えて欲しいと考えたんですが……」


「なぁんだ、そこら辺もわっちが教えてさしあげりゃあ、タズマはんと二人きりになれたわけやんな。ええ、そりゃあ、ええなぁ……」


「な…… ふしだらな。分かりました、私も参加いたします」



 前世ではあり得ない、美女二人からの手解きで勉強していくシチュエーション…… 俺の人生、スゴいな。


 一人は元ペットというのもまだ違和感はあったりするけども。



「俺が鑑定や認識系統の魔法を使うと、対象のステータスを見る事が最初から出来ていました」


「ふぅうん、それで発動して態度がおかしかったのですか」



 さすがに輪郭とか…… スケスケで見えてるとかは、言えない。



「わっちの師匠が残した魔法関連の書籍にゃあ、鑑定を使うというのは『本来ある関連性を強化すること』だとありんしたな」


「なるほど、調べていく参考になりそうだ。ありがとうキヨ」


「どうぞ、何でも聞いてくんなんし♡」



 二人の師匠によって、魔法使いの基礎はしっかりと学ぶことが出来た。


 十聞いたら十返ってくるというのは控えめに言って最高。



「攻撃魔法は、基本的なモノだけでいいから」


「そうは言いはりますが、そんだけの魔力をお持ちなんですし、試しに上級とか……」


「いや、味方を全てカバーできるくらいに付与魔法を使いこなしたい。だから、守れる対象を増やすにも、特化型のがいいんだ」



 そう、俺が守りたいのは仲間なんだ。


 だからこそ、魔法のリソースは全て付与魔法と回復魔法に振り切っていい。


 幸運なことに、このキヨは回復も付与もこなせる万能適性オールマイティーというスキルの持ち主だ。


 それを活かさない手はない。



「分かりんした。せやけど、その『ちいと』の中身が見えてきいせんと、それを活かすんは難しおす」


「そこは、この後シーヴァやプチと協力して調べてみるよ」


「はぁ、わっちもそちらに絡みとぅ思いますが……」


「お父様の治療、いつも済まないね」



 昔やったゲームで、特訓してスキルをレベルアップし、ボスモンスターを撃破する…… そんなシーンは多々あったワケだけど。


 この広い世界で、段々と増えていく魔物を退治するとなると、被害を出さずに戦うのは難しい。


 だから、倒す力は必要だけど、傷を癒す方が絶対に必要なこと。

 回復魔法も全速力で学ぶ。

 正直、自分の集中力に少しビビっていた。




 ☆




 きっと…… 異種間コミュニケーションに手間取ったり、世界の苛酷さに弱音を吐いたりしてる頃。



 ……人間同士で争う醜さを見るよりは、他の苛酷な戦闘のがマシ……


 などと心変わりをしてはいないだろうか…… いや、彼は痛みストレスに苦しみ襲いかかって来た同僚ですら受け止めて、痛みを察した優しさの持ち主。



 きっと、きっと、あの娘の弟として、今もがんばっているに違いない。



 【無理に巻き込んで、ごめんなさい…… でも、どうしても会いたくて…… 助けて欲しくて……】



 数百年、いや千年を生きて、転生の仕組みをスキルで狂わせて、やっと時を超え導く事が出来たのだ…… 魔法の形すら歪め、望みを叶えた。



 どんな動物たましいも、彼と関わっていくと誘われるように寄り添う。



 それは、形は違えど呪縛のようでもあり、我の心残りでもあった。



 それでも、別の力が働いていたのだとしても、大きな心残りであることに違いはない。



 我が惹かれる彼を、やっと、この世界へと招いて。



 結局、他の使い魔と同じく操っているような寂しさも感じてしまうけれど、直接会える時を楽しみにしてる。



 みんな、平和になれば、きっときっと笑っていられる。



 さぁ、逃げた不死身の魔術師を追いかけて、追い詰めて、あなたが英雄になって…… ねえ、タズマさん……。




 ☆




 世界が異常事態を把握し、情報の共有につとめはじめていた。


 まず、第一の発生はミミチ伯爵領、港街アーマト近く。

 第二の発生は近く、コビニ侯爵領、宿場町ビゼの海岸。

 第一の発生から一週間で起きたのも過去にはない早さだった。


 異例が重なっている今回の『異界溢れパンデミック』には、各国の首脳陣も悩ましいのだろう。



 そして、第三の被害がどこで起きるのか、人々は戦々恐々としていたのだった。



 その折に、公国王都からの召集状が届いた。


 それは『異能を持つ者、戦う力を持つ者は国のために兵士になれ』ということが難しくかいてあった。


 昔風に言うなら『赤紙』だね。


 俺が転生者だから、利用したいというのだろう。



「タズマ、行かなくていい」


「しかし……」



 お父様の言うことでも、これは聞きたくなかった。

 不参加である時は、戦力の代わりに多額の身代り料と言うお金が必要となるし、まだ完全に自分の力を把握してはいないとしても、早くに馳せ参じておけば優先して自分の領地へと配属される。


 子爵家の領地に被害が出た場合には、真っ先に対応できるんだ。


 そんな状況で、身の安全を計るというのは…… 家族の元を離れたくないのは、確かにあるけれど。


 でも、魔法の鍛錬を続けるワケにもいかなくなっていった。



「あのう、すいません。わっちにも赤紙が来ておりまして…… わっちは集落のみんなの安全のため、いかんといけませんの」


「そう、か…… お父様、やはり私も行きます」



 俺以外にも、貴族家三男以降には赤紙が送られていることを知り、キヨの師事を受けられないのであればこれ以上は考えても仕方がない。


 だから、自分の身体を使って鍛えてきた【上級回復魔法レイジングヒール】を、お父様にまず受けてもらいたくて。



「万能適性では最上級…… 回復は他より一段高い難易度ですので、上級回復はわっちには使えりゃあしません。タズマはん、よう学ばれてはります。安心して受けておくれなんし」


「ははは、是非もない。タズマ、頼むぞ」


「はいっ…… 行きます!!」



 そして、俺の魔力のほとんどを使って、お父様の右腕は元通りになった。



「おお、凄い、手が……」


「あぁ、あなたっ……!」


「くはっ! はあっ、はあっ、あと、もう一度っ……」


「まだ五日目でそれなら、もう明日にしなんし。タズマはん、ご立派ですえ……♡」



 キヨに抱き抱えられながら、魔力切れによる失神をしてしまって。

 翌日、今度はお父様の左足へと上級回復をかけ、更にはキヨによって全身へと調整するように回復をしてもらい、お父様は身体の機能を回復させる事が出来たのだった。


 またそこで失神しかけたけど、今回は耐えた。



《チッ……》



 キヨ、舌打ちしない。

 なんでこう、俺の近くの亜人種族は肉食系なんだ。



 余談だが。

 勢い余ってお父様はこの時にお母様とチョメチョメ☆したらしく、翌年、サプライズが起きたりした。




「では、我が領を代表し事態に備える戦士として、戦って参ります」



 そして、俺は覚えたばかりの【浮遊飛行ホバーフライト】で王都へ飛び立とうとして…… 共に行くと聞かない二人の重みでフラフラしていた。



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