第32話 断罪の使者




「あるじ~、イノシシ捕ってきた~」


「スゴいな、ユルギ」


「持って帰るから、待ってるから~」


「おー、お疲れ様~」



 大きな獣を両足で掴み、空を旋回するユルギに手を振り声をかけた。

 夏の盛り、俺は大森林の集落から次々上がる『完成式』のお誘いに応えつつ、その位置を地図に収めていく。


 二つの集落のいさかいの折衝せっしょうを午前中に終わらせたら、また集落の面倒ばかり受けて、とオーネ姉さんから愚痴られた。

 しかし受けちゃったモノはしょうがない、こういう細々としたサポートは嫌いじゃないんだよな。



 新しい都市開発は現場に任せてある。


 今は正式に降りてきたお父様の『子爵位』の授与式のためにまた仕事を分配していた。



「しかし国の本気さが浮き彫りになったよなぁ。道路と街の完成後、まさかの『辺境伯』のお達しだぜ」


「元々、子爵家にするって約束が、姫様のヨコヤリで繰り上げてしまったからね。正式に通達され、事業として動いたらもう更に『伯爵』まで上げるか王族の血縁と婚姻を結ぶかだと、お姫様は王位継承権一位だから婚姻とはいかないし…… あ、辺境伯はたぶん付かないよ」


「そうなのか。伯爵より辺境伯のがカッコいいけど」



 実際には貴族位でどうこうする仕事を超えて、国のバランスさえ保とうという『事業』。

 この仕事が始まってからの忙しさは、終了したら別荘にでも閉じ籠って三年くらいぼうとしていても誰も責めないと思う。



「俺のコトをみんな心配してくれたけど、俺は、お父様のが心配だよ」


「お母様が手綱を握ってるからな、休まないと甘味フルコースが待ってるし…… 平気だろ」



 男爵家のお抱え菓子職人となったプチの手により、甘いもの好きなお母様は『お茶会を開きたい病』を発症した。



「たまになら、いいんだけどね。あれは」


「お前は止められるからいいだろ」


「まぁ、どうかな」



 太陽はやや傾き、道路脇の立派な大木の影で休むロウ兄さんと俺に木漏れ日とぬるい風を送っている。

 兄は資材管理を終えて、最前線への荷物を見送ったところ。

 俺は昼飯を兼ねて完成式に参加しての帰り。


 さっき通って行ったユルギは森林探索班の遊撃手として、狩猟を担当していた。

 せっかくの高価な服を着ても飛ぶのに邪魔だと、まだ水着のような服を愛用しているので目の毒。

 手を振って見送ったけど、正直この十年最大の苦労。


 羽毛を纏っている範囲が広いとはいえ、水着の女性を下から見上げるのはダメだろうよ。



「さて、俺たちも帰るか」


「兄さんの予定は?」


「あー、石工の師匠の指導がある。まぁ、茶を飲みたい気分だからその後その後」


「これだけ暑いとね、その気持ちは分かるよ」



 そしてシーヴァが操る馬車に乗り、兄と一緒に帰宅すると。


 馬車に付けた飾り旗に『公平な統治』と掲げる、王国の使者が訪れていたのだった。




 ☆




 その『自称』王国特使は、アーメリエント・ハムニ・ヘツライーニ侯爵家令嬢、貴族の間で呼ばれる通称は『悪銭拾い』のメリム嬢。



「ええと…… お父様は、王国へと向かっておりまして」


「いえいえいいのです。わたくしはただの使者、大教会からの通告をお持ちしただけですわ」



 仕草の端々で芝居掛かった動作をし、もったいぶった言い回しをして、自分にだけ気持ちのいいお喋りをする。


 俺はこの女性が苦手だった。

 ロウ兄さんはとっとと逃げ出し、とは言っても対応をしないわけにはいかない。


 悪銭拾いの二つ名は、お金になったり珍しいモノがもらえる仕事は何でもやるという彼女の行動からだ。

 簡単な話だといいな、そう念じ、俺は話を促した。



「それで、我が領にどのような用向きでありましょうか」



 メモだかに書かれてるお話をして、とっとと帰って欲しい…… 船で来たというのだ、そのまま折り返していただきたい。



「あぁ美味しいお茶。このスコーンは王都での流行りと似たお味。これだけの贅沢、さては、とても儲かっていらっしゃる……?」



 開いた口からは本題に入るとみせかけ、別の話題が姿を見せる。



「こんなに大きなお屋敷ではなかったですわよね? この数年で建て替えてしまわれるなんて、男爵とは言っても侯爵並に資金力がおありなのかしらね。広さ大きさは敷地が倍、高さが倍、きっと国への税金の重みで馬車も船も軋むに違いありません」


「……あ、はぁ」



 これだ、このまどろっこしくて長々とした喋り方、俺の頭のなかには警告のランプが灯っていた。

 ちなみに彼女は、一応幼馴染みと言えるだろうか。


 同い年であり、侯爵家主催の年末大霊祭では必ず話すことになる。


 他にも同い年はいるのだが、現在彼女が執着するのは俺、らしい…… 大迷惑早く飽きてくれ



「屋敷の装飾はホーカネー様式に統一なされているのね。趣味のよろしいこと。廊下には魔法の灯りですか。とても品薄なこれらを、どのように揃え組み上げたのか苦労が偲ばれますが、その資金力に着目せざるを得ませんね。現在、男爵家でありついに子爵となられるアレヤ様に、脱税だつぜいと、邪教徒じゃきょうと嫌疑けんぎとがかかっておりますのよ。詳しい取り調べの日程はこちらに」



 え、なんて?


 あんまりにも長々しいので聞き流しかけていた。



「脱税や、邪教の疑い?」



 バカな、そう小さく呟くシーヴァの声が、俺の心を落ち着かせてくれた。

 理不尽、それでも、これは正式な文書だ。


 腕や指に意識を集中し、『彼女』を敵と認識しそうになるのを押し留める。


 要するに、彼女はメッセンジャーでしかない。



「こちら、確かに確認させていただきました」



 俺は紙面の『予定日、監査官、人数』を見てから返答した。

 すると、彼女はその癇に触る動きを止めていた。



「うふ、ふふふ、ねえ、タズマ様…… わたくしに何か、おっしゃりたいことは、なくて?」


「何のことでしょうか」



 さっきまでと同じ、俺が下手なことを言えば揚げ足を取るだろうし、彼女はそれを待っている。



「で・も・このお話、男爵家の不名誉ですわよ、ね?」


「いえ、全くの誤解ですから。正式な手続きをされれば証明されましょう」



 再び平静を保って、同い年のお嬢様を流し見た。


 そうか、考えてみたらこのお嬢様も十才なのだ…… なるほど、子供目線のやり取りなら、『負けを認めろ』って状態か。


 腹の探り会いの手間が省けて良かったと思いながら、早速『負け』を認めてご帰宅願おう。



「しかし参りました。こんな忙しい時期にこんな面倒事が起きるなんて…… しかもこの日取りではお父様が不在、一家総出で対応しなくてはなりませんね」


「ふふ、うふふ、ならば我が家から家令をお貸ししましょうか? とても有能ですのよ。付き添いにわたくしもお部屋を持たせていただきますけど、家令はリビングでも大丈夫ですので。と、特に用向きでなくとも、わたくしとお風呂で鉢合わせたりなどないように願いたいものですわ」


「は…… はぁ」



 あれ、何でそんな話に組み替わってんだ。


 家令を貸して、更に自分も泊まる、ってこと?

 はっはぁん、潜入するのだと思えば、子供の体のが丁度いい。


 まだ地図を狙っている貴族とか居るのか。


 あれは道路が開通したら希望しない部族の集落を消して国に奉じるつもりだから、あと一年か二年で価値もないんだけど。


 しかし屋敷に潜入し、それを盗もうとするのは阻止しなくては。



「我が家の執事も有能ですから、お気遣いなく。監査では自由に調べてもらうべきですし、僕の姉は『鑑定』魔法が使えますからね。審問も早く終わるでしょう」


「ふ、ふふ、うふふ。さすがはお姉さま。わずかの間にそのような成長をなされたのですね……」



 なんだろう…… これだけの優良物件才色兼備なのに、興味が引かれない。


 俺の感覚はおっさんだし、普段からウチのモン娘に刺激的なコトをされているから、かも。



「メリム様に大変なお気遣いをいただき、感謝いたします。ですが、多段に重なっての事象ですし? 早速に手続きの準備をせねばと考えております」



 彼女の口からボソッと『口惜しい』と聞こえたが、それが何に対してのものかは分からなかった。



 大したおもてなしも致しませんで~ などの定型文で見送り作業に入りながら、俺は横目でこの一大事を即家族に伝えるべく、コートンさんに頼んで人を走らせた。




 ☆




 噂通り、汚れ仕事を果たしたメリム様は家が立派だという事や住み心地をも聞いて探ってくるが、俺は仕事があって忙しいとやんわり伝えたらやっと解放してくれた。




「それにしても、二週間後か。お父様はまだ戻らない。ずいぶん粗っぽい監査と審問だね」


「領主抜きとか普通無理だぜ。地方の田舎領主だからって舐めてんのか」



 どうやら……

 家の外観や規模が変えられるのに、納税が変わっていない。

 住民が増えているなら納税額が増えなくてはおかしい。


 そのようなご意見が上がった結果、監査が入るのだと言う。


 下級貴族や王国内部の陪臣のやっかみだろうか。



「邪教扱いは分からないな。我が領で『魔導』素材は見つかっていないし。どこから出た話だと思う?」


「どこかに『禁忌書籍』があるとかいうウワサでもあるのかな。結構流民が増えて、出所不明の商品扱う奴らも居るのよね」



 どちらも持っているだけで罪とされる、大地に封じられた『魔』に関連する品だ。


 なぜか鑑定魔法にも『禁忌』と表示されるらしく、見付かれば教会が代表してそれを廃棄する。



「納税額関連はネオモさん渾身の帳簿があるからいいとして、審問は、誰が受けるの……? お兄様、もしくは私かなぁ……」



 オーネ姉さんが不安そうにこちらを見た。

 発案とか判断となると、アルー兄さんか俺に話が振られるのは我が家の普通。



「アルー兄さんしか、受けられないよ」


「あ、はは、だよね…… ほっ」


「早速準備をしてくれてるネオモさんとリッタさんに書類は任せよう。だけど、貴族のやっかみで始まった監査なら、当然『嫌がらせ』もあるよ。それを見付けるため、誰か見張りに付いた方がいいと思う」


「そうだな、タズマのいう通りだ。見張りは鑑定魔法が使えるオーネか、睨みを利かせられるロウがいいだろう」


「んじゃ、それは俺がやる」


「なら、姉さんは僕と審問の方に来てくれる?」



 俺も鑑定が使えるようになりつつあるのだが、一人だけでは見落としもあるかも知れない。



「うー、私、大教会は好きになれないのよね。公国の崇める『白神ベラーリ様』のことを下に扱うなんて、ずうずうしいもの。まぁそれくらいインパクトを作らないと崇拝されないのかもだけど」


「僕も同じだよ。『黒神ティザート』なんて馴染まないよね。でも公国が二柱の神を認めてるから仕方ない」


「魔の存在を排斥するのは同じなのに、色だけ違うコンパチブルな兄神様か。我が家に障りがなければいいのだけれど」



 こうして我が領に、新たな問題が立ち塞がるのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る