第33話 幕間その二 コートンの事務的信頼物語
こんな
王国魔法学校の祭事に、あのバカヤローが乱入さえしなかったら。
私のクラスに転入なんてしなかったら。
あんな
いや…… 不毛だ。
過去はどうしたって変わらない。
私は失敗したし、張り合ってバカなコトをした。
☆
「アルー様が、私に……?」
考えてもみなかったコトをロウ様から教えられて。
あまりにビックリしたからか、ぐるぐると回想を始める思考。
そのまま、この土地への旅から記憶を整頓していった。
「……まず苦労してこの男爵領まで長旅をして、途中ではシーサーペントに襲われ、着いたら職場を替えてもいいか、などと無茶苦茶で。そこからまるで乱暴に並べただけの執政を補佐していく日々、やる気も起きなかった」
思い返してみると、心から荒れていた。
実際は
お金にもなった。
だけど、ネオモさんの資料作成はゴチャゴチャとしていて、関連性を不問にした『羅列』の繰り返し、重複した事柄ばかり。
元お役所勤めらしいと言えるけど、見苦しい。
そんな物の整理整頓が日常になり、執務室いっぱいの資料を本棚一つに収めるのは時間がかかった。
膨大な資料を作るのは、それはそれでスゴイのだけど…… それは図書館に必要なコトで、内省的執務室には必要ない。
「そして、忙しいのに魔法を教えろなんて言われて。せっかく忘れかけていた転生者のことをまざまざとまた見せられたかと思えば、人間が住んでいない未開地を横断する道路の敷設事業の補佐をしろ、と」
そこまで呟いて、馬鹿馬鹿しいくらいに波乱万丈だと気付いた。
最初からこんな依頼だったら、いくら積まれても嫌である。
「ここに来たのは、優しかったアレヤおじさんを頼って、だけど。その後の結果は、目が回るようだった。以前の悩みなんて小さなことに思える」
熱中できる仕事。
頼り、頼られる人との関係。
「……はあ。私、ここの生活が楽しいんだわ。父の死を言い訳に実家を飛び出したけれど、ここに来て良かった。予定の資金は、満額まであと、少し……」
全く忘れていた自分の夢、その資金は貯まりかけている。
でもこのまま辞めたらきっと、後悔する。
「更に新しい町づくりなんて無理難題に付き合う羽目になって…… もう
そして、現在。
あぁ、確かに事ある毎に、アルー様は私を見ていた。
そんな視線なんて、久しく考えてもいなかったから。
自覚すると、思い当たる。
気配りもあった。
あああ、あからさまな態度もあったじゃないか。
せめて、あの夏の海でのハプニング辺りからやり直したい。
「こほん。道路の敷設事業か村から町への拡張工事の終わるまでは、完遂…… いえ、失敗しないように厳しく見ていないと、また周囲の貴族に舐められる要因になってしまう。目を光らせないとっ」
自分を誤魔化し、新たな関連資料で溢れる執務室へと戻る。
次期当主であるアルー様。
決して、嫌いではない。
けど、アレヤおじさんに比べるとまだ頼りない。
その分、隣には居やすい、かな。
☆
イヤな話を聞かされた。
アルー様は、下の兄弟に比べて頼りないなどと相当に陰口を囁かれている。
商人に言われ、近所から聞かされたと使用人がウワサするのを耳にはさんでしまった。
「村でのアルー様の評価は低いらしい」
更に男爵家の財政を握っている男から、聞きたくもない事実を暴露をされた…… まぁ執事もいつもより苦々しい顔だったので不本意ではあるのだろう。
「ああ、そんな事も言われているらしいな。まぁ気にするな」
何となく悔しかったので、本人に伝えても返ってきたのはそんな気のない言葉だけ。
だが後から、その返答に器の大きさを見た。
「いいかいコートン。こんな閉鎖的な、なのに周囲からの関心が高いという状況で、元々田舎の農村の名主たちが考えるのはね。能力が高い者が指導する方がいいはずだ、より良くしてくれる者に任せたい、という事だ。だが、期待できる者に任せても結果は出ないと思うよ」
「どういう事でしょうか」
「期待するのは結構なのだが、閉鎖的な場所でトップに任せて従うだけだと、間違い倒れる可能性が半分、上手く行かず負担だけが増える可能性が半分。結果に結びつけられる事は稀だろうさ。そんな責任を負わずに済む体制を整えたいと思っているよ」
つまり、欲しい資質は賢いだけじゃない。
勢い余って男爵様、アレヤおじさんにも言ってしまったが、少しお話をしてくれた。
子供にもっと、優しい世界にしたいと考えているのだろう。
変わらないなぁ、配慮があって、落ち着いていて。
だからこそ、近くに居たかった。
でも、もう遅い。
隣に居るには私は幼すぎた。
アルー様は、どうなのだろう。
アレヤおじさんにとてもよく似た、次期当主は。
「ははは、お父様らしい。トップが有能なら何とかなる、そんな考えもあるだろうけどね。私も同じだな。現在のこの町だって、私に不満を覚える人間は多いはずです。でもそれを一々どうしよう、とは考えません。タズマ程に私は有能じゃないからね」
それは一家の大黒柱の有りよう。
私は、やはりこの人にも……。
「誰でも出来ることは誰かに任せる。でも、その人選は慎重にしないとその技術を使う人を軽んじることになる。誰かの誇りを傷付けるのは、ケンカを挑むのと同じ。やってくれる人に任せるのは楽だけど、ちゃんと出来る人に配分するのが次に繋がる『人事』だとお父様から学んだよ」
アレヤおじさんは本家の執事をやっていたから、仕事を任せることの影響力を強く認識していた。
愚か過ぎても慕われない、と領民への心配りを教えていたんだろうな。
☆
「アルー様はやっぱりおじさんの子供ですわ。領主としての心構えをもう獲得なさってます」
「頼もしいが、実際、私が頼りないから張り切っているような気がして妻に泣きついているよ」
「ふふ、お仕事をされているからこそ、そんな考え方を身につけていったのでは?」
「あぁ、人事について、か。そんな理念を貫こうとするのは私だけでいいかな…… と思っていたんだが……」
「はい」
「アルーは私が執事をしていた頃の『
「……はい」
子爵位叙勲のため旅立つ前日、おじさんは笑って語り、次の予定を取決め、私との話は終わった。
自ら先頭に立って考えることの、素晴らしさ。
悪評を知っていてなお、他に無理がなければ動かない寛容さ。
適度に仕事を配分するというのは、効率からは程遠い。
しかし任された者たちは良い工事をしてくれて、結果、効率的にも問題なく終わっていく。
「指揮する者として相応しい能力…… か」
仕事人間と仲間から評価される私だが。
それは、我が領主たち家族のことではなかろうか。
「嫌われて当然の領主が、こんなに人気があるのは異常だろうと思っていたけど。人口が増えてなお、開墾作業だけじゃない、問題が押し寄せても揺らがないのが異常よね」
私は無意識に笑って、これからの仕事を振り返る。
「新都市の進捗報告、これは監督自身から報告させる体制を整えよう。以降の連絡は定期的に。道路工事用の人足が不審な行動をしている報告は…… 準男爵に一任しますか」
そんなコトを書きまとめ、執務室の自分のデスクサイドの引き出しを開けると。
とっくに目標額を満たした貯金額の明細があった。
それを一瞥し、その奥にしまっていた魔法の教本を引っ張りだした。
もう、転生者についての偏見はない。
もし時間が取れたなら、また魔法の授業をしよう。
それはこの男爵…… いえ、子爵領の礎になるに違いない。
「オーネ様の鑑定のように、タズマ様にもいずれ魔法の力が役に立つ日が来るかも知れない」
せっかくの魔法力なのだから、活かしてもらおう。
アルー様なら、子爵領の発展に取り込んでくれる。
そんな想いを抱いて、パラパラとめくっていた教本を閉じ、再び
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