第31話 欠けた翼と潰れた身体




「ただいま戻りました、来客は、どちらに……」


「早かったなタズマ、すまん、助かる」


「戻りましたお父様。たぶん、元々は僕のせいでしょうから……」


「タズマ様。申し訳ありません」


「いや、ちゃんと対応してくれたんだな、ありがとうシーヴァ」


「いいえっ…… わうわぅっ♡」



 玄関を抜けて、応接間に向かう途中。

 廊下の角でお父様とシーヴァが俺を待ち構えていた。


 通路には小人ノーム数人とフードを被った大きなヒトが、片足を上げてその鋭い爪を部屋の中へと向けていた。

 そして開いた扉の前にはプチが、常ではない姿で警戒していた。



 これは亜人種族の一部が使える『獣人化ビィストモード』だ。


 前世ではゲームを多少たしなんでいたので、亜人と聞いて獣人と連想したくらいにはオタ知識がある。

 そんな俺にとって、この獣人化というのは実際に見て、なお興奮するものだった。


 プチは腕や肩、足は広く、そして背中にしっぽが虎の毛皮で覆われている。

 それ以外は人とまったく変わらない。


 だがこの獣人化をすると、その姿は一変する。


 オレンジ色の髪も含めて青白く変色し、顔つきは更に猫、いや虎に近付き牙が伸び、四肢は膨らみ爪が伸び、人の形ではなくなるのだ。

 これを恐ろしいと思う人もいるのだろう、だが俺は、この獣人化という『変身』が大好きだ。



「落ち着きなさいよ。みたいに頭を叩くわよ?」


「やっぱり、その姿もカッコいいなプチ」


「ふにゃうっ!! ご主人、照れる…… あとで、もう一回言って」


「動くんは、あきまへん。わっちらの天敵を導きおってまぁ…… その『タズマ』はんが別人であったなら、虫の群れや複数のネズミに襲わせますえ……」



 少し物騒な声が、部屋の中から聞こえた。



「安心しなよ、ご主人はちゃんとご主人だから」


「キヨ、あなたは夏の暑さで気が立っているだけよ」


「や、やかましぇ、お前さんがあの犬なら、こん猫をちゃんと追い払いや、そこのを近付けんといてぇな」


「今、顔を見せるよ。キヨなのか?」



 プチの横からシーヴァと共に部屋を覗くと、応接室のテーブルをぐるりと巻き取るように横たわり、槍を構える人の上半身と大蛇の下半身を持つ『蛇妖人ラミアー』がいた。


 その鱗はテラテラと緑色に柔らかく光り、ほっそりとした上半身は青いローブのようなふわっとした民族衣裳をまとっていた。



「ぁあ、あは、あの、あっ、えっと、良いお天気ですね?」


「初恋か」



 珍しくお父様からツッコミが入った。



「怪我は、してないね。良かった…… またしっぽが怪我をしてるようなら、迎えに行かなかったコトを後悔する所だよ」


「え、え、はぃ、あのぅ、ご、ご趣味は?」


「今度はお見合いかな?」



 俺も無意識にツッコミをしてしまったが、肉体的には今年十歳で、まだ子供だけど趣味は都市開発、です。

 うーん、前世よりデカイ仕事をしているものだ。



「お、お前さんっ、や、ごめんなさい、あの、あなたはんは…… タズマ様?」


「そうだよ。君は、あの『キヨ』なのかい?」


「ふひい、はぁあん。何でもしますので、ちょっとお待ちなんしっ?」



 ん?

 今、なんでもするって……。


 呼吸を整え、彼女は言う。

 万感を籠めて。



「はじめまして。そして、あの時、は、ありがとぅ」


「いいや、ありがとうは俺のセリフなんだけどね。痛みを長引かせたんじゃないかとか、嫌われているかもと思ってた」


「そりゃあ違いますよ? 威嚇しても噛みついても、構ってくれはって…… わっちを生かそうとしてはるんは分かりましたもの…… うふぅう、あの、タズマ様。触れても、よろしおすか?」


「っ…… う、うん」



 あぁ、そうだ、キヨの手触りで、俺は爬虫類好きになったんだ。

 そう、このひんやりとした鱗の感触だ。


 決して、彼女に他のアレコレが起きたワケじゃない。



「はぁ…… 懐かしい、鼓動を感じます。もう、離れません……」


「あ、えと、ゴメン、ちょっとキツイ……」



 俺の腰に巻き付いたキヨの尾は、短い時間ながら骨に響く力で締め上げた。

 なんかキモチ良いけど、痛いは痛い。



「ひあっ、申し訳ありません。ぁあ、こちらを……『回復魔法ヒール』」


「えっ」



 普通は亜人種族の魔法って、こんな言い方をすると不遜アレに聞こえるけれど、複雑な分かりにくい事が多いのだ。


 それが、人の使う魔法の形で発動してビックリした。



「どぅですか?」


「ああ、もう痛まないよ。ありがとうキヨ」


「ひぃん、はう、末長くお側に置いてくんなんし♡」



 俺の言葉が別のセリフに聞こえているかのような反応だけど…… まぁいいか。



「あと、そっちのフードのヒト、だよね」



 更に言えば、小人ノーム族は初めての顔合わせである。

 剣も槍も弓の腕前もあるが、体格は大人でも小学生くらいまでしか成長しない一族。

 細かな種族での特徴が多々あるらしいけど、一度話を戻そう。



「ユルギなのかい?」


「んんん、うちを呼んだのん、あるじだね?」


「うん、姿を見せてくれる?」


ーよー。いひひ、ちょっと恥ずかしいな」



 女の子という生き物は、種族関係なく可愛さとか弱さとかのバランスが絶妙だと思う。

 前世では、彼女は『片翼』を失っていたが、今は大きな翼を備えていて…… 俺は安心した。



「良かった、今は飛べるんだね」


「うん、あるじ、一緒に飛びたい」



 フードの下の姿は焦げ茶色の長い髪をポニーテールにまとめて背中に流し、同じ色のくりくりとした瞳は活発で。

 赤い水着のような服装はどうやら両腕の翼の動きを邪魔しないようにとデザインされているらしい。



「そこのヘビは食べていい?」


「ダメ。覚えてないかな、アオダイショウのキヨ」


「……あ~、知ってる知ってる。食べていい?」



 確かに、ユルギだ。

 彼女の前世はメンフクロウだが、ペットショップの心無い扱いを俺が見咎めて引き取ったことから関係が始まった。

 そもそも雛の頃に右の翼を怪我して、生き残ったものの片翼を失ったためにショップの店員から廃棄物扱いされていた。


 その頃はアオダイショウのキヨのエサや手当てのためにペットショップに通っていて、その現場を見過ごせなかったから。

 そしてその後十年くらい、誰より長く俺と一緒に過ごした家族だ。


 この忘れっぽさも、懐かしさしかない。



「脱け殻をつついたり、おんしゃあ、わっちの敵……!」


「なぁに、戦う? 食べるよ?」


「だめだめ、仲良くしないと怒るよ?」



 前世と同じように手を広げてユルギの視界をふさぐと、顔付きがガラッと変わり、手のひらに頬を寄せた。



「タズマはんが言うのなら焼き鳥にはせんときます」


「分かった仲良くする。あるじと一緒に居たいから」


「はは、ありがとうキヨ。この態度も、ユルギだなぁ。シーヴァはよく覚えていたね」


「まぁ、ご主人様の腕に掴まっているのが羨ましくて……」



 ユルギが我が家に来たとき、シーヴァはほとんど寝たきりだった。

 ん、悲しい想い出は一旦封印。


 今日の、二人との再会を祝いたい…… と、ユルギを連れてきてくれた小人が話しているのが聞こえた。



「あの噂は本当だった」


「噂?」


「ああ、男爵家の三男は亜人種族の娘を囲ってハーレム作ってるって」



 小人族の教えてくれたウワサは、事実無根でもないのが悔やまれる。

 一人前にもなっていない子供がそんなワケないと否定したかった。


 小人たちにはお礼に何か差し上げたいと告げると、パンと、焼き菓子とかデザートが欲しいと言うのでプチに用意してもらう。


 みんなお腹も減っていたので、まずは揃って昼ご飯にしようか。

 食事を楽しみながら今後の話をしよう。




 ☆




 俺はまず、二人にどんな経緯でここまで来たのかを聞いた。

 そこで、キヨが中級どころか上級の魔法使いであると知った。


 元々、蛇妖人ラミアーは全長三mから十mほどまでの長い体を生かし、山岳地帯に適応した種族だ。

 主に、『竜爪フスロダ山』の森や谷に住んでいる。

 見事な長い身体はしかし、長過ぎて平地の移動には向かない。


 そこに転生したキヨは、人とも関わる商人の家に生まれた。

 ラミアーの一族は熱感知能力もあり、夜専門に射掛ける弓の名手だけあってウサギなどを獲って生活しているのだが。



「しかし、秋から冬は不活動時期になってしまいますんで、ここまでの旅は出来ないと理解し、わっちは『魔法使い』を目指したんですぇ…… 十四の成人まえに大魔法士を賜りました」



 大魔法士…… 国の防衛に関わるレベルの、魔法使い。

 俺が憧れて止まない、魔法のプロだぞ、凄い!



「魔法を使えれば、そうか。体温を保てる」


「タズマはんの言う通り。さぁ。今度はわっちがタズマはんを養ってあげます」



 その発言に、シーヴァとプチが反応。



「ご主人様はこれから新しい街を作り、同時に亜人種族の未来を考えるというお役目があります。ご自身の魔法の才能を伸ばす時間すらままならないのに、貴女のようなぽっと出に美味しいところは渡さないわ」



 最後に本音が駄々漏れしてたような気がするが、確かにシーヴァの言う通り、俺は結構忙しい。



「ボクのご飯を食べて、もっともっと大きくなってもらうんだ。邪魔するな。パンチするぞ」



 その気遣いは嬉しいが、パンチは収めなさいプチ。



「んん、ネコ、このフライうまい。もっと欲しい」



 ユルギだけは、名前の通りにマイペースだ。

 彼女の行動は、その忘れっぽさが原因で色々あったようだが定かではない。


 ノームの一族に拾ってもらったのも、住んでいた鉱山から追い出されたため我が男爵領に出稼ぎに来る最中の彼らと、俺の名前を連呼するユルギが偶然合流したというアバウトさ。


 空を飛ぶと、感動して何故か俺の名前だけは思い出せたらしい。


 無事にたどり着けて良かった。



「二人とも、俺と一緒に居たいってことでいいの?」


「「はい」」



 うーん、まぁ、今さらかな。

 ただ、二人とも体格的にメイドは無理だから。



「新しい街作りを、それと魔法の勉強を手伝って欲しい」



 うなずく二人に、俺も嬉しくて笑った。



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