第15話 仕事分担と発見と猫の話




 両親が旅立って二日目。

 特に何も起こさないように、担当の仕事をやっていく。



「俺の場合は慣れてるってのもあるけど。兄さんたちも上手くやってるみたいだね」



 上の兄アルーにはネオモさんが、下の兄のロウにはコートンさんが付いている。

 お陰で、特に破綻もなく済んでいるのだろう。


 まずは仕事に慣れること。


 お父様からもそう言われているからね、今年の仕事を始める職人の皆様に不安を持たせないように、と。



「まぁ、引き続きやってくれる職人さんばっかりだから。シーヴァ、新規の作業員ってどこで増えたの?」


「私たちの森林内居住区がダントツに多いのですが、ご兄弟の担当ですと…… 事前に登録していました継続中の工事関係者がおりますので、直轄の『カルド村』の拡張要員がやや多いくらいです。こちらはほぼ人種族の作業員たちですね。しかしアルー様にはネオモ様が付いていらっしゃいますから」


「そっか。コートンさんは今日はお屋敷担当だし、ロウ兄さんは道路の担当になってるからすぐ会えるけど…… 昨日でもう、飽きていたね」



 アルー兄さんは即現状と予定を把握して、村の拡張予定地の進捗率を職人と相談したりとお父様に負けない積極性を見せていた。

 治水などの専門知識がない分、その情熱は好意的に受け止められてるッポイ。


 が、ロウ兄さんは積極性はなく、飽きっぽい。

 ただこれは得手不得手だと思う。



「道路建設はとにかく同じ行程だから。兄さんは努力するのは好きだけど、方向性が見えないのとか結果が分かりにくいのがキライなんだよね」


「しかし担当となったからにはやっていただかないと。進捗に関しては、毎日の報告も……」


「あ、仕事に嫌気が差してるんじゃないと思うんだよ。たぶん、自分でやれることが『見てること』って状況が悪いんだと思うから」



 そう言いながら、ひらめいた。



「そっか。小さくても、大きな道程の一部分を自分でやってみればいいんじゃないかな」


「はい。そういうことであれば、現場監督へと相談させていただくことは可能です」


「本人には俺から提案してくるよ」



 ロウ兄さんの居る現場は通り道なので、見慣れた作業者へと挨拶をしながら立ち寄る。

 さっきの提案をするのは簡単だった。



「兄さん、工事現場はどう?」


「タズマか。わざわざ立ち寄ってくれたんだな。俺は監督に向いてないってへこみかけていたぜ。まあな? 向いてないんだけどな…… 地盤固めの騎馬人ケンタウロスや力自慢の牛人カウマンからは、いなくていい、どいてろって言われてるし」


「良いじゃん。ふんぞり返って見てるだけで、まるで苦痛を感じないような監督よりみんなが気にしてるんだもの。むしろ、何か一緒に手伝えるところに集中するとかのが、兄さんらしいよ」



 その言葉に、兄はぐるっと俺に向かい合う。

 何か、感銘をうけたかのようだ。



「やっぱそうだよなっ。今までと同じ、動いてないと落ち着かない。タズマありがとう。ちょっと現場監督のオーバンに相談してくるっ」


「あ、うん、どういたしまして」



 さっきの言い方は弟からの言葉としてどうかと思ってしまったが、ロウ兄さんはそのまま、イキイキと現場で動き、声をかけ続けていった。



「…………あ」



 ふと…… これが、俺が現在、唯一と思える『できること』なんじゃないかと感じて。


 子供の体でもできること。


 アイデアを出して、人のやる気を上げること。


 今は小さく、しかも思い付いたばかりなので、ただこの発想を、自慢できる力に変えられたなら…… そんなことを考えながら、ロウ兄さんを見送った。




 ☆




 まだ小さな仔猫の時、母親が居なくなった。


 紙の箱は降りだした雨に濡れて、冷たい。

 その内揺れだしたかと思うと、みんなで入っていたその箱はいつの間にか川まで流されたらしい。


 囲まれた小さな命たちは、揺られ、揺られて転がって、いつしか兄妹の姿は一つもなかった。


 ただ、五つの内の一つとなった自分ボクと他の兄妹の違いはなんだろうと、ふうわりと考えて。



 この気持ちが『寂しさ』だと知って。



 小さな声で、泣いた。



 その時やっと、ボクは一人きりになったのだと気付き、母の存在を求めて泣いた。



 全力だったけれど、雨の音にかき消されて。


 さすがに力尽きて、最後に一度だけと泣いて、揺れる箱から転げて落ちた。



「まだ、子供だ……」



 ご主人がまだ『タズマ』ではなく『太東たずま』という名前の頃。



「たくさん泣いてたなぁ…… もう、大丈夫だからな」



 そう言って、ご主人は温かな手のひらでボクを受け止めて、濡れた毛並みが乾くまで暖めてくれた。

 あのドライヤーっていうのはキライだけど、ボクはこの時、守られ、助けられ、運命のありかを知ったんだ。



 夢を見るように、幸せの日々が過ぎて。


 あの犬が死んで…… ボクも病気になっていた。


 片目が見えなくなって、残った目も、おかしくなって…… 視界が白くてよく分からなくなって。

 年寄りの病気になったのかと思ったけど、違う。


 これは治らない。


 そう思ったら、犬の姿が目に浮かんだ。


 ご主人が、泣いていた。


 ボクの時も、泣いてくれるのかな。


 でも、そうなったら、イヤだ。


 だから、山の中の家から逃げ出した。



 誰にも見られない場所で、眠りたい。



 ご主人は、呆れてるだろうか。

 怒っているだろうか。

 でも、悲しんでは欲しくないな。


 そう考えているうちに、川の側で、ボクは倒れて、死んだ。






 死んだ――そのはずが、変な形の部屋の中で、聞いたこともない音がして。

 運が良かった、と鳥の飾りを振り回す男が騒ぐ。


 あれ、言葉が分かる。



「赤子が、息を吹き返した。しかも『白い鏡』を持ったおなごだ」


「吉兆だ」



 うるさい、それより、ここはどこなんだ。

 口は猫のままなのか、言葉が分かっても喋られないのか?


 そんな風に不平と不満を睨むことで表して…… この世界に渡ってきたのだと知るには、そこから一年近く。

 あまりに突飛もない事態なので、以前のように考えても仕方ないと諦めた。



 幸い、ボクはこの『転生』に感謝している。


 この姿も、流されたり振り回されたりしないで済むし、この家で受け継がれていたという武術や剣術はとても凄いから、熊すら倒せそうだ。


 でも、この世界にはもっと厄介な『魔物』というヤツがいるらしい。


 そんなのに出くわさないよう、気を付けなくちゃ。


 今回は、ご主人がいないのが寂しいけれど……。


 そんなことを考えていた、ある日。


 夢見の言葉は、こう告げた。



 《あなたの大切な人間は、あの世界からこちらへと移ってきました。西の男爵領の、小さな子供として。あなたなら、体温で分かるでしょう。あの人は沢山の魂に護られる運命の人。あなたが行かずとも、他にも手を差し伸べる存在はありますが……どうするかは、お任せします》



 ああ、すぐ分かった。


 他にも、と言うならあの犬だ。


 あのバカ犬、アイツがまたご主人の優しさにつけこんでふりまわしたり、散歩を強要したりするんだろう。


 アイツも居るなら、ボクも行かなくちゃ…… そうと決まれば許嫁の話なんて構ってられない。

 ちょっとした魔法が出来ることだけが取り柄のオシャベリ女に任せて、ボクはご主人を探しに行こう。


 この大陸の東西のコースは南側回りか北側回りの海沿いにある。

 中央に道を開拓していくという話もあるが、そのための国々のやりとりは難航している。


 ただ、北側は天候の変化が激しく、南側は関所がいくつもあって面倒だ。

 だけど見たこともないご飯があるかも知れない。


 ボクは我が領で一番の騎士の家柄で、ご飯に困ったことはない。

 当然、専属のコックだっていて、普通の家庭では滅多に食卓に上らないような食材だって見慣れたものさ。


 でも、ボクは知ってしまってるんだ。


 前の世界の、あの美味を。



「ああ、ちゅーるる、肉の旨みと香りのゼリー、凝縮された美味さの形……」



 あの味が忘れられなかったから、自分で料理もしたし、アレンジとかした。


 毎日、野菜スープと骨や魚からとったスープを併せてみたり、ゼリーの作り方を工夫してみたり。


 でも何か足りなくて、完成は出来そうになかった。


 この旅で色々な町の味を知ったら、あの味を再現する足しになるはずだと思うので……関所が多くても町の数が多い南側のコースで行こう。



「決めた。待ってろ! 肉…… じゃなかった、ご主人!」



 転生した理由とか知らないけど、ご主人がきてくれたの、凄く嬉しい!

 やっぱり、ボクはご主人のものなのだから。


 あの肩にまた乗りたい…… は、無理か。

 今は、掴まるか寄り掛かりたいなぁ。



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